第11話
文字数 3,763文字
今日、新しく少年が拾われてきた。と言っても、僕やハルトより少し年上みたいだった。その少年も初めて僕たちが拾われたときのように、口数が少なく、名前を訊き出すのにも苦労した。名前はルイというらしい。僕は今でも口数は少ないが、ハルトは本当に初めてのときと違い、よく喋る。今日もルイの心を開こうとしてなのか、それとも単純に興味本位からなのか、一番ルイに話しかけていた。こんなによく喋るハルトだけど、僕の能力のことは約束してくれた通り誰にも話していないみたいだった。
夜眠るとき、ハルトが「新しい人も入って来たし、その記録がてら日記付けてみるのも面白いかもしれない」と言って、意外と綺麗な字で日記を書いていた。自分も面白そうだと思ってこうして書き始めている。今日はこれぐらいにしておく。
八月九日
今日で稽古は終わりだと言われた。俺とハルト、それに短い稽古期間だったがルイは、次回の依頼からは団長たちと一緒に戦ったり探索したりするらしい。ハルトは「ようやくだあ」と楽しみにしている様子だったしルイも緊張しているようだったけどかすかに嬉しそうな顔をしていた。俺としてはあまり気にしていないことだったけど、二人が嬉しそうなのが、俺にも嬉しかった。何より、何をするにしろこれまでと同じように気の合う二人とまた時間を共に出来るのが嬉しかった。
『ルミエール』の皆も珍しく豪勢な夕飯を用意して俺たちを祝ってくれた。俺にとっては探索に参加できるようになるとかは大した出来事じゃなかった。ただ、こんな風に、自分たちのためを想って祝ってくれ、自分も相手を想って何かする、そんな関係に身を委ねられていることが、何よりも心地良かった。こんな日々が続くなら、それで良い。
十一月十日
依頼をいくつかこなしていき、それらに何らかの形で参加してきた俺たち。ハルトの感想は「世界って広いんだな」だった。俺も「そうだな」と答えると、ハルトは興奮したようにはしゃいだ。興奮で疲れを忘れているのか「俺と勝負しようぜ」とハルトに頼まれ、ルイに審判をしてもらって勝負した。お互い依頼による疲れで動きが覚束なかったが、ほどなくして俺が勝った。「やっぱり強いなー」とハルトにキラキラした目で言われた。俺も自分の強さがちょっとした誇りだった。ハルトに肯定されて、この力を人のために使って良いんだと思えて、そしてこの力でハルトたちを守れるようになれるなら、それほど嬉しいことはないと思った。それでも、他の『ルミエール』のメンバー、団長やルイにすら自分の能力のことを話せていなかったけど、どうしようもなくなったときに使おうと思う。この皆になら……きっと打ち明けても大丈夫だと、信じられた。
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三月十二日
今日新しく、ジルという人が『ルミエール』の一員として加わった。物静かで大人しく、口数は少ないが元々探偵業をやっていたということもありクレールと同じように中々頭のキレる人だった。何故探偵業をやめて『ルミエール』に入りたいと思ったのかは分からなかったけど、俺と同じように皆が盛り上がっている様子を俺の隣で眺めているとき、とても愉しそうな表情をしていたので、そこまで深く考えないことにする。俺は人見知りだけど、ハルトは早速ジルに色々と人懐っこく話しかけていた。ジルはしばらくアベルに剣を習うようである。ジルもそこそこ剣を扱っていたようであるが、アベルの剣捌きには驚いていた。俺も人見知りしてないで話しかけなくちゃなあ……。
五月八日
ルイが十八歳になった。俺とハルトが十六歳だから、またちょうど二歳年上になった。それでまた「年上だぞ~」ってルイは調子に乗っていた。ルイは初対面の頃の面影もないほど、すっかり女好き?になって、依頼主が女性だと分かると歳の差も関係なく何とか『お近づき』になろうとそわそわしていた。その様子がおもしろく、からかうとルイは怒ってきた。その依頼の関係で、何の因果か、俺が育ったあの街に向かう必要があるとのことだった。ハルトは相変わらず依頼に対して前向きだったが、俺は今回の依頼と両親は直接関係があるわけでもないのにトラウマが蘇るような、やっぱりそうでもないような、妙にそわそわした気持ちになっていた。しばらく年月が経っているとはいえ、まだ俺のことを覚えている人もいるかもしれないと思い、昔街で起きたことについて、自分の能力については上手く伏せながら団長たちに話した。それまでは明るかったハルトもルイも何を言えば良いのか分からないという風に黙り込んでしまったが、クレールが「何があっても文句は言わせないようにするさ。心配するな」と言ってくれて皆もそれに力強く同意してくれた。皆に暖かく包まれている感覚がして、嬉しくて涙が出そうになった。皆の前では絶対に見せたくないから意地でも流さなかったけど。
