第22話
文字数 3,347文字
ブルーメルの言葉ははっきりと聞こえているのに、まるで頭が麻痺したかのようにその言葉の内容をロッティは理解できなかった。ブルーメルの恐ろしい宣言にも、
「出来れば迅速にお願いします。まだここだけではないですので」
追い撃ちを掛けるようにそう言うとブルーメルはロッティの手を引っ張り、機械人形たちの前に連れてきて、先程までブルーメルが立っていたところにロッティを立たせた。機械人形たちは、今度はロッティの方をじっと見つめてきた。大勢の瞳が、無機質に、ロッティからの指示が下るのを指一つ動かさずに待っていた。
「どうして……こんなことをする必要があるんですか」
「……すみません。質問はロッティさんが彼らを壊した後、ここを離れてから聞きます」
ロッティには、何も理解できなかった。機械人形を壊す意味も、早くしなければいけない理由も、ロッティには何一つ理解が追いつかなかった。躊躇っているロッティの背後からブルーメルの「早く!」という怒号を最後にロッティの意識は一瞬途絶えた。気がつけば、先ほどまで無機質にロッティを見つめていた機械人形たちの頭が、苦痛に歪んだ表情で地面に転がっていた。その苦しそうな顔が、ブルーメルに暇を出されたときのフルールの顔に重なった。途端に吐き気と眩暈に襲われ、ロッティはその場から離れるように後ずさりした。
「……ありがとうございます。機能が停止していることを確認しますので、少しお待ちください」
ブルーメルはしゃがんで、地面に転がる機械人形の頭を丁寧に見て回っていた。しかし、ロッティはもはやそれを目では追っておらず、機械人形たちから目を背け、背後の空を見上げることしか出来なかった。シリウスを出たときと同じような曇り空がどんよりと漂っており、教会の白い壁がより白く感じられた。そのとき初めて、機械人形たちを教会の裏に集めさせたわけをロッティは悟った。
機能を停止したことが確認できた機械人形たちはその後、ロッティたちの手で埋葬された。放心しているロッティをブルーメルは無理やり引きずるようにして、この町にもわざわざ用意していたのか窓の外が見えない馬車に再び乗り込んだ。ブルーメルが何かを待つようにロッティをじっと見つめるが、ロッティは外の見えない窓を眺めるばかりであった。
次の町に着いたときには、もうすでに夜になっていた。それでもやることをやってから寝る、ということでブルーメルは夜分遅くに町長らしき人と一通り話し終えると、ロッティを再び機械人形たちの処刑場へと連行した。
「ロッティさん……お願いします」
じんじんと鈍り、まともに機能していない頭はそのブルーメルの言葉だけは鮮明に拾い上げた。ロッティは操られるようにふらふらと歩き機械人形たちの前に立った。限りなく人間に近い存在、そしてそれなりの時間を共にしてきたフルールと同じ存在である機械人形たちは、先ほどと同じようにじっとロッティのことを健気に見つめて指示を待っていた。ロッティはいま、自分が何をしているのかも考えたくなかった。目を見開いて、きちんと相手と向き合わなければ発動できない能力を、確かに振るった。金属同士が軋み上げる耳障りな音がぎりりと響き、突然ぶちっと音を立ててぽてっと何かが地面に落ちる音がする。ブルーメルが何か独り言のようなことを言うと、蹲って機械人形たちを確認している。頭をねじり落とされ、こと切れる機械人形たちの表情はやはり、まるで人間のように苦痛に歪んでいた。その後、また同じように機械人形たちを埋葬し、その晩はその町の宿に泊まった。ブルーメルはまだ一仕事あるからと何やら書類を手にしてペンを走らせていたが、ロッティは何も考えずにそのままベッドに倒れこんだ。ロッティは久し振りに泥のようにあっという間に眠った。
