第11話
文字数 3,327文字
「な、なんだこれ!」
五人は慌てふためいて、何とか宙に浮かび上がった角材を取り戻そうと手を伸ばしたりジャンプしたりしているが、ロッティはもちろんそんなことを許さなかった。角材をそのまま宙に浮かび上がらせたまま、意識がすっかり上空に向いている彼らに向かって飛び出した。
虚を突かれた相手は、ロッティに気がつくもあっという間にロッティの能力で倒されていく。倒れて気絶したり蹲って動けなくなっているのを確認すると、ロッティは持ち上げた角材を『移動』させながら次の人のいる気配へと向かった。
その後も、慎重を期しながら同じことを繰り返していった。自分でも驚くほど奇襲は成功していき、あっという間に最後の人たちと思われる相手をねじ伏せていった。そして最後の締めとして、拠点を作り上げるための資材をすべて能力で『持ち上げた』まま、海の方へと『飛ばして』そのまま『捨てた』。暗闇の中でも、それらの資材が海に沈むと飛沫が激しく舞い上がるのが見えた。
それらが海に沈んでいくのを確認したロッティは、周囲への警戒心を保ちながら一度ガーネットのところへ戻って判断を仰ごうとした。
「ま、待ってください!」
不意に聞こえてきた切羽詰まった声に、ロッティは思わず足を止めた。
「そ、その力……あんた、いや、貴方様は……!」
「……もしかして、俺に対して言っているのか?」
「あ、貴方様が望むのであれば、私たちと共に! 来てはくれませんか!?」
地に伏せながらそう懇願してくる男の目は、宙に浮かび上がらせては地面に叩きつけて痛めつけてきた相手にするような目では到底なかった。出逢ったときのぎらついた瞳はもうそこにはなく、追い詰められているであろう状況に不釣り合いなほどに光の籠った明るい瞳をしていた。気絶している仲間に目もくれず、ひたすらにロッティに追いすがるその男の異様な様子に、覚悟を決めていたはずのロッティの心は乱された。
「な、なんなんだお前は……いいから、さっさと仲間を連れてここから」
「お願いです! 是非私たちと共にフゴ!?」
ロッティの話に聞く耳持たず遮ってまでもう一度懇願しようとした男だったが、突然男の口にブーツがねじ込まれたことで最後まで言い終えることが出来なかった。そのブーツの持ち主は、男の口にねじ込んだまま足を下ろし、男を地面に這わせた。口を閉じることの出来ない男の口端から涎が滴ってブーツを濡らしていた。
「お、おい、何やってるんだ!」
「ふざけないで」
ロッティがブーツの持ち主——ガーネットの手を慌てて引こうとしたとき、ガーネットは低く呟いた。その呟きはどうやらロッティに対してではなく男に対して放たれたものであるらしいが、今までに聞いたことのない低い声にロッティは怯んだ。ガーネットはロッティには目もくれず男を鋭い目つきで睨んでいた。ガーネットのその目つきも、そのあまりに乱暴な行動も、ロッティは今までに見たことなかった。手を引こうと伸ばした手は、そのままガーネットの手を掴めずに宙を彷徨った。
「私たちは……あの人たちとも、貴方たちとも、違う」
ガーネットの声は静かではあったが明らかに敵意と怒りが込められていた。その感情的な様子のガーネットにロッティは掛ける言葉も見つからずただただ見ていることしか出来なかった。旅立つ直前まで道を知らなかったときも、道中で魔物に遭遇したときも、先日に不審な輩に襲われて帰って来たときも、ガーネットはいつも冷静であった。そんなガーネットと、今目の前で見ているガーネットが本当に同一人物であるということが、ロッティは上手く結びつけられなかった。
ガーネットは男の口から足を離すと、今度はしゃがんで地面にへばりついた男を起き上がらせ、胸ぐらを乱暴に掴みあげた。
「私たちは、私たちのやり方で生きていく。あの人たちとも、貴方たちとも、違うやり方で生きていくって決めたの。邪魔をしないで」
