第19話
文字数 2,275文字
鉱山発掘もする必要がなくなったロッティは、すっかり朝はたっぷり寝て過ごすようになっていた。そんなロッティの眠る側で、トムは指差して笑い、シャルルも呆れたような困ったような顔でロッティの寝顔を見つめていた。
「ロッティってば、すっかりだらしなくなったなあ」
「まあ一応こいつがいなかったらあの日ヤバかったんだけどな」
「でもこんな気の抜けた寝顔見てると、とてもシャルルよりすごいやつには見えないよな。というか、シャルルが顔だけ厳ついってだけなのかも」
「コノヤロー」
トムの憎まれ口にシャルルが乱暴に頭をかき乱す。トムが悲鳴を上げ、その声にロッティが寝惚け眼で起きる。
「あれ……ガーネットはどうしたんだ」
「もう馬車選びに見に行ってるぞ、寝坊助野郎」
「……なるほどな」
リュウセイ鳥の伝説の日、七月七日から三日が経っていた。あの晩にあれほどの騒動があり、あれほどいた不審な輩たちもすべて幻だったかのように街やその周辺地域から姿を消し、すっかり長閑な街に戻っていた。ガーネットもやはり相当緊張していたのか、それまでガーネットの顔を見てもどんな感情を抱いているのかほとんど読めなかったロッティでも分かるほど、肩の力を抜いてリラックスした様子になっていた。緩みがちの頬が物珍しくてつい見つめていると、ガーネットにその視線を不審がられ、慌ててロッティは目を背けていた。
そんなガーネットの様子に、ロッティもすっかり気が緩み、自身の能力を駆使しながらの戦闘をあれだけ長くしたことも久しぶりだったことから、この三日間ほとんど眠りこけていた。ロッティは自身を頼りなく思いながらも、しっかり心身共に休めることに専念していた。
「お前が眠りこけている間に、俺はもう馬車決めて次の行き先に向かうところだ」
「……えっそうなのか」
シャルルの唐突な報告にロッティもすっかり眠気が覚め、ベッドから飛び起きる。そのロッティの様子に、シャルルの厳ついと言われたばかりの顔が優しく崩れた。
「ロッティとガーネットには助けられた。ありがとう。ガーネットにも言っておいてくれ」
「……ガーネットはともかく、俺は何もしてないけどな。それより、もう当てはあるのか? どこに行くんだ」
「とりあえずは……思い出した記憶が正しいのか、確かめに行く」
遠くを見つめるようなシャルルの横顔に、固い意思を感じ取ってロッティは何も言えなかった。
そのままシャルルは、馬車を待たせているらしく、トムにも一言二言別れの挨拶を交わしてから呆気なく部屋を出て行った。ロッティが眠るのに専念している三日間の間に、トムとは散々別れの言葉を交わしたらしいので、もう十分だということだった。
「ガーネットさんが俺も乗せてってくれるんだとさ。ほら、行こうぜ」
トムに急かされるようにして、ロッティは自分の荷物をまとめて宿を出た。
先日まではまだじんわりとした、穏やかな暑さだったのが、今日は太陽が本気を出してきたみたいに日が強く照っており、歩くだけでじわじわと汗が噴き出してきた。
互いに会話のないまま歩いていくと、やがてガーネットの姿を発見した。傍らに馬車を呼びつけており、馬車の
「あら、もう睡眠は大丈夫なのかしら」
「……悪かったな、眠りこけてて」
「……ふふ」
ガーネットはロッティを詰ることなく穏やかな目つきでロッティのことを見ていた。その視線がどうにも気まずく、やり辛さを感じロッティは目線を合わせられないでいた。
そんな二人のやり取りを、トムは不思議そうに眺めていたが、はっと我に返ってガーネットに迫る。
「なあなあ、俺、本当に馬車に乗って良いのかよ」
トムの声に、ガーネットはしゃがんでトムの目線に合わせた。しかし、ロッティに対してのときと違い、優しい目つきながらも真剣な表情でしばし見つめ合う時間があった。トムが「な、なんだよ」と頬を赤く染めて後ずさりすると、ガーネットはふっと堅い表情を和らげる。
「トム君、願いが叶った感想は?」
「な、なんだよそれ……そ、そりゃ、良かったって、思うけど……」
「……上手く言葉に表せない?」
「う、うぅ……なんなんだよー! 良いだろ別に!」
地団駄踏み鳴らすトムだったが、ガーネットが落ち着かせようとするかのように、静かにトムの肩にぽんと手を乗せた。すると、魔法にでもかかったように、トムは足踏みを止め、自分の肩に置かれたガーネットの手を見つめた。
「……ええ。乗って良いの、貴方も。早く妹さんに会ってあげなさい」
トムの初めの質問にようやく答えたようなガーネットの言葉に、ロッティは会話が苦手と言っていたガーネットの姿を思い出し、微笑ましくすら感じていたが、トムの方はそれを気にする余裕もないほど、今にも泣きだしそうな顔になって、ガーネットにそっと抱き着いた。そんなリアクションは予想していなかったのか、ガーネットは分かりやすいほど動揺してロッティに助けを求めるような視線を寄越すが、ロッティは黙って頷くだけに留めた。ロッティが何もしてくれないと悟ったガーネットはトムの頭頂部を見つめながら、やがて壊れやすいものを触るように、恐る恐るトムの頭にそっと手を乗せて、静かに撫で始めた。撫でても撫でても、トムはガーネットから離れようとはせず、そんなトムをガーネットはいつの間にか慈しむような目で見守るようになっていた。