第9話
文字数 3,283文字
「ああ」
「? 誰だ、兄さん」
ロッティも不審な輩たちに向けて睨みを利かせると、どこからか笛の音がぴゅうっと聞こえてきた。その音色に弾かれるように、相手はロッティたちを警戒しながらさっさとどこかへと逃げていった。ロッティは追いかけて問い詰めるべきかどうか迷ったが、ガーネットの指示はあくまで二人を見ておくことだったので、深追いはせずに二人の安否を確認する。シャルルも相手が去っていくのを見て少年をゆっくり降ろしていた。
「くっそーなんなんだよあいつら」
「お前が何かちょっかい出して怒らせたんじゃないのか」
「そんなわけないだろー!」
シャルルに茶化されて少年は声を荒げるが、そのおかげか落ち着きを取り戻したようで、興奮が冷めた様子でロッティの方を見やる。
「えっと、兄さんは……怪しいやつか?」
「違う。俺も鉱山発掘に参加している一人だ」
ロッティの説明に少年は「ふーん」といまいちピンと来ていないように首を傾げながら、気を取り直したように「俺はトムって言うんだ」と自己紹介してきた。シャルルとロッティが会話しているときに時折見てきているようだったが、シャルルの会話相手が誰なのかまではさほど気にしていなかったようである。
「俺はロッティだ。よろしく」
「しかしお前。何で狙われてたんだよ」
「あ、そうだ! あいつら、俺が発掘した鉱石狙ってきやがったんだよ!」
少年は再び興奮を取り戻したようで、地団駄鳴踏んで憤慨しながら鉱石を回収しておく袋の中身を覗き込んだ。その様子をロッティとシャルルが一緒に見守っていると、悪い予感が的中したのかトムは「あー!」と叫んだ。
「ない! ない、あの赤い鉱石!」
「赤い鉱石? ルビーのことか?」
「ルビーならルビーって言うってバカヤロー」
シャルルがムッとした顔つきでトムの頭をぐしゃぐしゃにする。トムが悲鳴を上げ、シャルルが解放すると話を続けた。
「なんかもっと、明るかったんだよ。それに、中がウルウルしてた」
シャルルがその説明に全然ピンと来てない様子で首を傾けていた。ロッティはその説明に何となく心当たりがあったが、同じように知らない振りをしてみせた。揃いもそろって同じリアクションをされて心外だったのか、トムは再び憤慨したが、やがてしゅんと少し落ち込んだように顔を伏せた。
「あれ、良い土産になると思ったのになー。シリウスって街の奴らなんかに渡さないでこっそり持ち帰って、アイツに見せてやるつもりだったのに」
トムが恨みがましく再び袋の中身を覗き込んでいると、シャルルがそっとその肩に手を置いた。そしてシャルルにそのまま押される形でトムも俯きながら歩き始めた。ロッティは二人を後ろからついていきながら静かに見守っていた。それからもシャルルが何か言って怒らせたのかトムが喚いていた。そんな二人の後ろ姿は、とても何かを企んでいたり悪事を働こうとしているようにはロッティにはとても見えなかった。
そんな騒動があったことを、ロッティは帰宅して落ち着いてからガーネットに話した。ガーネットはその間、ロッティの買ってきた紅茶を飲みながら静かに聞いていた。
「ありがとう……二人は無事なのかな」
「後は尾けてないけど……追った方が良かったのか」
「いえ、街の中に入った後で騒動になってれば分かるだろうし、大丈夫よ。この街、狭いものね。それと……」
ガーネットが、話してばかりで一向に口をつけようとしないロッティに湯気の立つカップを差し出す。ロッティもガーネットの厚意を受け取り、カップを片手に窓際に寄りかかった。ロッティがもたれかかった横には、墨で描かれた狼や人、体格のしっかりした魚に鳥の絵が飾られていた。随分古めかしく、余白の部分が所々黄ばんでいた。
「その少年……トムという子が持っていたのは、おそらく賢者の石と呼ばれる代物だと思う」
「賢者の石? なんだそれ」
「……生命エネルギーに満ちた鉱石のこと。そのエネルギー量は人が生涯必要とするエネルギーの何倍にも匹敵すると言われているの」
