第13話
文字数 3,313文字
その男性が堂々と『ルミエール』に用がある素振りを見せたことで、クレールは多少警戒心を緩め歩み寄った。クレールは、三年前にカルラにアルディナの手記を読んでもらって以来、しばらくの間ただでさえ強かった警戒心をさらに強くさせていたが、そのせいで一時期『ルミエール』への依頼が減ってしまい、クレールなりに何か思うところがあったのか、『ルミエール』に用がある人に対しては以前までのように戻った。
男性はハルトたちに話しかけたは良いものの、肝心の話を切り出す決心はついていないようでしばらくうーんうーんと唸っていたが、やがて決心がついた顔をぱっと上げた。感情が出やすく純粋そうな人だという印象をハルトは受けていた。
「なあ、何かその……人を死なせないようにする方法って何かないか?」
男性の頼みは、あまりにも大雑把で、かつ子供が言いそうな荒唐無稽な頼み事であり、ハルトもクレールも言葉を失った。すぐに気を取り直したクレールが呆れたようにため息を吐きながら、じろりとその男性を睨む。
「まあ……とりあえず、名前を教えてください」
クレールがそう言うと、その男性はあまり表情を変えずに「ああ」と頭の後ろを掻いた。
「これは失礼……俺はグランって言うんだ。よろしく」
グランと名乗ると、すっと手を差し出してきた。やはり純粋そうな人だと感じ、ハルトは無意識のうちに手を差し出し、グランの手を取った。一瞬グランは呆気にとられたようにハルトをぽかんと見つめたが、ハルトが「こちらこそよろしく」と応えると、グランは嬉しそうにぶんぶんと手を振った。随分と力強い手であった。
その後、建物に入れてやれば良いのに、わざわざクレールはそのままその場でグランの話を聞くことにした。ハルトとしては早く戻りたかったが、依頼人を置いて自分だけ戻るのも忍ばれず、クレールと一緒になって話を聞くことにした。
「それで、貴方はその人に病気になろうが毒を食らおうが大きな傷を負わされようが死んでほしくなくて、それをどうにかできないかと俺たちを当てにしてきた、と……」
「まあ、そんな感じだ。あんたら、仮にも冒険者なんだろ? 世界中のどこかにそれを叶えられそうなものがないか知ってるかと思ってな」
すっかり丁寧語も解いて、要点をまとめてクレールが訊き返すと、グランは軽い感じで頷いた。そのグランの態度にクレールもため息を吐きそうになるのを堪えながら胡乱な目つきで見た。
「……生憎、死なない人ってのは自然の摂理に反してるので、とても叶えられそうにない。何か代替案はないのか?」
「うーん…………ないな」
クレールに呆れられながらも、グランはそれに気づいていないかのようにあっさりと答えた。よほど意志が固いのかそれとも人を死なないようにすることを簡単なことだと捉えているのか、グランの考えに迷いはなさそうで、クレールは頭を抱えていた。
そのときふと、ハルトに妙案が浮かんできた。
「なあクレール。シルヴァンさんに話聞いてみるのはどうだ?」
「シルヴァン……ああ、なるほど。それは良いかもな。グランさん、とりあえず最善を尽くしてみるからしばらく時間をくれないか?」
クレールもハルトの案に表情を明るくさせ、グランに説明すると、グランも「おう、ありがとうな」と了承してくれた。
後日、メンバーにグランの依頼のことを伝えておくことで、いつグランが訪れても進捗状況を分かるようにさせた上で、二週間後を目安に報告すると決めて契約すると、クレールは早速『シャイン』の借家へ向かった。その際にハルトも無理やり連れてこさせられた。
「というか、あの人の依頼引き受けるなんて意外だったな。てっきり無視するのかと思った」
無理やり連れられた腹いせにハルトは拗ねたように言ってみせるが、クレールの表情にはすでに図書館でのイライラもグランと対峙したときの面倒臭そうな表情もなかった。
「ちょっとな……」
