第14話
文字数 3,612文字
「なんでそんなすごい野草なのに絶滅なんてしたんだ?」
ハルトがぱっと浮かんだ疑問を呈すると、シルヴァンの代わりに、二人の間に割り込むように入ってきたカミーユが口を開いた。
「それはですね、団長が団長の御婆様と同じ病に苦しむ人たちを救うために使いすぎてしまい、うっかりやってしまったんですよ」
「あ、おいカミーユ!」
シルヴァンが鋭い目つきでカミーユを睨むが、カミーユは口笛を吹きながらその視線を躱すように身を引いた。話の本筋ではないがすごく気になる話でハルトはちらりとシルヴァンに視線を向けてみるが、シルヴァンは悔しそうな顔でカミーユのことを睨み続けていた。シルヴァンはやがてハルトと、ニヤついているクレールの視線に気がつくとごまかすように咳払いした。
「……とにかく、そういうわけで俺も他に生息している場所は知らん。もし探してまた見つかったら同じことやってしまいそうだったからな、それから探してない」
「ほんと団長って限度ってものを知らないですよね。軽く生態系を脅かすんですから」
カミーユの発言に、その場にいたシルヴァン以外の『シャイン』のメンバーがどっと笑った。シルヴァンは律義に一人ずつ頭を小突いて回った。その様子を尻目に、ハルトはクレールと見合い、今後どうするつもりなのか話し合おうとしたところで、頭を抱えて顔を顰めているシャルロッテが突然「待って待って」と声を張り上げた。
「実はですね、私、この間その生息場所を知ってしまったんですよ」
その発言にハルトたちだけでなく、シルヴァンたち一同も驚いた声を上げた。ルミアは「流石シャルロッテ様」と恍惚とした様子で、他の者も一様に流石副団長などと称賛を浴びせる中、シルヴァンだけが一人先に正気に戻ったようで難しい顔をしながらも何かを見極めるような厳しい目でシャルロッテのことを見ていた。
ふと、シャルロッテがハルトたちの方を向いて、ウインクしてみせた。
「まあ、まだ裏は取れてないんですけどね。でもとりあえず、そういうことだから、私にまっかせなさい♪」
シャルロッテは大袈裟にくるりとその場でターンをし、再びハルトたちにウインクしてみせた。最初会ったときのどこか沈んだった様子とは雲泥の差がある今のシャルロッテの様子にハルトとクレールは戸惑い、『シャイン』の他のメンバーもがやがやとシャルロッテを中心として賑わう中、シルヴァンだけが難しい顔のままシャルロッテのことを静かに見つめていた。
シャルロッテの持ち出した情報によって一通り話が落ち着いたことで、ハルトたちは準備すると共にこの一連の話を他のメンバーにも報告するためにも、『ルミエール』の借家に戻った。他のメンバーは居間に集まっており、ハルトたちが入って来るや否や、「遅い」とアベルが低く呻いた。
ハルトとクレールが一通り説明し終えると、ブラウは考え込むようにじっとしていたが、頭の中で整理がついたのか何回か頷いた。
「それでクレール、何を考えている? 何か引っかかるところがあったみたいだが」
ハルトも感じた違和感をブラウも話を聞いただけで見抜いていたようで、クレールに質問するとクレールも腕を組んで壁に寄りかかった。
「それより一つだけ皆に訊きたいことがある。今日一日どこにいたのかを、出来れば時間まで含めて答えて欲しい」
それからメモ帳とペンを手に持ったクレールが一人ずつ質問していき、それぞれの答えを聞きながらメモ帳に素早く書き込んでいった。やがて全員分訊き終えると、クレールは得意げな顔で頷いた。アベルがうずうずし始め、口を開きかけたタイミングでクレールが話し始めた。
「やっぱり、あのグランっていう男、何かあるな」
「いつも通り、説明頼むぜ」
発言を先取りされたからなのか、アベルがうんざりした様子で先を促した。
「今回の依頼主であるグランなんだが、何故かグランはこの建物の扉をノックせずに外を歩いていた俺とハルトに訊いてきたみたいなんだ。時間帯的に、あのグランっていう男がここに訪れた時点では団長とアベルがここにいたことになっているんだ」
クレールはそこでちらりと非難するような目でブラウとアベルを見る。二人は視線を逸らし肩を竦めていた。
