第7話
文字数 3,176文字
グランの話し方に、ロッティはもうグランも永くないことを直感した。ロッティはグランをじっと見つめ、躊躇いながらも、グランの想いを汲み取り、意を決して必要なことだけを尋ねることにした。
「ノアたちがどこへ向かったか教えて欲しい」
ロッティの迷いのない言い方に、グランも満足したように不敵にニヤついた。
「奴らは、あちこちを爆破して回るつもりだ。だけど、人を殺すことが、目的じゃない。何せ、各街には、お前らがこの三年半で築き上げた、地下通路があるからな。あの爆弾でも、地下まで吹き飛ばすことは、出来ないだろう。だが……」
「この地上を生きる私たちの技術力や文明を、一度全て無に帰すつもりなんですよね」
突然の背後からの声にロッティがどきりとした胸を押さえながら振り向くと、先ほどの女性が忌々しそうにロッティたちを睨んでいた。恨みでも籠っていそうな強烈な瞳に射すくめられそうになるのを何とか堪えた。その女性の発言にグランは驚くこともなく素直に頷いた。
「そうだ。そうすることで、人類の抵抗手段を失わせて、もう一度自分たちに依存するような世界に戻そうとしている……ちょうど、俺たちが本当に初めてこの大陸に訪れたときみたいにな」
グランの説明に、背後にいるハルトが感心したような呻いたようなよく分からない声を上げていた。ロッティもようやく、リベルハイトの行動に納得がいった。自分とガーネットがこの三年半の間にやってきた地下作りのことも、リベルハイトにいるミスティカ族にも予知夢で見えていたのではないかとロッティは疑問に感じていた。それにもかかわらず、ガーネットは特にその対策は講じずに、実際その地下作りに対する妨害はほとんどされず、また地下への道を封じるようなこともしてこなかった。その訳がロッティにはずっと分からなかったが、リベルハイトの目的がグランの説明通りならば、確かにロッティたちの地下作りはそこまで障害ではないことが理解できた。
「そう、だから、ノアたちは、まずこの帝都を陥落させることに力を注いだ。お前たちが住人を避難させたり、シャルロッテが能力を使って連れてきた魔物たちの相手に手間取っている間に、俺たちをこれまで散々苦しめてきた兵器を壊すことが出来た。帝都のお偉いさんも大分亡くなっただろう。アリスやバニラは死んじまったのに、こいつだけは……何故か生き残ってるがな……」
グランが溜息を吐きながら女性の方を顎で示すが、対する女性はグランの話に憤っているようで、鼻息を荒くしてグランに詰め寄った。膝から崩れ落ちたようにも見えるほどがくっと身体を倒したが、女性の服装に乱れは見られるものの、どこにも怪我を負ってなさそうで、むしろ今にもグランに食って掛かりそうなほどのエネルギーを感じさせた。
「ふざけないでくださる? 私のことを助けたのは他でもない貴方でしょうに。貴方なんかに助けてもらいたくなんてなかったのにっ!」
傍に寄り添う優しい仕草に反し女性が怒涛の勢いでグランに感情をぶつけた。しかし、グランは涼しい顔で静かにそれを受け止めていた。そのグランの態度が気に食わなかったのか、女性はさらに語気を荒げた。
「貴方さえいなければ、アリスとバニラは死なずに済んだのにっ! アリスたちを死なせた貴方なんかに施しなんて受けたくなかったのにっ! 貴方さえ……貴方さえいなければっ……!」
女性はそのまま泣き崩れるように地面に突っ伏し、慟哭を上げた。ロッティですらその女性の勢いに慄いているにもかかわらず、当のグランはやはりそれを何でもないかのように静かに受け止めながら、ロッティの方に顔を向けた。
「ノアの奴らは、おそらくシリウスに向かっているだろう。シリウスには技術も人材も、多く集まっている、帝都の次に脅威となる、都市だろうからな。そこを潰しちまえば、あとはもうあいつらを止めるものは何もねえ」
「分かった。ありがとう、グラン……」
ロッティはグランと女性の二人が気がかりでしょうがなかったが、連れて行くのも何となく忍ばれず、そっとこのままにしておくのが良いとロッティは感じた。何より、グランが行くなら早く行けと目で訴えかけてきたので、ロッティはハルトに声を掛けて看板に乗り込んだ。ハルトもやはり女性とグランのことが気になっている様子だったが、切ない視線を向けながらも看板に乗り込んでくれた。
「一つだけ、聞かせてくれ」
看板に乗って徐々に浮かび上がっているときに、グランがロッティを呼び止めた。女性の慟哭があってもなお、静かに届いたその言葉にロッティも看板をふわふわと宙に浮かせたまま留めた。
「お前は、まだ、アリスが願ったような世界に出来ると、思っているのか」
グランのその問いかけは、切実で、ある種の願いが込められているようにロッティには聞こえた。そして、聞かれずとも、その答えはロッティの中でとっくに決まっていた。
「そんな世界に出来るって信じてるよ。何より、それこそ、アリスの想いを無駄にしないためにも、俺たちのためにも……アリスが最後まで想っていたグランのためにも、そんな世界にしてみせるさ」
「そうか……」
ロッティの返事を聞いたグランは、今度こそ安心したように瞳を閉じて、それっきり死んだように動かなくなった。その脇で女性が「アリス……」と一度だけうわ言のように呟いた。その二人の並んでいる様子に、もしかしたらこの女性はアリスの話によく出てきていた、唯一親しくしてもらっていたというクロエではないかとロッティは思った。確証はなく、もっと二人から話を聞きたいという想いを引きずりながらも、急がなければならないロッティはハルトと一度目を合わせて頷き合ってから、今度こそ看板を浮かび上がらせてブラウたちの元へ戻ることにした。
向かいから太陽が昇ってきて眩しかった。その眩しさに、太陽が自分たちにもっと急げと急かしているような気がして、ロッティはその速度を上げた。
行きのときと違って、まっすぐ帰ることの出来たロッティたちはあっという間にブラウたちのところへ戻ってきて、看板を急降下させた。ブラウたち『ルミエール』やシルヴァンたち、そして住人の皆がロッティたちが降りてくるのを見守っていた。
「ロッティ、俺たちも一緒に行って良いか?」
ロッティたちが降りるや否や、クレールがそう尋ねてきた。急な話題に、ロッティは戸惑っていたが、それを見抜いてハルトが前に出た。
「ロッティの能力で可能なら良いんじゃないか?」
「よし、それなら行くメンバーを決めなきゃな……」
「ちょ、ちょっと待ってくれって」
ロッティが混乱している横でハルトとクレールとでとんとん拍子に話が進んでいくことにロッティはますます動揺したが、クレールたちはロッティも置いてけぼりに次の話へと移っていった。幻獣族と戦うことの危険性や彼らの強さなどを訴えようとしたロッティだったが、真剣そうな横顔からその意志の固さを見て、説得するのも諦めた。クレールは早速、シルヴァンたち『シャイン』のメンバーや、『ルミエール』以外の冒険家団体、生き残った騎士たちにも声を掛けていた。騎士は自分との間にもう確執はないのかと、ロッティは少々びくびくして身構えていたが、そんなロッティの肩をブラウが優しく叩いた。ブラウが安心させるような笑みを見せてきて、ロッティは何となく、その心配も要らぬものになっているのだと確信した。ブラウの横からジルがひょこっと出てきて、ロッティの姿を確認すると「ガーネットさんは僕が見ておくから、安心しておいて」と言ってくれた。