クレールがそれだけ呟いたきりそれ以上言及することないまま、二人は『シャイン』の借家に辿り着いた。しかし、扉をノックしてみても返事がない。クレールがもう一度ノックするがそれでも一向に何も返ってこず、クレールとハルトは目を合わせて日を改めて引き返すことにした。
しかし、そうしようとした直後に、道の向かいから手をぶらぶらさせながらシャルロッテが歩いてくるのを発見した。シャルロッテも『シャイン』の借家の前で立ち往生しているハルトたちを認識すると、いつものような陽気な感じではなくやけに低いテンションで「おーっす」と手をちょこんと挙げただけであった。傍らに立つクレールを纏う空気が変わり、警戒心を高めているのにハルトは気がついた。
「他の皆はちょっと受け取るものがあって出てるよ。私で良ければ話を聞くけれど? 一応私、副団長だし」
そう言って自分の胸に手を当てるシャルロッテの声は低く、いよいよハルトも不思議に感じた。ハルトたちを見つめるシャルロッテの瞳はテンションの低さに力が籠っており、ハルトもその瞳をどう判断すればいいか分からなかった。クレールは身体を半身に構えながらもハルトをチラ見しただけで、特に迷う間もなく事情を話した。
「実は、シルヴァン……あんたのところの団長さんが昔口にしてしまったって言うシクマの光根がどこにあるかを教えてもらいたくて訊きに来たんだが……」
「んえぇ? そんなもん探すなんて、一体何があったの?」
シャルロッテは本気で驚いたようで、目を大きく見開いた。そこにはいつものハルトも知っている陽気な雰囲気のシャルロッテの姿があった。ハルトはそれを見て無意識のうちに肩の力が抜けていった。
「詳しくは言えないが……ある人を死なせないようにするためにどうにかして欲しいって人がいてな。それを聞いてハルトがお節介にも考えを巡らせて、シルヴァンが若返った原因となったシクマの光根のことを思い出したんだ」
「なぁるほど。確かに、団長って私よりだいぶ年上のくせして同い年ぐらいにしか見えないんだよなあ。腹立っちゃう」
クレールの説明に納得してくれたようで、それ以上追及することなく一人で勝手にシルヴァンに対してぷりぷりと怒っていた。シャルロッテはひとしきりシルヴァンに対する言いがかりとしか思えない一方的な愚痴を言い募ると、事情を把握したシャルロッテは「それなら」ということで、中へと案内してくれた。
シルヴァンたちはしばらく戻ってこず、その間シャルロッテを未だに警戒している様子のクレールは一言も発することなく静かに待っていた。「ねえねえ、もっと表情柔らかくしなって」とシャルロッテがクレールに絡むが、クレールは表情を崩すことなく適当に相槌を打つだけだった。それを見てわざとらしく落ち込んだ様子を見せたシャルロッテは、今度は流れるようにハルトに絡み始め、ハルトも気にせずに会話を交わした。
そうこうしているうちに、シルヴァンやそのほかのメンバーが疲れた様子で戻ってきた。戻ってきたシルヴァンに対して会釈するクレールだが、いきなり目にしたクレールの姿にシルヴァンは「うお」と驚き、その後睨むような目線でシャルロッテを見た。睨まれた犯人は照れ臭そうに微笑むだけだった。
「んで、お前たちは『ルミエール』だよな。何しに来たんだ? 遊びに来たのか?」
「そんなわけないって。シルヴァンさんの昔食べたシクマの光根がどこに生えているのかを教えて欲しくて」
「んん? ……お前らのところの団長が知ってると思うが、どうして俺に訊きに来たんだ?」
シルヴァンにそう問い返されて、ハルトもはっとした。シルヴァンとブラウが昔からの知り合いであるならば、まずはブラウに訊いてみるのが早かったことに今更ながらに気がついた。しかし、そんなハルトの動揺を打ち消すようにクレールが横から「ちょっと諸事情でな」とさらりと流していた。予想外のクレールの発言にさらに頭が混乱しそうになったハルトだったが、そのクレールの横顔を見てそのとき初めて、クレールがグランの依頼に対して何か企みがあって行動していることに気がついた。