第8話
文字数 3,049文字
「おい、顔色悪いけど、大丈夫か?」
鶴嘴で鉱山を掘り進めていると、自称記憶喪失の青年が肩を叩いて声を掛けてきた。例の二人を観察することもすっかり忘れていたなとロッティは反省すると共に、声を掛けられたことに驚き、薄れていた警戒心を高めた。
「いや、大丈夫だ、ありがとう。えっと……」
「俺の名前はシャルルだ」
その後ロッティも名乗り、軽く言葉を交わすと、シャルルは張り切っているのかさっさと先に行ってしまった。ロッティはシャルルの背中を疑り深く観察しながら見送っていた。
その日はそれ以降、鉱山発掘の間には特に大きなことは起こらず、何事もなくその日も過ぎた。作業もマンネリ化し始め、そろそろロッティも飽いてきた頃であったが、観察している少年と青年は何故そんなに熱心になれるのかと疑問を抱くほど鉱山発掘に真剣になっており、それにつられるようにしてロッティも何とか手を動かしていた。
いつもと同じようにして帰ろうとすると、入口のところでいつもは存在感を消している責任者に、今回の鉱山発掘に関して説明を受けた建物で、鉱石を提出した後も少し待つようにと言われて、その指示通りその建物に戻ってしばらく待っていると、おどおどした男性がやってきた。見覚えのないその人物に、一瞬ガーネットが忠告していたリュウセイ鳥の伝説を信じてやって来た誰かかと勘繰ったが、どうやら鉱山発掘の依頼書にあったシリウスからの使者の一人のようで、手に持っている紙を読み上げながら大量の貨幣を差し出された。提出してきた鉱物の換金分だと確認して、ありがたくいただいてから、ふと試しに何か買ってみようかとぶらりと街を巡ってみることにした。
穏やかで争うことも知らないような雰囲気の街ではあるが、店が集中して建ち並ぶところではそれなりに賑わっていた。ロッティは先日世話になった機械人形にどの店に何があるか聞こうと周辺を見渡すと、何人かが集まって揉めている光景を発見した。何事かと気になったロッティも近寄ってみる。
揉めていたのは、例の鉱山発掘に熱心な少年と店員らしき人とであった。少年が鬼気迫る形相で店主に食って掛かっていた。
「だから、何で剣とか弓とか売ってくれねえんだよ!」
「だからお前さんに合ったものなんてねえって言ってるだろ。そんなに欲しいなら製鉄業も盛んなシリウスに行ってこいってんだ」
「大人用でもいいからくれよ!」
少年がほら、とでも言わんばかりにじゃらじゃらと音を立てる袋を掲げる。しかし店主の方も「子供にそんな危険なもの渡せるか」と一点張りで頑なに少年に売ろうとはしない。この平和で金に頓着してなさそうな街の人間相手では少年に分の悪い交渉であると、取り巻きと一緒になって見ていたロッティは感じた。他の者も、ヤジを飛ばして盛り上げるというよりも、そんなに熱心になっている人間は誰だろうとざわつきながらも興味本位で見ているだけ、というぐらい静かにその成り行きを見守っていた。
一応顔は知っている身として止めに入ろうかロッティが迷っていると、やがて少年の方が折れたらしく拗ねたように鼻を鳴らしながらずかずかと人垣をかき分け、ロッティの横を素通りしていった。
少年が、この魔物が襲ってこないという街に来てわざわざ武器になるようなものを買おうとしていたことは、頭の片隅に入れておいても良いだろうとロッティは心の中で留めておいた。そのまま帰ろうとするが、少年の騒動があったおかげですっかり忘れていた当初の目的を思い出し、ロッティは機械人形に訊くよりも、目と鼻の先にいる店の人に訊くのが早いと判断して店の中に入っていった。
シャルルという青年が声を掛けてきて以来、シャルルは度々ロッティに話しかけてきた。この鉱山で採掘できる鉱物にはこういう傾向があるだとか、街のどこで暮らしているとか、当たり障りのない世間話のようなものをするが、基本的にはシャルルも口数は少ない方のようで、話しかける内容が特にないときは無理に話しかけて来ようとも、近づいてくることもなかった。しかし、鉱山の中でも時折視線が交わるのがロッティは少し気がかりであった。
一方少年の方は、武器を求めて以降も特に変わりなく、大人顔負けの集中力と熱意で鉱山発掘に臨んでいた。店主と揉めていたときその場に居合わせたロッティの存在は認知されていなかったようで、鉱山でも特に話しかけられることもなかったが、シャルルがロッティに話しかけているのを気にするようにちらちらと盗み見ているのはロッティも気がついていた。ロッティもシャルルにあの少年の名前を訊こうかと何回か迷ったが、焦らずともそのうち知れるだろうと考え、その機会を気長に待つことにした。
ガーネットの様子も、ロッティが異変を感じ心配したあの日から特に変化なく、以前までのようにロッティが帰ってくるのをベッドの上だったりテーブルに着いていたりして待っていた。以前と違う点を強いてあげるとすれば、ロッティが先日シリウスからいただいた換金分の一部を使って買った紅茶の葉を好んで使っているという点である。この街は、不思議なことに魔物の心配もなく、聞くところによると天気が荒れた日も一度もないらしく、そのため農耕や牧畜をのびのび行うことができ、安全に収穫が出来ているとのことである。紅茶の葉もその一つで、艶も良く味わい深いという評判であった。ガーネットが元々使っていたのは、わざわざこの旅の際に持ってきた自前の物だったらしいのだが、ロッティの買った紅茶の葉を気に入ったようで、今ではすっかりそちらの方を飲むようになっている。
しかし、多少の変化はあったものの大きくやることは変わらず、一日も欠かさず今日もロッティは鉱山へ向かう。その日もシャルルと少しだけ会話を交え、見慣れた鉱物しか出ないなと感じながらその日の発掘作業もほどほどに終え、帰ろうとしているときであった。
街へ向かう道から少し外れたところで、少年が何者か数人と揉めている光景を目撃した。一瞬、先日の街中で少年と店主が揉めていた光景がフラッシュバックするが、ここは街の外であり、何よりその少年が揉めている相手たちは全員怪し気なマントを羽織っていた。
「おい、離せよこらー!」
少年のムキになったような声に弾かれ、ロッティはようやく状況を飲み込み助太刀しようと飛び出した。が、反応の一瞬遅れたロッティの脇を通り抜け、先にその少年たちに向かっていく影があった。その人物は走りながら剣を構えると、相手たちの視界を遮るように剣を突き出した。突然視界に現れた剣に少年も不審な輩たちも一瞬怯み、その人物はその一瞬の隙をついて少年を片手に抱えて距離を取った。
「おーシャルル! やるじゃないかー!」
少年の無邪気な喝采も無視してシャルルは無言で不審な輩たちを睨みつける。少年を抱えながらもしっかりと剣を構え隙を見せないシャルルに相手も参ったのか、諦めたように後ずさりしていく。その間にロッティも二人の元へ駆けつけた。