第4話
文字数 3,053文字
その女性が発言し終えるとともに、騎士たちの首が一斉に瞬く間にぶちぶちという音を立てながらねじれ回り、赤い空に舞った。首が切り離された身体は、どれも静かにその場に倒れていった。身体の首があった部分から血が脈々と地面に流れ出ていた。目の前で起きた出来事を処理しきる前に、鼻に鉄錆の臭いがつんと突き刺さり、セリアは再び脱力し、その場に崩れ落ちた。あまりにもショックな出来事が重なりすぎて頭が麻痺していたからか、吐き気が催してくることはなかったが、心の一切が苦しみに潰されて何も考えられなかった。
女性は何事もなかったようにすたすたとセリアの方に迫って来る。セリアはその様をただ見ていることしか出来なかった。やがてその女性がすぐ近くまで来て、セリアのことを見下ろした。
「貴方がセリアさん? よくあの日は生き残れたね。運が良かったんだね」
女性は世間話でもするように陽気に話しかけてくるが、セリアはそれに返す気力も湧いてこなかった。一切が沈み、死にかけの本能のような部分がやっとのことで浮かべた言葉を、セリアはオウム返しするように口にした。
「あなたはだれですか……?」
弱々しく阿呆のように尋ねるセリアに、女性は一瞬驚いたような顔になったが、すぐに不気味な笑みを浮かべた。
「私はシャルロッテ。今回も運よく生き残れると良いね、可哀想なセリアちゃん」
その女性の名前を頭の中で反芻させようとすると、いきなり目の前の景色がぐるんと目まぐるしく変わり、どうなったかと状況を把握する間もなく背中に激しい衝撃が走った。世界が崩れるような崩壊音がした後、再び景色がぐるぐると回り続け身体のあちこちに激痛が走る。やがて視界が落ち着き、女性が横向きに立っているのが見えたと同時に全身が熱を帯びていき、その熱さと背中を中心とした全身の痛みにすぐに視界は真っ暗になった。薄れゆく意識の中で、どこかで聞き覚えのあるシャルロッテの名と、どうして自分だけは殺されなかったのかとを不思議に思いながら、やがて意識は途絶えた。
☆
『ルミエール』の皆と『シャイン』の皆にロッティとガーネットの話を伝え回り、自身も街の人たちを地下へと連れて行っていたハルトは、徐々に街に下りてきた騎士たちの会話から、魔物の群れが帝都内に入り込んできたことを聞いてどうするべきかと迷っていた。崩壊した城の背後には幻獣族と思しき巨大な鳥とグランと呼ばれていた鯱が様子を窺うように空を漂い続けており、またその後『ルミエール』や『シャイン』のメンバーと再会できていなかったために住人の避難も無事に済んでいるかは分からなかった。その上、帝都内に魔物が侵入したという話が飛び込んできて、ハルトはどれを優先するべきかを考えた。
「……ひとまず街の人たちを助けよう」
幻獣族は依然として降りてくる気配はなく、空高く浮かぶ存在に対する手段などハルトには持ち合わせていない。魔物の退治も、住人を庇いながらでは思うように動けないこともあるだろう。ハルトはそう結論付け、引き続き街の人を地下へ誘導することに決めた。下町周辺の人たちはロッティが対処してくれていると信じて、ハルトは『ルミエール』の馬を連れて行こうとした。
しかし、そうして厩舎にやってくるも馬の姿はどこにもなかった。かといって争った痕跡も見当たらないことから、他の『ルミエール』のメンバーが街の人を逃がすのに使ったのかもしれないと考え、自分の足で街を駆け巡ることにした。走っていると、徐々にだが、周辺から何かが燃える匂いと共に夕焼けをさらに赤く染め上げようとする炎が燃え上がっているのが見られるようになってきた。ハルトは火の手の上がる方へと向かった。進めば進むほど、街を駆け巡れば巡るほど、炎の燃える圧と、血と何かが焼ける匂いとが混ざり合った臭いとで空気が重苦しくなっていき、辺りは不快な雰囲気で満ちていった。ハルトはその雰囲気を振り払うように身体を動かし、街の人の姿を探していく。
火の上がる勢いが強いところに出て、崩れた建物の後で蹲っている少女を発見した。ハルトは迷わず飛び込んでいき、その少女の傍らに寄り添った。ハルトはすぐに少女を連れて行こうとしたが、すぐに少女が何故蹲っているのかを理解して、伸ばしかけた手を止めた。その少女の母親と思しき人物が、瞳を閉じたまま足を瓦礫に挟まれ動けない状態でおり、少女が懸命に手に血を滲ませながらも必死にその瓦礫を持ち上げようとしていた。
「お母さん、お母さん……」
少女がうわ言のようにそう繰り返しているのを見て、ハルトもその瓦礫に手を添えた。
「大丈夫だ、お兄ちゃんも協力してやる」
ハルトも、腕の筋肉と背筋を意識しながら全身に力を込めた。しかし、わずかに持ち上がりはするものの、気絶している様子の少女の母親を連れて行くことは出来そうになかった。何とか片手で瓦礫を支えながら、もう片方の手で母親に手を伸ばそうと試みたのだが、片手でも離せばすぐに瓦礫の重みに耐えられなくなり支えられそうになかったので、母親に再び瓦礫が押しつぶされないようにすぐに両手で抱え直した。目の前にいる母親をどうにかできないかと悩ませながらも、周囲の火の勢いは強くなり、ハルトの額を汗がつーっと流れる。少女の様子を窺うも、少女の瞼は降り始めてきており、体力の限界を迎えつつあるのは明白だった。ハルトの中で一瞬、母親を一度置いて少女だけでも助ける選択肢が浮かび上がるが、すぐにそれを消した。ハルトは瓦礫を完全に持ち上げようと、完全に出し切っている力をさらに捻り出そうと全身に力を込めようとする。
「そこをどけ」
ふと低い声にそう指示され、ハルトは反射的にその声の方を振り返ると、そこには来る日も来る日もブラウの勧誘を断り続けていたカインがいた。ハルトは逡巡するが、カインの母親と少女を見つめる眼差しに、ハルトは言う通り少し横に移動した。少女とハルトの間に出来たスペースにカインが入ってきて、そっと母親に手を伸ばしてそこから引きずり出した。その後少女の手も引かせてやると、少女も体力の限界だったらしく、気絶するようにカインの身体に倒れこんだ。カインの脇からさっと女性が現れて、その少女の身体を抱いてやったのを確認して、ハルトも手を離した。
「どうして助けてくれたんだ」
ハルトの疑問にカインも険しい顔つきで応えた。
「俺は人を救うために傭兵をやっているんだ。当たり前のことをしたまでだ。それより……」
カインがそこまで話すと、すっとハルトの喉元に剣が突きつけられた。ハルトが横目でちらりと確認すると、剣を突きつけている男性も、ブラウと何度も酒場に訪れたときにカインと一緒にいた『シュヴァルツ』のメンバーであった。
「お前たちが避難している地下へ案内しろ。この子たちもそこに避難させる」
カインの話はもっともではあったが、それだけが理由ではないのは態度からも明らかだった。喉元に剣を突き付けられどうすることも出来ないハルトは、大人しく地下へ通じる入口へと案内することにした。無言でついてくるカインたちの圧を感じながら、ハルトは街の様子やカインたち『シュヴァルツ』、未だに城の後方で漂っている幻獣族二人を観察していた。鯱の方はまるで海中にでもいるかのように優雅に空を泳いでおり、赤い空に浮かぶ紺色の存在は、この世界の神秘さを象徴するような美しさがあった。