クレールの説明は確かに奇妙な話のように聞こえたが、ハルトにはそれで何故グランが怪しいということになるのかが分からなかった。同じような疑問を抱いたのかアベルが「けどそれがどうしたってんだよ」と抗議するが、クレールもあっさり首を横に振った。
「知らん、ただ怪しいってだけだ。でも、そのグランは何故かたまたま近くを歩いていた俺たちをいきなり『ルミエール』の人間かと尋ねてきたんだ。普通、たまたまそこを通りかかる通行人だと思ってスルーするだろ。こんな格好だし」
クレールはハルトの服を引っ張った。引っ張られたハルトは「へ?」と間抜けな声を出すが、ブラウたち全員が「確かに」と口をそろえて感心していた。どういうことなのかと問い詰めたくなったハルトだったが、クレールの話が続く気配があったので、今は仕方なく置いておくことにした。
「それに、毒を食らおうがって仮定の話もちょっと引っかかる。そんなに大切な人間として考えられるのは身内の人間だが、身内の人間が毒を食らうみたいな想定をするってどういうことなんだ」
クレールが呆れるような顔になって肩を落とした。ハルトも試しに身内の人間が毒を食らう状況がどんなものかを想像してみる。グランたちも冒険か遠征だったりで外を歩く機会の多い人間だったとしたら、毒のある生き物や魔物の知識も身に着けていそうなものである。グランの死んで欲しくない人はよほど危なっかしい人なのだろうか。その考えをひとまず保留しておき、別の状況について考えてみる。が、それ以外の状況としては、ハルトには、記憶にも新しい、三年前ブラウがリベルハイトと思しき相手に毒矢を食らったときしか思い浮かばなかった。
「なんか、大分物騒そうだね、そのグランって人」
ジルがハルトの想像を読み取ったかのような発言をし、クレールも頷いた。
「そうなんだよ、何だか怪しいんだよ、本当。こいつは何だかすっかり気を許してたみたいだったから、悪い奴ではなさそうな気がするんだがな……」
クレールが傍にいたハルトの頭をくちゃくちゃにした。
「ああもう、やめろって」
何だか馬鹿にされたような気がしてムッとしたハルトがクレールの頭を振り払うと、「まあ」とクレールが仕切り直すような口調で話した。
「この怪しいグランが、リベルハイトに繋がってれば儲けものってことで、ちょっとこの依頼受けてみようと思う」
クレールの発言にその場の空気が引き締まった。そのクレールの意見に反対する者はいなかった。
クレールの提案から話は進み、結局グランの依頼にはブラウとクレール、そしてハルトが対応することに決まり、早速遠征に出る準備を済ませシャルロッテの待つ『シャイン』の借家へ向かった。
『シャイン』の借家の前にはすっかり準備万端そうなシャルロッテが、ルミアと向かい合って何か話し込んでいた。何かあったのかと一瞬立ち止まったハルトだったが、ブラウたちが何も気にせずぐいぐいと向かって行ったのでハルトもそのまま走った。シャルロッテたちもハルトたちに気がつくとふっと表情を和らげた。ハルトたちはそのままシャルロッテとルミアと共に帝都から出た。向かった先はユグドラシルの樹海だった。
ユグドラシルの樹海には、カルラの手記を読んでから一度だけ訪れたことがあった。カルラの手記にあった、細々と暮らしているという種族の話を聞きに行くことが出来れば何かしら活路が生まれると信じて向かったのだが、予想通りカルラの手記にあったようにハルトたちみたいな普通の人間では彼らに会うことはとうとう叶わなかった。その際には生態系を調べて採集することは考えていなかったため、本当にシャルロッテが言うようにシルヴァンも口にしたシクマの光根があるかどうかは分からなかった。
道中、魔物にも何度か遭遇し、シャルロッテの戦いぶりを何度か目の当たりにすることになったが、その動きはブラウやアベルにも劣らない鋭い動きで魔物をものともしていなかった。そのシャルロッテの力量にクレールはわずかに警戒心を思い出していたようだったが、ハルトは素直にその腕に見惚れていた。かつてブラウを襲ったり、シルヴァンと親しげだったニコラスを死なせたリベルハイトとしての一面がある一方で、その腕を活用して慈善団体『シャイン』の活動に貢献してきてもいたのだと思うと、ハルトにはシャルロッテを敵だとして憎めば良いのか『シャイン』の一人として尊敬すれば良いのか分からなかった。