第3話
文字数 3,349文字
平坦な道に出ると、街にはやはり目立って大きな建物がないことが把握できた。あまり他の街との交流がないのか、道はあまり舗装されておらず、申し訳程度にしか草分けされていなかった。本当にこの街がリュウセイ鳥と何か関係があるのかと疑いたくなるぐらい、リュウセイ鳥の神秘的で不思議なイメージとはかけ離れた、どこにでもあるような平凡な街であるという印象をロッティは受けた。
ふと見上げると、綺麗な青空の中央に主張の強い入道雲がどっしりと構えていた。その雲の下半分が若干黒くなっており、今はまだ遠くに見えるが、あの真下では大雨が降っていることが予想された。向かい風がぴゅうぴゅうと吹き、前を歩くガーネットの長い髪を弄ぶ。
「急ごうか」
ガーネットもそのことに気がついてかそう言い、ロッティとガーネットはどちらからともなく走り出した。向かい風を正面から浴び、馬車を使って移動するような距離を歩いてきた二人の足取りは軽快だった。
数十分してようやく到着した街は第一印象通り、静かな雰囲気で人の通りが少なかった。決して街に元気がないわけではなく、そもそも人が少ないのだろう。店もまばらにしか開いておらず、客寄せをする気もあまりなさそうで、のんびりとした表情でのんびりと構えている人がほとんどだった。
「この街は平和なんだな」
「来たことはないんだね。まあ、そうだね。この辺りは、長い間、魔物の被害に遭ったという話もないほどだそうよ」
「ふうん? そうなのか。魔物の被害がない、ねえ……」
納得した素振りをしたものの、ロッティはそのガーネットの説明に疑問を覚えた。この街に至るまでの道中で、機会は少なかったけれど、それでも魔物にはいくらか遭遇してきた。その魔物たちはもちろん、この街に襲ってくることだって可能なように思えた。しかし実際には、確かにこの街には魔物に怯えている雰囲気はなく、ガーネットの説明に嘘偽りはないように思えた。
そんな風に頭の中でぐるぐると考えを巡らしていると、ふいにお腹の辺りに何かがぶつかる感触がした。思わず尻餅をつきそうになるが、ぶつかった相手の姿を確認してロッティはすぐさま態勢を整える。
「あっ……と、すみません、大丈夫ですか?」
目の前で尻餅をついて倒れているのは、地味な色のメイド服を着た小さな女の子だった。ロッティは慌てて手を差し伸べると、その女の子は無表情に手を伸ばしロッティの手を掴んだ。
その女の子の手に、ロッティは少し動揺した。その手は、人間の手にしては妙に堅く、無機質な手触りだった。しかしもう一度女の子の顔を見てみるが、変わらず無表情な顔を浮かべているだけだった。
「その女の子は人間じゃなくて
ガーネットはロッティの考えていることを見透かしたように答えると、ロッティから女の子の手を奪い取り、いつもの無表情ではなく、妙に真剣な表情で女の子に質問していった。横から手を取られたロッティは呆然と立ち尽くしたまま、その光景をぼんやりと眺めていた。
「オート、マタ?」
「そう、
ロッティがぶつかった女の子に案内された宿に着いて一息ついたロッティたちは、並んだベッドの上で向かい合い、ロッティが質問してガーネットがそれに答える、という流れを繰り返していた。ガーネットの視線はロッティから度々外れ、先程、
「
ガーネットの説明を続けていたが、ロッティは、度々外れるガーネットの黒い瞳に気が散ってしまい、話に集中できていなかった。
旅の資金もそんなにない中、泊まった宿は元々大きな家だったのを改造した宿のようで、部屋の様子は変に豪華ということはなく、勝手の分からない居心地の悪さを感じることもなかった。エメラルドグリーン色をしたダイヤの模様が散りばめられた絨毯が漆喰の床に敷かれ、ロッティには名も知らぬ小さな観葉植物が窓際に置かれていた。出窓から差し込む日差しは柔らかく、その窓からは街の穏やかな風景を覗くことが出来た。
「……悪い。少し寝ても良いか」
「そうね……少し休憩しましょう」
ガーネットの返事に、ロッティは背中からベッドの上に倒れこんだ。沈む反動でロッティの身体がわずかに跳ね上がるも、勢いを失くしてそのまま沈み込む。ガーネットは倒れるロッティを見届けてから、ゆっくりと立ち上がり、荷物の整理に勤しみ始めた。ガーネットが立てる物音を聞きながら、ロッティは静かに眠りに就いた。
☆
これからの長い旅路を思えばまだ始まったばかりだとはいえ、予定が順調に進んでいることと、宿で魔物の心配をせずに眠れるという安心感から、その日はガーネットも久しぶりに穏やかに眠りに就くことが出来た。それにもかかわらず、この旅の原初の風景を夢に見た。
旅のきっかけとなった、地獄を思わせる風景。久しぶりに見たその風景は、以前見たときと変わらず凄惨な世界を映していた。まともに形の残っている建物はなく、焼け野原が広がり、死の臭いと恐怖が蔓延する世界は、誰もが息をするのも苦しい、明日の生活さえ保証されていないような世界へと変貌していた。
皆の生きる場所はどこに。そう口に出そうとしたときには既に自分の身体は幽体となっていて、苦しさに喘ぐ人たちを黙って見ていることしか出来なかった。
しばらくすると映像が途切れ、深い闇に落ち、深い眠りが続いた後、また違う夢を見た。ロッティの言っていたセリアらしき少女、ハルトという青年、そして、こちらを見つめるロッティの悲壮感に満ちた顔————。
目を開くとクリーム色の天井が目に飛びこんできた。あまり疲れが取れなかったらしく、身体が鉛のように重たかった。気怠げに起き上がり、すやすやと隣のベッドで眠るロッティを尻目に、窓に近づいて外を眺める。ロッティは結局あのまま眠り続け、そのまま次の日の朝がやってきた。『ルミエール』にいた頃にもこれぐらいの旅はしてきていると踏んでいたガーネットは、ぴくりとも動かず眠りっぱなしのロッティに心の中で詫びた。窓から入り込む陽射しが眩しく、長閑な街並みを照らしていた。店の開店の準備をしている中年の男性、洗濯物を干しているお婆さんと、街は徐々に起き始めていた。
そうして窓の外を眺めているうちに、頬に冷たいものを感じて、自分が涙を流していることに気がついた。先ほど見た夢が関係しているのだろう、とっくの昔に覚悟していたはずなのに、いざ旅が始まったことで、心の中のどこかが揺さぶられてしまったようだった。そんな風に分析し、こうして旅が始まってすぐにこんな有様では先が思いやられるなとガーネットは自分に毒づいた。流れる涙を拭わずに、滲む視界に映る自分の顔と世界を、この目に焼き付けようと睨み続けていた。
夢で見た内容を思い返していた。しばらくしてロッティも起き始める頃になると、涙は止まってはいたが、目は腫れており、涙を流していたことは一目瞭然だなと、ガーネットは恥ずかしくなって振り向けずにいた。