第8話
文字数 3,124文字
「正直、お前との決着はつけなければならないと思っている。だが、それはこの子たちに協力してあげてからだ」
ブラウがカインに話しかける。カインはうんともすんとも言わず、険しい目つきでブラウとシルヴァンを見上げていた。
「未来を切り拓くのは年取った俺たちじゃねえ。あの子たちの仕事だ。シャルロッテも、ロッティ君に未来を託してくれた……それを邪魔するつもりなら、俺は何としてでもお前を斬ってみせる」
シルヴァンも冷たくそう言い放ち、剣に手を掛ける。カインもようやく立ち上がり、二人を交互に睨みつける。そして、ゆっくりと二人と距離を取りながら剣を抜いた。
「お前らをアイツらの元へ行かせてたまるか。お前らはここで俺の剣の錆となるんだよ」
カインがそう宣戦布告すると、ブラウとシルヴァンは二人とも、初めからこうなることが分かっていたかのようにニヤリと笑って素早く剣を抜いた。
「そういうわけだ、行け、ロッティ!」
「この分からず屋は俺たちが相手する。手伝えなくて申し訳ないが、シャルロッテの分まで……頼む」
ブラウとシルヴァンがそれぞれロッティにエールを送ると、それを皮切りにカインとの斬り合いが始まった。剣と剣のぶつかる激しい音が虚しい帝都跡に響き渡った。
「そういうこった。ロッティ、皆を連れて行けそうか?」
「あ、ああ……多分。ちょっと待っててくれ」
ロッティは、いきなり切り合いを始めたブラウたちが気がかりで、本当にこれで良いのかと悩んだが、ブラウたちの顔にはもはや憎しみやそういった類の感情はなく、どこか憑き物が落ちたような清々しい顔で、互いに想いを語らい合うように剣を交えている様子に、ロッティも納得することにした。ロッティはクレールが集めた人たちを見渡しながら、どれぐらいの大きさの土台が必要かをイメージしながら、ゆっくりと先ほどの看板を浮かび上がらせて飛び乗った。それから、皆に「探してくるからちょっと待っててくれ」と告げてからロッティは再び看板を浮かび上がらせて、門の方へと向かった。真下の景色が物凄い速さで後ろへ去っていき、おそらくセリアたちであろうと思われる復興作業やら救出作業やらをしている集団を通り過ぎて、かつての帝都の出入り口まで辿り着くと、そこには自分が先ほど帝都に戻ってきたときに渡ってきた橋と、外れて派手に帝都を囲う川に落ちているものの、頑丈なようで、帝都を崩壊させるほどの爆弾の余波を受けてもなお形を保っている大きな門とを発見した。初めは橋を土台にしようかと考えたが、これからの復興作業に必要だろうと考え直し、門を、皆を乗せる土台にすることにした。ロッティは看板の上に乗ったまま、川に落ちた門を『持ち上げ』、そのまま浮かび上がらせてクレールたちのところに向かった。
クレールたちのところに戻ると、流石に驚きを隠せないようで、門が目の前でふわふわ浮かんだ状態でそっと地面に置かれるのを見た皆はしばらく開いた口が塞がらないようだった。そんな中、ハルトが「イカすぜ!」と喝采をあげて意気揚々と、クレールが「こいつはすげえな本当に」と興奮した様子で、それぞれ乗り込んで、ロッティの傍までやって来た。その二人の様子がおかしかったのか、他の皆も笑みを零しながら乗り込んでいった。それから、わざわざクレールたちが用意してくれたのか、まだ使われていなさそうな新品な縄を持ってきてくれて、ロッティはそれを何とか門に備え付けた。
「改めてだけど、この人と、あと団長たちのことは気にしないで大丈夫だから。僕もこの人に、ヨハン・ジルベールという人のことで訊きたいことがあるし」
「おう、俺も行けたら良かったんだがな。まあこっちで皆の手伝いしてるわ。だから思いっきりやってこい、ロッティ」
ガーネットを抱えたジルと片腕がなくぶらぶらと何も通っていない袖を揺らすアベルが、馬を愛でながらロッティを優しく見送ってくれた。ロッティは背中を押される思いで、温かい気持ちに包まれながら門を浮かび上がらせた。縄で繋いで落ちないようにしていた皆だったが、門が浮かび上がり、足場が揺れると「うお!」とあちこちから興奮したような声が上がった。ロッティは、皆の興奮が一通り冷め止むのを待ってから、ゆっくりと門を動かす速度を上げていった。風を駆け抜け、あっという間に帝都跡を後にして、ロッティはそのままシリウスの方へと向かった。
目下に見える風景が再びあっという間に後ろへ過ぎ去っていく。緑豊かな大地が続く中、何か所かで巨大なクレーターが不自然に生じており、それを見かけるたびにロッティの心はわずかに暗く沈んだ。真向かいに見える太陽が先ほどよりも高く昇っており、夜の暗闇に包まれていた大地がすっかり明るく照らされていた。ロッティは自身の選択が遅くはなかったことをひたすら願った。
「すみません、ロッティさん。少しお話して良いですか」
門の上に乗せた、先ほどから使っている看板の上で門を操っていたロッティに、ルミアがおずおずと話しかけてきた。ルミアの顔つきは、以前までと違い、凛としており、何かの試練を乗り越えたように逞しくなっていた。その横にはカミーユという女性が、やはり落ち着いた顔つきとなって、ルミアと手を繋いでロッティのことを見ていた。
「あ、ああ。俺で良ければ」
ロッティが動揺しながらもそう答えると、ルミアは早口に尋ねてきた。
「シャルロッテさんは、最期、何と言っていましたか」
そのルミアの言葉の意図を、ロッティは量りかねていた。ルミアの声はどこか切実そうでもあり、何か救いを求めているようにも聞こえたが、ルミアの顔つきは、そんな弱々しさを感じさせないほどしっかりしていた。そのロッティの動揺を感じ取ったのか、カミーユが横から言葉を重ねた。
「私たち……ルミアは、もう大丈夫です。シャルロッテさんのことは『シャイン』の皆がもう知っています。ですので、気にせず話してください。たとえ、私たちのことなどどうとも思っていなかったのだとしても、私たちは同じメンバーとしてそれをきっちりと受け止めたいだけですから」
優しく話すもどこか諦めたようなカミーユの声音に、ロッティは寂しい気持ちにさせられた。ロッティは思わず、自分の左手の人差し指に嵌められている青い宝石の指輪を見つめた。キラキラと光り、濁り一つ見せない宝石の指輪は、作るまでに相当の苦労を窺わせた。それでも、ロッティにはシャルロッテの気持ちがこれまで以上に分かるような気がして、シャルロッテの過ごした日々を想像しながら話した。
「最期まで、俺のことを大切にしてくれた。俺にこんな指輪までくれて、俺の未来を祈ってくれた。そのことを打ち明けてくれたよ」
そこまで話すと、ルミアたちもやはり落ち込んだように顔を俯かせた。ロッティは話を続けた。
「だけど、あの人は……あの人が見せた表情に、嘘偽りはなかったと思う。『シャイン』のメンバーとして俺と接していたときにも、幻獣族の人たちの味方として見せた顔にも、嘘はなかったと思う。だから、ルミアたちといたときのあの人もすべて本当の姿だったんだと思う」
ロッティがそこまで話してしばらくすると、ルミアが静かに洟をすすり始めた。横で手を繋ぐカミーユも、ルミアにつられるようにして涙ぐんでいた。