第17話
文字数 3,357文字
シャルロッテが力を貸してくれている。根拠も何もなく、荒唐無稽な話ではあったが、ロッティにはそうだとしか思えなかった。ノアの風圧をそれほど強く受けずにいられたおかげで素早く体勢を整えられ、ロッティがノアの方へ構えるのと、突進してきたノアがロッティの方を振り向くのとはほとんど同時であった。ノアは間髪入れずにロッティに突っ込んできて、ロッティも先ほどと同じように跳躍してノアの突進を躱す。着地するや否やノアはすぐさまロッティの方へ急転換して襲ってくるが、ロッティも連続して跳躍しながら、反撃の算段を立てようとした。
ここまで大きな生き物に対して行なったことはなかったが、試しにノアに自分の能力が通用するかを確かめることにした。ノアが同じようにロッティに向かってきて、ロッティはそれを跳躍して躱し、すぐ真下を通り過ぎようとするノアに意識を集中させる。その際、指輪がこれまで以上に強い輝きを放った。しかし、心なしか動きが遅くなったように見えたものの、それでもノアの持つエネルギーがあまりに大きすぎるのかロッティの能力の影響もないかのようにあっという間にロッティの真下を通過していった。手応えを多少感じたものの、指輪の効果がロッティの信じている通りであったとしても、とても決定打にはなりえそうになかった。
人類が力を結集させ、秘密裏に隠してきた兵器を使ってようやく討伐してきた幻獣族に対して一人で挑むのは、やはり一筋縄ではいかないことだとロッティは再認識した。それでも、ロッティは動揺することなく、今まで自分に託してくれた言葉たちを思い出していた。アリスにガーネット、シャルロッテ、そしてハルトやルイ、皆の言葉が自身の心を支えてくれていることをロッティははっきりと自覚していた。
それまでロッティと同じ高さを飛んでいたノアが、徐々に上昇していった。ロッティもノアに必要以上に離されないように舟を上昇させるが、それを見計らったかのようにノアは急にロッティ目掛けて急降下してきた。ロッティも咄嗟に真上にジャンプするが、上空から差し込んでくるように飛んできたのに対して、上空へ逃げるように跳躍してしまったために、斜めに飛んでくるノアと距離が近く、初めのときのようにノアの風圧をまともに浴びて体勢が崩れ、空へ放り出されてしまう。ロッティは何とか舟を視界に捉えて、自身が落ちてくる軌道上に舟を持ってこさせて着地するが、考える間もなく背後からノアが飛んでくる気配がして、慌てて身体ごと舟を降下させる。再びノアの飛行する風圧に押され舟ごと身体をよろめつかせるも、何とか堪え体勢を整え一旦距離を取ることにした。すかさずノアもロッティについてきて距離を離されないようにするが、襲ってくる気配はなく、再び上空へと上がっていった。ロッティもノアに合わせて、距離を取り、先ほどよりも意識をノアへ向けながら舟の高さを上げていく。
やがてノアは空へ舞い上がっていくのを止め、仰々しく翼を数回羽ばたかせたかと思うと、今度はその翼を大きく羽ばたかせ、自身の羽根を飛ばしながら突風をロッティに浴びせてきた。ロッティは出来る限り飛んでくる羽根を能力で自分に当たらないように操作するも、激しい風に舟の上から吹き飛ばされる。時折羽根がロッティの腕や脚を掠めるが、身体に突き刺さることは何とか避け、ロッティは舟を自身のところへと呼び寄せ着地した。ノアは再びロッティに向かって飛んでくるが、防戦一方だったロッティも意を決して、ギリギリまでノアを引き付けた。そして、ノアが目前まで迫ったタイミングで、先ほどまでよりも浅く跳躍して、剣を取り出し力の限り振り抜いた。わずかな手応えと、羽根が舞い散る光景が目に入り、ようやく攻撃を当てられたことを確認した。ノアの飛んでくる勢いで生じる風に吹き飛ばされながらも、これまでと同じように舟に着地してノアの方を振り向く。
傷は浅かったように思うが、ノアの羽ばたきに何となく力の衰えを感じた。心なしか力なく羽ばたくノアは、ゆっくりとロッティを睨みつけた。恐らく、帝都のときにちらりと見えた、帝都の幾千本もの槍の攻撃のときに受けた傷が完全には癒えていないのだろうと予想していると、ふと腕や脚に何かが伝う奇妙な感触を覚え、ちらりと確認してみると、ロッティも羽根を掠めた所から出血していた。
ノアも集中し直したのか、再びロッティの方に突っ込んでくる。ロッティもそれを浅く跳んで躱し、先ほどと同じように剣を振り抜くが、今度は先ほどよりもさらに手応えが薄かった。再び着地するも、ノアは急上昇していき、力強く翼を羽ばたかせ、羽根を飛ばしてきた。ロッティはあえて堪えようとせず、そのまま突風に身を任せて吹き飛ばされながら、羽根の攻撃を避けることに意識を集中させた。それでも何枚かの羽根が身体を掠めるが、その際に舞う血を見てロッティはある閃きを得た。やがて突風が落ち着き始め、ロッティは舟を呼び寄せつつも、同時に羽ばたきによって舞ったノアの羽根を能力を用いて集めた。
ノアが再び上空から降下しながらロッティに向かってくる。ロッティはギリギリまで引きつけてから今度は、初めのように身体を屈めながら舟を降下させた。初めのときのように強い風圧に襲われるが、ロッティはあえてその風に無抵抗に飛ばされながら、集めた羽根を、ノアの下からノアの身体目掛けて飛ばした。
効くかどうかはロッティの中でも半信半疑であった。帝都の兵器による槍の攻撃を思い出したことと、ロッティの身体を掠めて流血させるほどの鋭いノアの羽根を見て、槍を喰らった場所にならノアの羽根の攻撃も喰らうのではないかと咄嗟に思いついたことだった。そんな思いつきではあったが、ノアにその羽根たちが命中すると同時に、ノアの野太く呻く声が大きく空に響き渡った。ロッティはそのまま地上に落っことされないように舟に着地し、急いでノアと同じ高さまで上昇させる。
ノアはゆっくりとその身体を振り向かせ、ロッティを見据えた。身体の下から赤い雫を舞わせ空中に留まっている様子は最初のときほどの力強さは感じさせず、着実に弱っていることは傍目にも分かった。しかし、それでも人間のとき以上に鋭い突き刺さるような視線を感じ、ロッティもノアに意識を集中させて睨みつける。不意に肌に感じる血の流れる感触に、自身の体力にも限界が近づきずつあるのをロッティは感じていた。
ノアは何度目かの突進をしてきて、ロッティも再びギリギリまで引きつけて、浅くジャンプして剣を振り抜く。わずかに舞う血がノアのものなのか自身のものなのかもはや判別がつかなかったが、ロッティも次第に息が切れてくるようになり、ノアの突進から浴びる風も勢いが衰えていた。ロッティは、何度も何度もジャンプしてノアを斬りつけるが、剣に伝わる感触も薄くなっていっているような気がして、どれほどノアにダメージを与えられているかが分からなかった。それでもロッティは効いていると信じてノアに攻撃し続け、ノアもロッティの体力をなくそうと何度もロッティに向かって襲ってくる。ロッティは精神が擦り減りそうになりながらも、これまでの出会った人々の想いを思い出し何とかその心を支えた。