「何倍も……それはまた、途方もないな……」
いきなりのスケールの大きな話に、ロッティが開いた口も塞がらず驚愕している一方、ガーネットは視線を落とし静かに床を見つめていた。その様子に、そんなとんでもない価値を持つ鉱石を奪われたトムに同情しているのだと推察し、ロッティ自身も自分のことではないのにショックを受けると同時にトムに同情していた。
「あのトムも残念だったな、そりゃあ」
「……え、ええ、そうね……それはそうと、少し、良い?」
ガーネットはさっと顔を上げた。そこには先ほどまでの沈んだ顔はなく、打って変わって真剣な表情をしていた。
「貴方がこの間心配してくれたときに話せなかったこと……ようやく話せるの」
「……分かった。聞かせてくれ」
ロッティは紅茶を飲み干し、空になったティーカップをテーブルに置いてベッドに座り、ガーネットと向かい合った。ガーネットは無意識なのか、自分の手と手をこすり合わせていた。
「それより一つ謝るね。ごめんなさい。貴方に何をしているのといつの日か聞かれたことがあったけど、あのとき私は情報収集と言ったじゃない? でも本当は……それ以外にも、街の外まで行って人の行き来を見ていたの。そしてあの日私は……リュウセイ鳥の伝説を悪用しようと狙う輩を見つけた」
「え……」
「でも、慌てちゃって……何とかばれないようにその場を離れようとしたときに、ちょっと転んじゃって、それでちょっと服装とかボロボロになったの」
ロッティは黙ったまま、告白して苦笑するガーネットに続きを促す。
「その後も調査、というか追跡? していって……それで、奴らがこの街の近くで拠点を作って、リュウセイ鳥の伝説を叶える準備をすることを聞いた。ロッティには……それを阻止して欲しい」
「…………それは……」
やっとのことで話してくれた内容は、やけに具体的で詳しいものだった。ロッティとしては、気になることが多すぎたが、それらを問い詰めるのは躊躇われた。心の中で、自分でも正体のつかない何かと何かが今天秤にかけられ、どちらに傾くのかを固唾を呑んで待っている。やがて、葛藤の天秤はある方に傾き、ロッティは色々な言葉を飲み込んでぐっと力強くガーネットを見据えた。ガーネットの赤く輝く瞳に焚きつけられるように、ロッティの胸中で渦巻く気合と覚悟の炎が勢いを増していくようであった。
「分かった……やってみる。ガーネットの言葉を信じる」
逡巡したロッティをどう思っていたのだろうか。ガーネットは密かに困ったように眉を寄せながら、それでも表情を緩めて頷いた。
それからしばらくガーネットから阻止するための作戦について説明を受けた。相当入念に調べ上げられてないと組めそうにないような、ピンポイントで大胆な作戦にロッティは感心したものの、そこまで調査していたであろうガーネットに大事がなくて本当に良かったと心から思った。ロッティは自分の手を思わずきつく握りしめる。
最後まで説明を受け、何度も確認してお開きとなった雰囲気で、ロッティは一つ今回の作戦とは関係なさそうなことで気になったことを聞いた。
「なあ、シャルル……記憶喪失って話した奴のことだけど、そいつについてはどうすればいいんだ? 一緒に見張っといた方が良いのか?」
疲れたと言って浴室に入ろうとするガーネットは一瞬きょとんとしていたが、次第に口の端を少し上げるだけの、最近になってようやくロッティにも分かってきた小さな笑みを零した。
「その人についてはおそらく心配いらないよ。ありがとう」
ガーネットはその後「じゃあ、もうお風呂に入るからね」とけろっとした口調で言い残して浴室に入っていった。ロッティはすっかり肩透かしを食らったような気分になって、浴室から聞こえてくる水音を意識しないようにしながら窓の外を眺め、そっと自分の日記を開いた。ガーネットの言っていたように、窓から見える風景は狭く、確かに街で何かあればすぐに分かりそうだという感想を抱いた。