ガーネットに鋭い目つきで睨まれた男は苦しそうに「うぐ……」と呻いた。それまでどこかに押し殺していたのであろう怒りを体現するかのように、ガーネットの瞳はより一層赤く光り輝いていた。その眼光は、街の明かりも届かない暗闇の中では切なく輝いていた。
「もうこれ以上、繰り返しちゃいけないのよ」
ガーネットは最後に苦しそうにそう吐き捨てると男を突き放した。ガーネットに凄まれたからなのか、突き放された男は何も発せずに口をパクパクさせるだけだった。
ガーネットはようやくロッティの方に戻ってきた。すれ違いざまに「ごめんなさい、あとは任せるわ」と早口に言い残すと、ロッティの返事など求めていないかのようにさっさと元いた場所まで戻っていった。去っていくガーネットを呼び止めることも出来ず、ロッティはその背中を見つめた。
戸惑うばかりの出来事が連続して困惑する頭で、ロッティは何とかこの一連の出来事を整理しようとするも、最後にガーネットが吐き出した言葉に囚われて上手く頭を働かせることが出来なかった。ガーネットのその最後の言葉だけは、何故かロッティの中で強く印象に残っていた。
結局あの後、リュウセイ鳥の伝説を狙っていたと思しき人たちに対してはあれ以上何もせずにそのまま街に戻ってきた。あの後あの者たちがどうしたのかは知らなかったが、翌日から再び鉱山発掘に赴いたときに、周辺に拠点らしきものがなかったことからあのまま引き返していったものだとロッティは思うことにした。しかし、偶に書いていた日記もすっかり書こうという気が起きなくなっていた。
夜中に不審な輩たちの拠点づくりを邪魔した日以来、ガーネットは以前までの無表情な雰囲気に戻ってしまった。最近になってようやく無表情なわけではない、少しずつではあるが何かしら色のある表情を見せるようになっていたというのに、ガーネットは再びそれらの表情を閉ざした。その雰囲気を感じ取って、ロッティも初対面のとき以上に掛ける言葉が思いつけないでいた。互いに間に流れる空気が、これまで以上に痛く感じた。
先日、ガーネットはこれまで見せたこともないような、それでいてそんなことをするとは思えないような、暴力的な一面を見せた。もちろん誰に対してもそんな態度を取るわけではないとロッティも分かっており、きっとあの相手たちとよほどの確執があったのだろうとは予想していた。それでも、あの瞬間に動揺が走ったのはロッティだけではなく、ガーネット本人にとっても同じようであった。
ガーネットはあれから事務的なことしか話さないようになった。それまでも雑談が多かったわけではなかったが、無表情の奥に沈んだ気持ちを押し隠しているような雰囲気をロッティは以前よりも強く感じ取っていた。ガーネットが態度をそんな風に戻した気持ちも何となく想像出来たが、同時にガーネットのことが心配でもあった。しかし、こんなときにどうすれば良いのか、ロッティには分からなかった。あれだけ長い時間一緒にいたハルトやルイのことも分かってやれなかった自分に、気の利いた言葉も、沈んだ心に寄り添うような言葉も思いつけるはずがないと、ロッティの心は冷たく沈んでいった。
「最近様子がおかしいなお前。どうしたんだ」
鉱山発掘に復帰した日に早々、シャルルがそんなようなことを言ってきた。鉱山発掘もあれからさらに人数が減り、常連メンバーはもはやロッティとトムとシャルルの三人だけになっていた。
とぼとぼと歩くロッティの横で、シャルルが常にしている険しい顔をロッティに向けてくる。ずっとリュウセイ鳥の伝説を悪用しているのではないかと疑っていた相手だったが、先日の夜相手にした人たちとはおそらく関係がないと確信していたロッティは、ガーネットが心配しなくても大丈夫と言っていた言葉を抜きにしても警戒を緩めていた。
「いや、別に、なんでもない。ありがとう」
しかしロッティがそう返事してもシャルルは険しい顔のまま空を見上げた。この街は相変わらず雨も降らず、暑い時期が訪れているというのに不快感のない爽やかな気候が続いていた。