翌朝、聞き馴染みのない声に起こされたロッティは、見覚えのない天井が視界に映ると、ここがシリウスの仮住まいの家でないことをようやく思い出した。ぐったりした身体をようやくのことで起こすと、朝食も摂らないままブルーメルに引きずられて馬車に乗せられた。馬車の中でブルーメルに麦パンを渡され、食欲の湧かないロッティはほんの欠片ほどに千切りながら何とか口に運んだ。眠ってもすっきりしないどうしようもない頭のはずなのに、麦パンの味だけはしっかり感じられ、自分にうんざりした。
食べ終わる頃に次の町にたどり着いた。この町でもすることは変わらないだろうと悟ったロッティには、必要なことであるとは理解しつつも、ブルーメルが町長らしき人と一通り話し終えるのがじれったく感じられた。町長らしき人がロッティの方をちらちらと、あまり好ましくない瞳で見ていることに気づいていながらも、ロッティはどうでも良かった。
そして、ロッティはやがて機械人形たちが整列している場所へ連れられた。これまでと同じように機械人形たちは自分たちの前に立つロッティをじっと見つめ、次の指示が来るのを待っている。その視線を最悪の形で裏切らなければならないことに、ロッティは叫びたくなるのを必死に歯を食いしばって堪えた。ロッティは無慈悲に能力を振るい、これまでと同じように機械人形たちの首をねじ切った。こと切れても機械人形たちの首はロッティの方を向いており、まるで非難しているようにその瞳は暗かった。ロッティは耐えきれず背を向け空を見上げる。
機械人形を壊し終え、その町を後にしようとしているとき、こんな会話が聞こえてきた。
「私のアースちゃん、今頃どこに行っているのかなあ」
「それって、昔君が可愛がっていた機械人形のこと?」
「そうそう。お金払えなくなって町長さんに返しちゃったんだけど、いつでも会いに来ていいからって遊びに行ってたんだあ。でも何か最近緊急の仕事がアースちゃんに任されちゃったって言ってそれから会えてないんだあ」
それからどうやって移動したか覚えていないが、ロッティは気がつけば次の町へ向かう馬車の中におり、静かな空間に包まれていた。ロッティにとっては外の景色の見えない、陰気臭い馬車の中が唯一の安息所だった。ブルーメルは暗い密室の中で静かにするどころか、リュックの中から取り出した書類に一生懸命に目を通していた。そんなブルーメルの態度に、ロッティは言いようのない憤りを感じてしまった。
「どうして俺にこんなことをやらせるのですか」
つい当たりの強い口調になってしまったロッティの質問にも、ブルーメルは態度を変えることなく冷静にロッティを見つめた。
「貴方の能力が一番彼らを素早く処理することが出来ると判断したからです」
冷静に、言い淀まずに出てきたその言葉に、ロッティの顔はかっと熱くなった。
「フルールを……機械人形である彼女を大切にしている貴方が、どうしてこんなことをするんですか!」
馬車の密室の中では、ロッティの叫びは肌が痛くなるほど響いた。しかしブルーメルはそれを煩わしそうにはせず、むしろ冷めた態度で受け止めていた。
「私には……責任があるの。この世界で、自分のために好き放題やって来た尻拭いをするときが来てしまったから。貴方をそれに付き合わせていることだけは……申し訳なく思います」
ブルーメルは、話はこれ以上聞かないとでも言うように刺々しいオーラを発しながら、書類に目を通すのを再開した。ブルーメルのその様子を見て、ブルーメルが初めて感情的になったことに気がつき、ロッティは自分がとんでもない失言を犯してしまったと感じた。かっと熱くなった顔から熱が引いて行き、頭の中のかすみがかった靄が少しだけ晴れていった。本当のブルーメルの気持ちは推し量れないし、結局どういう理由があってこんなことをしているのかは分からないが、それでもフルールを大切にしていることを否定しなかったブルーメルが、心を痛めていないはずがないと、冷静になったロッティはほとんど確信したように信じることが出来た。