第18話
文字数 3,242文字
喉の乾いていたロッティは、先に自分の紅茶だけ用意し、ちびちびと飲み、その紅茶もぬるくなって飲みやすくなった頃にガーネットは帰ってきた。ガーネットが居間にやって来て、ロッティがテーブルに着いている様子を認識すると、疲労の滲む表情が少しだけ和らいだ。
ガーネットは荷物を置いたり着替えたりするのも惜しんでテーブルに着いた。ロッティは台所へ夕食を取りに向かった。
「夕食ありがとう。それで……聞きたいことは何?」
「
二人は台所の卓を挟んで、背中合わせに会話を交わし合う。
「機械人形……私の知る限りのことは、全部リュウセイ鳥の伝説のときの街で話したと思うけど」
「機械人形がどういうものかってのは、確かに教えてもらってる。でも、ガーネットなら他に何か表向きに話せないことについても何か知っているんじゃないかと思ってな」
ロッティが夕食をガーネットの前に運び、再びロッティは先ほどまでいた席に着く。ガーネットはすぐには夕食に手をつけず、紅茶を静かに口にしていた。その所作は、いつもより丁寧で緩慢な動きにロッティには見えた。
「そう考えるのは、どうして?」
「ガーネットが注意して見てあげてと言っていたフルールは、機械人形だった」
ガーネットに動揺したような素振りは見えない。その様子からロッティは、ガーネットが初めからフルールが機械人形であることを知っていたのだと理解した。
「俺はフルールが機械人形であることを教えてもらったとき、フルールに言われたんだ。自分が機械人形であることは、ジャックっていう技師とブルーメルさん、そして俺とガーネットだけの秘密にしてほしいと。加えて、機械人形はもう作らないという噂があるらしい。上手く言えないけど……機械人形には、何かあるんじゃないのか? 何より、何もないなら、ガーネットが俺をここに連れてくるわけがない」
ガーネットは静かに紅茶のカップを置き、宙をぼんやりと見つめていた。表情も顔色も何一つ変わらないものだからロッティにはガーネットの考えていることが分からなかったが、ガーネットが話してくれるまで黙って待とうと決めていた。何故ブルーメルの指示に従ってこの街の委員会になってまで滞在する理由を訊いたときと同じように何も話してくれないかもしれないという可能性も考え、ロッティはどんな返事が来ようとも構わないと覚悟していた。ロッティはすっかり冷えた夕食を控えめに食べ始めた。
ガーネットがようやく口を開いたのは、再び紅茶を口に運んだ直後だった。
「そうね……機械人形には、貴方が考えるような秘密がある。でも、今はそれを言うことは出来ないの」
「やっぱり、そうか…………あ、言い方が悪かったな、すまん。別にそれに文句があるわけじゃないんだ」
「落ち着いて……貴方がそんなつもりじゃないことは分かってるから」
ガーネットの赤い瞳に、ロッティの情けなく慌てる顔が映る。
「私も…………知らないことがあるの。すべてはブルーメルが知ってる。だから私はここに来たの」
ブルーメルとガーネットはやはり知り合いだったのだろうか。しかし、ロッティがその疑問を口にするより先に、まるでその思考を遮るかのようにガーネットが話を続けた。
「私はブルーメルに真相を訊くために、ここにやって来たの」
「そういう……ことだったのか」
「ええ」
ガーネットはやはり無表情だったが、どこか腹をくくったような凛とした顔つきになっていた。
「フルールが機械人形であることを知っているなら、ジャックという人が機械人形を造ったことも知っているのね……そう、確かにジャックがフルールの造り主。でも、彼は一度そこで機械人形を造るのを辞めたらしいの」
その話は、意外でもなさそうだった。フルールが語ったジャックという男は、きっとそれ以上の機械人形など望んでいなかったはずだ。
「そんな彼の尻を引っ叩いて機械人形造りに再び駆り出させたのは、ブルーメルだったの。ブルーメルは機械人形を大量に作るように支援し、それに伴って街は大きくなっていった。だからこの街では、彼女の持つ権力は大きいの……これが私の知る範囲で、今の段階で話せること」
ガーネットの説明は、フルールの話してくれた内容とも矛盾せず、筋が通っているように思え、ロッティは素直に感心していた。しかしガーネットは難しい顔をしたまま、夕食を口にしていた。
その後は特に何か大きく盛り上がることはなく、今日の仕事は大変だっただのこういう人もこの街にはいたんだだのと雑談を交わしながら穏やかに夕食の時間は終わった。夜も更け、風呂も済ませあとは寝るだけとなった。
「いつも俺の疑問を聞いてくれてありがとう。俺、ガーネットから話を聞いてばっかりですまないな」
「……別に、気にしていないよ」
ガーネットは険しい顔つきのまま、さっさと自分の部屋へと戻ってしまった。ロッティはしばらくガーネットが消えていった部屋の扉を見つめていたが、それが再び開かれることはなかった。ロッティも自分の部屋へと戻り、今日のことを整理するために日記を書いてから眠った。その日は妙に寝つきが良かった。
徐々に寒くなり始め、それにつれ街の人の服も厚さを増していく中、珍しく暑い日が訪れた。その日のロッティは港に届いた酒樽を荷車に積んで酒場まで運ぶ作業をしていた。酒樽の量は多く何往復もする必要があり、それによってじんわりと汗が服に染みを作るようになっていた。
「ロッティ様、本当に任せっぱなしでよろしいのですか」
「ああ、重いし、今日は暑いしで、フルールに任せるわけにはいかない。フルールは酒樽が落ちないように見てくれるだけで充分ありがたい」
ロッティが荷車を押しているのを、フルールが横で心配そうに見守りながらついてきた。フルールにはそう言ったが、実際ロッティは酒樽が落ちないように自身の能力を使っているので、フルールは結局荷車を押すロッティに付き合っただけとなった。何も仕事がないのに付き合わせたような気がして、むしろロッティは奇妙な罪悪感を抱いた。
最後の酒樽を運び終えると、店主が中から出てきてぺこぺこと頭を下げ続けた。
「本当にありがてえ。どうだい、お礼と言っては何だが、ちょっとばかし飲んでいかねえかい? ジュースとかも用意できまっせ」
ロッティは思わずフルールを見るが、フルールは嬉しそうに会釈していた。
「ご厚意に甘えて、いただきます。ロッティ様もよろしいですか?」
「ああ……フルールが良いなら、大丈夫だ」
ロッティの心配も杞憂で、フルールは躊躇う様子もなく店主の申し出を受け入れた。ロッティも汗を掻き身体が水分を欲していたので断る理由もなかった。
しかし、店の中に入ったとき、ロッティは断ればよかったと少なからず後悔した。酒場のカウンター席に、先日ブラウと一緒に飲んでいた人とシャルロッテが飲んでいる姿が見えたからである。フルールに目配せしながら、ロッティは気づかれないように隅の方に座ろうとしたが、フルールはいまいちロッティの目配せの意味を理解しておらず首を傾げており、何より目敏くシャルロッテがロッティたちに気がついて、ニマーっと笑顔を咲かせた。
「あーロッティ君だ。また来ちゃってーまだ君には酒は早いって言ったじゃないかあ」
そう言ってシャルロッテは、同席していた人を置いてロッティたちの方へわざわざ酒瓶を持って寄ってきた。置いてかれたもう一人も、シャルロッテの背中を諦めたような目で追いながら、仕方がないとばかりにこちらにやって来た。