第7話
文字数 3,696文字
鉱山発掘の報酬は発掘した鉱物の種類によって決まるらしく、高価であったり希少であったり、実用的なものであったりするとより多くの報酬がもらえる、という仕組みになっていたが、どの鉱物がより良いのか、という肝心の内容は特に知らされていなかったため、結局ロッティたちは手当たり次第に好物を発掘し続けなければならなかった。元より『ルミエール』にいたときでも体力に自信のあった方のロッティは、ガーネットへの借りを返すためにも目を皿にして、他の者たちと比べてもより一層発掘に勤しんでいた。
ロッティが鉱山発掘に参加し始めて最初の内は、まだこの仕事自体が始まったばかりだったからか、そこまで深く考えずに参加していそうな人が多く見られたが、とても目先の報酬に釣られて参加してきたような人がやるには楽な作業ではなかったため、日を追うにつれてその人数は減っていった。二か月以上経って残ったのは、元々の仕事のためか身体を鍛えていそうな、それなりに体格の良い男性たちが主だった。
そんな中に、ガーネットにも報告した変な少年と得体のしれない自称記憶喪失の青年は未だに残っていた。特に少年の方は重労働が多くて辛いはずだろうに、ときに瞳を潤ませながらも歯を食いしばって、泣き言ひとつ言わずにスコップを振るったり土を運び続けたりしていた。発掘した物はシリウスに回収されるためお金しか手元に残らないのだが、それでも少年は真剣な表情でロッティと同じかそれ以上の集中力で鉱物を探していた。鉱山発掘に執着するという点では不審であっても、実際に一緒になって鉱山を一緒に探索していくにつれて、ロッティの目には第一印象ほど怪しい人物には映らなくなっていた。その少年に対して、記憶喪失を自称している青年の方は大して熱心に作業を行っているようには見えず、淡々とこなすその素振りや、ガーネットと似て無表情な顔からは青年の思惑はいまいち読み取れなかった。
人数が少なくなった鉱山発掘では、次第に決まった話し相手が出来てくる。ロッティは特にそんな相手もなく独りで黙々と行っていたが、他の者は大抵誰かしらと話しながら作業をしている。客観的に見れば独りでいてしかも注意深く特定の二人を観察している自分の方がよほど怪しく見えるなと、ロッティは心の中で苦笑した。
そんな風に作業している中、驚くところかやはりと思うところなのか、例の少年は例の記憶喪失の青年とペアになっていた。会話は多くなく、青年の方が少年を気にして水を分けたりタオルを貸したりしていることが多く、初めは周囲の厚意に甘えるのに抵抗があった少年も次第に青年の厚意は素直に受け取るようになっていた。それらの様子は、初めから知り合いだったり何か企んで組んでいる者同士というより、やはり自分以外の皆と同じように自然とそうした関係になっていった、という風にロッティには見えた。
そのようにして各々は鉱山発掘をマイペースに行っていた。ロッティが参加した初めの方は、参加者も多く皆やる気に満ち溢れていたのか、その勢いは凄まじいものがありあれよあれよという間に進んでいったが、奥に進むにつれて鉱山内の熱気は籠って外に逃げにくくなり環境はより酷になっていった。それによって人数が減っていくうちに、皆の作業態度も一変し、適度に休憩しながらやるようになっていった。
ロッティも連日暇人のように毎回朝早くから鉱山にやって来ては日が暮れ始める頃まで発掘作業を進めている。ロッティとしては鉱山発掘自体にさほど入れ込みはないつもりではあったが、それでも思うように鉱物が採掘出来ると『ルミエール』にて依頼を達成したときに感じたのと似た達成感に包まれたり、まったく奮わず全然採掘出来ないときには苦労が徒労に変わった感じがして余計に疲れたりした。その日も、鉱物が全く採掘出来ず、今日はもう採掘出来ないなと不貞腐れたようにしてロッティは、二人の観察もほどほどに手ぶらで帰ることにしていた。
項垂れて自分の歩く道を眺めながら宿に帰ると、ガーネットの姿がなかった。いつもならベッドの上で寛ぎながら本を読んでいるか、テーブルに着いて紅茶を飲んでいるかのどちらかであることが多かったため、ロッティは困惑した。身体を洗うのもさておき、風呂だけ沸かしてから、ガーネットを探しに行くべきなのかどうか考えた。この街は気が抜けるほど穏やかな雰囲気で、何故か魔物にも襲われたことのない街だとは言っても、女性を一人外に歩かせる危険性は変わらないだろうとロッティは認識していた。ロッティは、せっかく沸かした風呂にも入らず鉱山発掘での土汚れを落とさぬまま部屋を飛び出した。