五月十三日
自分を育ててくれた両親は、もうこの世にいなかった。
五月十六日
途端にピリスに会いたくなった。明日、団長にお願いしてみようか。断られたら、自分一人ででも行ってこよう。
五月二十四日
孤児院はもぬけの殻だった。蔦が孤児院にまとわりつき始めていて、まるで人の気配がなかった。自分の見慣れたあの日の風景から、人だけがごっそりと抜け落ちていた。海がよく見える見晴らしの良い場所に、ひっそりと大きな石が立てられていた。石はよく見ると『P』という記号が刻まれているだけだったが、それがピリスの墓であると直感した。皆が励まそうと色々言ってくれているのが聞こえたし、ルイなんかは涙もろい性格で自分の方が泣き出していた。それでも何故か俺は泣けなかった。突拍子もないけど、ふいにあの街での魔物の襲撃を思い出し、自分を育ててくれた両親もピリスも、普通の人間ではない自分が関わったからセリアやブルーノと同じように死んでしまったような気がした。一旦そうだと思うと、もうそれ以外の可能性など考えられなかった。自分自身を呪わずにはいられなかった。涙も出ない薄情な自分が憎かった。自分の能力が憎いと、生まれて初めて思った。普通の人間に生まれたかった。目に見たものを触れずに動かせる能力なんてない、ハルトたちと同じ普通の人間として幸せに生きたかった。そうすれば、こうして苦しむこともなかったのにと、思わずにはいられなかった。
六月十日
久し振りの日記なので、ここ数日で思ったことをまとめて書いていく。
ハルトに今日も「大丈夫か」と訊かれてしまった。あの街を訪れてからというもの、随分と集中力がなくなっているようで、特にハルトやルイには心配されるようになった。
『ルミエール』の皆やハルトたちは、俺がピリスや両親が亡くして悲しんでいると思ってくれているらしいのだが、俺は自分で自分の感情がよく分からなくなっていた。本当にそのことで悲しんでいるのか、泣けなかったのは本当に自分が薄情だったからか、それともこんな自分と関わったせいで、という想いが強いから泣けなかったのか。悲しいとも怒りともつかない、自分でも説明することの出来ない何かが、あの日からずっと自分の胸の中にあって、ふとしたときにそれは大きくなって胸が苦しくなる。息をするのも苦しくて、ピリスや両親との日々を思い出し涙を零しそうになるも、それすらも自分には許されないような気がして、苦しさが膨らんでいった。
こんな能力なんていらなかった。励ましてくれてはいるものの、こんな能力がある自分のことを尊敬し羨むハルトには、俺の気持ちも本当には分かってもらえないんだろうなと思った。ハルトにすら理解してもらえないのだから、きっと誰にも理解してもらえない、そう思うと、俺は本当に孤独なんだと思った。生まれて初めて、人と一緒にいて寂しいと感じた。誰にも理解されない感情を抱えながらその人と一緒に過ごすことが、こんなにも苦しいことなんて、知りたくなかった。
九月三日
星を眺めながら、ハルトが唐突にリュウセイ鳥の伝説について知ってるかと聞いてきた。俺もルイも詳しくは知らなかった。それから話を続けて、ハルトは「世界中を冒険してみたい」という夢について語った。この広い世界にはどんな人がいるのか、どんな景色が待っているのか、それを考えるとワクワクするのだそうだ。未踏の大陸の話を聞いてからその想いが強まったと言う。冒険こそがハルトの生きがいらしい。自分の夢をそう語ってくれた。それから夢の話を言う流れになって、ルイは「素敵な女性をつかまえて幸せな結婚生活」だと話した。
でも俺は、何も出てこなかった。二人は「普通に俺らと一緒にこれからも冒険して行こうぜ」、「ロッティは強いからなんにでもなれるだろ」と言ってくれた。二人は、こんな俺のことをそんな風に認めてくれていた。自分では、微塵も自分のことなど認めていないというのに。自分が本当にいていい存在なのかどうかすら疑っているというのに、その気持ちを知らずにひたすら自分のことを全肯定してくれる二人に少しイラっとしてしまった。
とても優しくて、長い時間を共にしてきて、励ましてくれる大切な二人をそんな風に逆恨みしてしまう自分が、何より許せなかった。二人の夢を素直に応援できない自分が許せなかった。