第5話
文字数 3,207文字
「も~あとちょっとだったのによー」
「節操ない男がモテるわけないから諦めろって。それより聞いて欲しいことがあるんだが」
「ったくー変なことだったら容赦しねえぞー……って、そういえば俺も収穫があるんだった」
ルイがわざとらしくハルトから距離を取った。ハルトはつい訝しんでしまいそうになるが、ルイが真面目な顔つきになったので、一応少しだけ聞くだけ聞いてみることにした。
「いやな? なんか誰もいないとこで、誰かに話しかけているような人を見かけたって人がいるんだよ。しかもおそらく一回だけじゃねえ、何人かがそんな風なことをしてたらしいんだよ」
「…………どういうことだ?」
それは確かに随分と怪しい行動のように思えたが、それが一体どんな意味のある行動なのかハルトには全く想像できなかった。自分も話すことがあったのをすっかり忘れ、ハルトはその意味について想像を何とか膨らませようと苦戦していた。その様子にルイは感心したように鼻を鳴らした。
「……まあ俺もよく分かんねえけど、ま、めちゃくちゃ怪しいじゃん?って話だよ。それよりハルトも何かあったんじゃねえのか?」
「……あ、そうだ」
ルイに馬鹿にされたように笑われながらも、ハルトは先ほど覚えた違和感について説明した。話を聞き終えたルイは、「うーん」と唸りながら、納得がいったようないってないような煮え切らない反応を示していた。
「どうなんだろうなー。それには何か上手い説明がつけられそうだが……ハルトの気のせいだろって言われちまえばそれまでだしな」
「うまい説明できるって本当か? なあ、どんなことが考えられるんだ、なあ」
「お、落ち着けって、首揺するなって、うえっぷ……」
ハルトがルイの胸ぐらを掴んで思いっきり揺すっていると、途中から本気でルイが苦しそうにし出したので我に返ったハルトはその手を離した。「うげー死ぬかと思った」と首元を押さえて涙目になっているルイが、途中からふと何かに気づいたように一点をじっと見つめていた。ハルトも気になってその視線の先を追ってみると、見慣れた背中があると思い、その服の袖に盾とその真ん中に太陽が入った模様を見て、その面々が『シャイン』のメンバーであることに気がついた。
「ああ、シャルロッテ様行っちまうのかあ」
ルイが少しだけ寂しそうに小さく呟いたが、当然のごとくシャルロッテはハルトたちの方を振り向かない。ハルトもルイと一緒になってその背中姿を見送りながら、先日すれ違ったときのシャルロッテの青ざめた表情を何となく思い出していた。
アランがフラネージュから戻ってきて『ルミエール』のいた宿に姿を現したのはそれからさらに一週間後のことだった。最初に会ったのは、偶然宿に戻って皆が情報収集してきたメモを読み返していたクレールだったが、話を聞こうとしてもアランは「皆が、特にブラウがいるときに話した方が良い」と言ってそのときは話してくれなかったそうである。そんな訳で、宿に戻ってきた他のメンバーはクレールに呼び止められそのまま他のメンバーが帰ってくるのを待つことになり、最終的に陽も暮れ始めた頃にようやくブラウが戻ってきて、全員が揃った。寒い時期が再び訪れ始め、日も短くなっていたため、時間としては早く集まれた方だった。
「ったく、本当に人使いが荒いよな。それじゃあ、フラネージュの街長さんからの伝言をそのまま伝えるぜ」
煙管を加えたまま器用に喋りながら、メモ紙と思われるものを手に持ちそれをじっと見た。クレールとジルがペンと洋紙を持ち、アランに意識を集中させていた。
「『
アランがどうする?とでも言いたげに不敵にニヤつきながらメモをひらひらさせる。ブラウとアベルは深く考え込むように唸って、クレールとジルは手元の洋紙とメンバーが集めてきた情報をまとめたメモとを見比べていた。
「なあ、機械人形の件、随分とあっさりじゃないか?」
ハルトは小声でルイに正直な感想を呟いていた。
「まあな。でも、そう単純じゃねえかもよ?」
「どうしてだ?」
ルイは少し得意げにニヤッと笑った。
「元々アランのおっさんに頼んでいたことだったのに、解決していないうちから今度は俺たちにも頼もうとしてる。機械人形の件も呆気ない感じなのと言い、何か緊急事態でも起きたんじゃねえか?」
ハルトの小声に釣られて、ひそひそ話で話してくれたルイの仮説に、ハルトは素直に感心していた。ハルトから見て、ルイは軽薄そうで一見バカみたいな言動が多いが、意外と物事の本質を見ようと目を凝らして見ているようなところがあると思っていた。悔しいことではあるが、ハルトはルイをなかなか賢い奴だと認めていた。
「お前ってすげーよな。よく一瞬でそんなことまで考えつくよな」
「いやま、可能性の話ってことよ、にひひ」
これで気持ち悪い笑い方とかやめれば素直にモテるんじゃないかとハルトがルイの笑うのを見ながらぼんやり考えていると、アランが今度はこそこそとジルとブラウに話しかけており、ブラウはそれに何度も頷いていた。やがて話が着いたのか、ブラウが最後にもう一度大きく頷くと、ジルがぼそっと話し始めた。
「シリウスにこれ以上居ても意味なさそうだし、ひとまずフラネージュへ向かってみるのが良いんじゃないかと思うけど……皆はどう思う?」
その提案に、反対する者はいなかった。しかし、一瞬間が空いてから、ルイが突然何かを思い出したように慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ロ、ロッティはどうなるんだ。ロッティは、もう、良いのかよ」
そのルイの詰まりがちになりながらも発した言葉に、その場が静まり返った。気まずそうにしながらも、誰も何も答えることが出来ないでいた。それは明確なことを言うのが怖かったからなのか、本当にどうすれば良いのか分かっていないからなのかはハルトには分からなかったが、ハルトはフルールとの話を思い出していた。そして、フルールとの話で知ったことは、この場の誰も知らないことなのだと今更気がついた。
「あの、ロッティのことなんだけど……」
ハルトは、あのブルーメル暗殺の日があった際、空から降ってきたフルールを受け止めたこと、そのフルールがブルーメルとロッティと直前まで一緒にいたこと、あの爆発にロッティが巻き込まれていたがフルールも生きていると信じているしブルーメルもそのことを断言していたということ、そしてその代わりこの街にはもう何の手がかりもなくなっていることを説明した。
決して明るい報告ではなかったが、その場の空気はいくらか緩んだ。ハルトと同様で、皆もロッティがそんなことでは死なないと信じていることが、ハルトは何だか嬉しかった。
「何だよおめー、それ早く言えよバカヤローが」
ルイが呆れながらハルトの頭を小突いた。それを知らなかったルイは、ロッティについての情報も集めていたようで、それを聞いてハルトは他の皆も口に出してないだけで同じだったのかもしれないと感じた。
そこから細かい予定の組み方はブラウとクレール、そしてジルとで話し合うことになったが、ひとまずシリウスでの情報収集は一旦区切りをつけて、雪の街フラネージュを目指すことになった。