第10話
文字数 3,092文字
シャルロッテが恨みがましくロッティとフルールの背中を見つめていると、背中から金属の擦れる音を交えてどかどかとやってくる足音が聞こえてきた。
「シャルロッテ様ー! ようやく見つけましたよ!」
「げ、ここでせっかちなワカモノ筆頭のルミア君が来たかあ……」
振り向くと、シャルロッテ以上に土汚れが目立つ鎧を纏った青年が困惑と怒りの混じった形相で迫ってきていた。重たい装備を気にしないで走ってくる青年は、シャルロッテを鋭く睨みつける。
「もう、この街に着いた途端また勝手にふらふらどこか行っちゃうんですから。皆もう宿に着いてますよ!」
「いやールミア君なら私が地の果てへ行こうとも追いかけてきそうだからね。いくら寄り道しても問題ないかなーって……」
「流石のボクもそんなことしませんよ、問題ありまくりです。ほら、とっとと宿に戻りますよ!」
そう言うや否や、ルミアと呼ばれた青年はそう捲し立てると、さっと踵を返してきびきびと早足で歩いて行く。
シャルロッテは天を仰ぐようにして街の様子を観察した。見上げればそれなりに背の高い建物も多く、その建物の上にも人がいるのが見えた。
「ふふ……ロッティ君、またね」
シャルロッテはポケットに手を突っ込んで、やれやれとでも言うように首を振りながら、ルミアにまた怒られない程度にゆっくりと歩き始めた。
もうすぐフルールと別れる道に差し掛かったころ、突然フルールは足を止め、ロッティの顔を見上げた。
「ロッティ様、先程のことについて詳しくお話を聞いてもよろしいでしょうか。もちろん、差し支えのない範囲で構いませんし、お気に障られるようでしたら遠慮なくそう仰ってください」
フルールはいつになく真剣な表情でロッティの顔を見つめる。ロッティとしては気が進まなかったが、フルールのそんな表情を見るのは珍しく、それを無下にするのも申し訳なく感じた。
「そんなに気にしないで大丈夫だ。といっても、そんなに込み入った話があるわけでもないけどな」
ロッティがそう答えると、肩に力が入っていたのか、フルールは分かりやすくほっとしたように胸を撫でおろしていた。
「俺はガーネットに出会うまで……と言ってもつい半年ぐらい前までだけど、『ルミエール』っていう冒険家団体に所属していたんだ。別にメンバーの誰かとトラブルを起こしたわけでもないし、嫌になったわけでもない、むしろハルトやルイ、皆のことは大切だと思っている。けど……」
「……それでもロッティ様には、脱退するに足る事情があったのですね」
「……ああ」
言葉に詰まったところで、フルールがそれを察したかのように補足して、ロッティはむしろほっとしていた。それと同時に、この感情に未だ整理をつけられず、素直にその感情を吐露できない自分に嫌気が差した。そんなロッティの心の揺れ動きが何かしら滲み出ていたのか、フルールが再び難しそうな顔をしてロッティを見上げていた。
「ロッティ様は……ガーネット様のことを、どう思ってなさるのですか?」
「ガーネットのこと……? なんでだ?」
しかし、ロッティが訊き返してもフルールはじっとロッティを見つめたまま黙っている。その態度から、もしかするとフルールが本当に訊きたかったことはこのことだったのかもしれない。
黙ったままでいるフルールの真剣な態度に、ロッティもガーネットとの出来事を振り返る。記憶を辿り、初対面のときに抱いた第一印象を通り過ぎて、リュウセイ鳥の街での出来事を経て、今シリウスに至るまでに見せてきたガーネットの姿を思い浮かべるも、咄嗟にはそう簡単に適当な言葉は見つからなかった。
それでも何となく、こんな感じだな、という像は掴んでいた。
「そうだな……あいつは、初めて会ったときは寂しそうな奴だと思ったし、明らかに何か隠してることが多くてよく分かんない部分も多いけど……でも一緒に過ごしているうちに案外分かりやすい部分も見つかったんだ。人並みの幸せも知らなそうだけど、そのせいか、妙なことで喜んだり、悲しんだりしてる」
フルールは遮ることなく、ロッティの話にじっと耳を傾けていた。
「だから、初めはよく分かんない奴だとしか思ってなかったけど……今では、まあ、一緒に旅してても苦じゃない、というか、全然怖くない奴だって分かってきて……そんな感じ、だな。上手くまとまってないかもしれないけど」
最後まで話し終えて、何やら恥ずかしいことをしているような気分になりロッティは顔が熱くなるのを感じた。しかし、フルールは依然として真剣な眼差しをロッティに向けていた。
「……話してくれてありがとうございます。そうなんですね……難しいことは、私には分かりません。ですが、ロッティ様が『ルミエール』の皆を大切だと想いながらも離れたことも、それに対してガーネット様と一緒にいて苦じゃないと感じることも、どちらもロッティ様にとっては、すごく大切なことのように思えます」
フルールの声のトーンが次第に下がっていき、それに伴って視線も徐々に下ろしていった。胸に手を当てる動作も、まるで本当に胸が苦しくなったかと錯覚してしまいそうだった。
「私は長年ブルーメル様にお仕えしてきましたが、時々怖くなるときがあるのです。私は本当に、ブルーメル様にお仕えするに相応しい存在なのかと」
フルールは静かに顔を上げ、ロッティと向かい合う。意外だと思った。しかし、ブルーメルと一緒にいて、フルールがそんな風に感じてしまうような瞬間があるのを、その心理を、何故か悲しくも容易に想像出来てしまった。フルールの瞳の中で夕陽に照らされた街の明かりはゆらゆらと揺れ、それがまるでフルールの心を映しているようであった。
「人との関係には、月日の長さは関係ないこともあると思うのです。ブルーメル様と長い時間を共にしたにもかかわらず不安に思うことがあるような私もいれば、『ルミエール』という団体の人たちよりも短い時間しか共にしていないガーネット様と一緒にいる方が苦じゃないロッティ様のような人もいる。私は、どちらもあって然るべきことなのだと、考えています」
フルールは苦しそうにそこまで話し終えると最後に「出過ぎた真似をしてしまいました、申し訳ございません」と、あまり悪びれてない様子で付け足した。そして、ロッティに向けて少しだけ、ぎこちなくではあるがはにかんでみせた。不器用に上がった口角に、ロッティも胸が切なくなると同時に、フルールが何故その話を切り出したのかを何となく察した。
「……何を思ったのか分からないけど、励まそうとしてくれてるんだな?」
「そういうこと……になりますね。先ほどのシャルロッテ様との会話で、『ルミエール』の話が出てからロッティ様の顔色が優れなかったようですから」
「そういうことだったのか……ありがとう、本当に」
そんなに顔に出るほど酷かったのかとロッティは落ち込みかけたが、それ以上にフルールの気遣いに心が洗われた。そんな心配をこれ以上させまいようにと、ロッティは何とか笑顔を作ってみせた。それを認識したフルールは安心したように表情を崩し、「さあ、遅くならないうちに帰りましょう」と言って再び前を歩き始めた。ロッティもほっとしてフルールの後ろをついていきながら、夕日に染まる街並みを眺める。シリウス独特の熱気やそこかしこから漂ってくる錆の匂いにもすっかり慣れ、美しい街だと感じながらも、先ほどのフルールとブルーメルとの関係についての話がしこりのように胸の中に残り続けていた。