第6話
文字数 2,891文字
「……約束した通り……約束してたかな、よく覚えていないけど、気になることがあったら質問して、ロッティ」
いつも通り読書しながらそう尋ねているのだろうと予想してガーネットの方に顔を向けると、座ったままじっとこちらを心配そうに見つめていた。これまで合う気配すらなかったガーネットの瞳は、先ほどの、この世界のことを教えてくれ、自分の素性を明かし、ロッティを信じると伝えてくれたときと同じようにまっすぐにロッティに向けられていた。
戸惑いながらもロッティは、多くの疑問を感じてきたのは確かだったが、整理できていないことが多すぎて何から聞けばいいのか判断がつかなかった。若干自棄になったように記憶の遠く彼方から辿ってみようとして、シリウスのことを思い出した。ガーネットとエスの話した内容があまりにも自身の理解や想像を超えた話であり、もはやシリウスのことすら遠い出来事のように思えた。
「そういえば……シリウスは今どうなってるんだ?」
「シリウス……」
ガーネットは眉を深く歪ませ、記憶を探るように視線を床に落とした。まさか忘れたわけではあるまいと思ったが、ガーネットがミスティカ族という不思議な特徴を持つという話を思い出し、考えを改めた。ガーネットは予知夢で色々なことを見てきた分の記憶が多すぎて、その中から特定の記憶を探るだけでも一苦労なのだろう。
「そうね……今はとても混乱していると思うけれど、内戦とかも起こらず、ブルーメルが亡くなった後も何とか街は順調に復興していくと思う。フルールも、『ルミエール』の皆も無事のはず。ブルーメルもミスティカ族だったから、色々遺言状という名の最期の指示をたくさん遺していたみたいだし」
衝撃の発言に吹き出しそうになるが、ブルーメルがミスティカ族だったということに関して、ロッティには思い当たる節が多かったと改めて認識した。ブルーメルのことから派生して、ブルーメルの最期を追想してしまう。
「ガーネットに聞いて分かることかどうか分からないけど……ブルーメルって結局、何がしたかったんだ。何が目的だったんだ」
ロッティの問いに、ガーネットは、思い出を一つ一つ噛みしめるように深く瞬きさせながら、さざ波の聞こえる方を向いて思い出すように話し始めた。
「彼女の目的は、賢者の石を海に沈めること。おそらくロッティが最後に会ったとき何回も爆弾が爆発したと思うけど、あれはロッティをこの島に漂着させる以外にも、賢者の石を誰の手にも届かない海底に沈ませる目的があったはずだから……」
「あれって……そういうことだったのか」
痛い思いをしたロッティとしてはもう少しお手柔らかに願いたかったが、ガーネットの少し辛そうな表情を見てその考えを頭の片隅に避けておいた。
「ブルーメルも、迷っていたはずよ。多くの賢者の石が彼ら……リベルハイトの手に渡る代わりに自分が生き残る未来も予知夢で見えていたはずだから。でも結局決め手になったのは……フルールだったみたい。彼女にとってフルールは、この世界で唯一心を許せる存在だったみたいだから」
「……っ」
ガーネットが哀しそうに話した内容にロッティは息が詰まり、言葉を失ってしまった。ミスティカ族の、相手の心を見透かしてしまう能力も、生き物ではない機械人形には通じなかったのだろう。どうしてブルーメルがあそこまでフルールに心を許していたのかと不思議だったが、やはり単に長い付き合いだったからというだけでなく、ミスティカ族ならではの理由があったようであった。
朝から連続的に明かされた話のせいで心労が重なっていた。ロッティは頭の容量を超える情報量の多さに、油断するとすぐに思考が麻痺してしまいそうだった。
「……
「賢者の石……でも、フルールは、どうなるんだ」
機械人形に、リベルハイトに渡してはならない賢者の石が使われているなら、フルールの持つそれも狙われるのではないかとロッティは危惧した。しかしそれにもガーネットは悲しそうに首を横に振ってロッティの不安を否定した。
「……今のところ、私はフルールがどうにかなるという未来は見てない。ロッティも感じたかもしれないけど、あの子だけは特別なのよ。あの子が機械人形だと疑われることはないみたい」
ロッティはフルールと共に過ごした時間を振り返る。感情表現が薄い子ではあったが、とても人間じゃないと疑えるほどではなかった。事実、ロッティも初めてフルールが機械人形だと知らされたときは混乱したのをよく憶えているし、それまでは当然のように一人の女の子として扱っていた。
「そう……あの子は、娘を蘇らせたかった人が起こした奇跡だったから。だから、より人に近い存在になれたし……ブルーメルも、心を許せたのよ」
ロッティの中で、苦手だったブルーメルの認識が急速に変化していくのを感じていた。生前にもっとその気持ちを持って接していたかったという想いが強くなり、胸が苦しくなった。ふとブルーメルのフルールを守って欲しいという言葉を思い出し、その言葉の意味をやっと理解した。あれはきっと、死んでしまう未来が待っている自分にはどうしようもない悔しさも滲んでいたのだと、ロッティはそのことに気づいて心が沈んだ。
「悪い……ちょっと今日は、疲れた。少し寝るわ」
「うん……しっかり身体を休めて……おやすみ」
ガーネットはロッティの頼みを了解してくれ、そっと小屋を後にした。ロッティは目を瞑った。瞼の裏には、これまで隠してきたことを話すガーネットや、ピリス、セリア、ブルーノ、養親、ハルトたち『ルミエール』の人間、トム、シャルル、フルール、ブルーメルなど、今までかかわってきた人たちの顔が次々と浮かび上がってきた。
自分のこれまでの人生はどうだったのだろうか。ガーネットとエスの二人の話を思い返すと、自分はえらく運が良かったったように思える。他の、未踏の大陸出身の者たちと違って、自分だけは人並みに近い人生を送ってきたように思える。それほど、出会った人たちは、ロッティにとって大きな存在ばかりであった。しかし、それでもロッティは胸の奥で燻ぶる虚しさを、どうしても無視出来なかった。他の人よりも恵まれていると思えば思うほど、むしろその痛みは鈍く、大きくなっていった。
どうしようもない想いに向き合いながら、ガーネットの話を振り返っているうちにロッティは再び夢の世界へと誘われた。