しかし、ロッティの焦りも杞憂に終わった。部屋を出たすぐ廊下で、ガーネットと出会った。
「ガーネット!」
探しに行こうと思った矢先にあっさりとガーネットを見つけられたことで、全身から力が抜けていった。
「……先に帰っていたのね。もしかして、心配かけさせちゃった……かな?」
「あ、当たり前だ」
ガーネットは鳩が豆鉄砲食らったようにぽかんとしてから、少しだけふふっと笑った。結局詳しい説明はなかったが、ロッティは気にせずガーネットと共に部屋に戻る。
しかし、紅茶を淹れると言って、ティーポットを片手に部屋を再び出ようとするガーネットの後ろ姿を見て、ロッティは先ほどまで胸を占めていた感情が蘇ってきた。確証を得るために、ベッドの上に座り、腕を組んで扉の方をじっと睨んでいると、やがてガーネットが帰ってきて、その疑念は確信に変わった。
「ガーネット、何かあったのか?」
ガーネットがいつものように紅茶を淹れ終わったタイミングを見計らってロッティはそう尋ねた。ガーネットがどんな反応を示すかロッティは注意深く見ていたが、ロッティの期待に反して分かりやすい反応はほとんど現れず、ガーネットは無表情にティーカップを手に取り紅茶を飲みながらロッティを振り返った。怖気づくほど冷静なガーネットの視線に、ロッティはわずかに怯んだ。
「別に。何もないよ」
「……ど、どうしてそんな嘘を言うんだ」
ガーネットの肩の下辺りまで伸びていた黒髪は今は肩にまで届かないぐらいになっており、不揃いに切られているように見えた。服装もよく見ると、ロッティのとは別種の土汚れが目立たないところにあった。
声を思わず震わせるも、ガーネットはいつものように、ロッティとは微妙に目を合わせずに黙ったままだった。それがどんな沈黙なのかロッティには分からなかったが、急かすようなことはしたくなくガーネットからの言葉を待っていた。
ガーネットは半分ほど残っているティーカップをテーブルの上に置いた。液面を見つめたまま、何かを考えこむような黒い瞳には、どんな感情も映していなかった。まるで暗闇の奥向こうに感情を閉じ込めたような、見ていて怖くなるほど綺麗な黒色をしていた。
「今は、まだ何も言えない」
「…………今は?」
はっきり否定されるかすべて話してくれるかのどちらかだと覚悟していたロッティは、ガーネットの煮え切らない返事に虚を突かれた。緊張していた肩肘から力が抜けていき、ベッドにより深く身体が沈み込み、ぎしぎしと軋んだ。
「しばらくだけ……待ってて欲しい。そうすれば、答えられるから」
曖昧な返事だったが、しっかりした口調から、どうしてだか嘘やその場しのぎでそう言っているわけではないとロッティは直感出来た。しかし、ガーネットの奇妙な言い回しは独特な深みがあり、底知れない何かに遭遇したときのような冷や汗がこめかみや背中を流れた。
「でも、そうね……ありがとうロッティ。私は別に大丈夫なんだけどね、心配してくれてありがとう」
「は? いや、まあ、そんな心配するなんて当然だと思うが、その……急に、どうしたんだよ」
「……? 心配してくれたことには礼を言うのが筋だと思ったのだけど……何かおかしかった?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
「……ふふっ」
ガーネットは本当に無意識のように自然と笑みを零しながら、「風呂に浸かってくるね」と言って浴室へ向かった。
「……何だったんだよ、今の」
気苦労もすっかり徒労に終わって、妙に毒気を抜かれた気分になっていた。頭を掻きながらガーネットが消えていった方を見つめていると、水の流れる音が聞こえてきた。今後の旅やガーネットとの時間は改めて大変なものになるんだろうなあという感想を抱きながら、ロッティはこんがらがって重くなった頭をすっきりさせようとベッドに倒れこんだ。じんわりと背中に感じる汗が、もうすぐ暑い時期がやって来ることを知らせていた。それは同時に、リュウセイ鳥の言い伝えの日も近づいていることを示していた。