第10話
文字数 2,840文字
ガーネットの話では、リュウセイ鳥の伝説を狙っている輩は鉱山周辺に拠点を作ろうとしている、とのことであった。例のリュウセイ鳥の伝説のある丘は鉱山から東側にあり、街はそこから北上したところにある。つまり、リュウセイ鳥の伝説の丘から西側にある鉱山の方角に目を光らせていれば、よほど大回りでもしない限りリュウセイ鳥の伝説の丘には近づけない、というのがガーネットの説明であった。ロッティとしては、そのよほどのケース、敵が街を北上したところにある海側から回ってきたり、南から回られたりする場合を危惧したが、ガーネット曰くそれもロッティなら大丈夫、なのと、その可能性もそんなに高くない、とのことだった。ロッティなら大丈夫、という言葉に良い気分にさせられて上手く言いくるめられているような気がしなくもないが、ロッティはその言葉に乗っかることにした。
しかし、いくらガーネットの言葉を信じて鉱山周辺を見張ると言っても、噂の通り魔物の気配すらない平原ではロッティもいまいち緊張感を保てなかった。鉱山の方をときどき見に行ったり、珍しい野草が群生していないかと呑気に散策したりしていた。しばらくそんな風にしてぼんやり過ごしていると、頭上で声がして顔を上げると、それほど遠くない場所に、先日トムを襲った人物たちと同じような服装をした人影があった。本当にいたよ、とロッティは半ば珍妙な魔物と遭遇したときのような妙な感動を覚えながらも、頭を切り替えて警戒態勢に入った。距離は少し離れており能力は届きそうにないが、手前に使えそうな岩や草木はいくらでもあったため、いくらでもやりようはあった。
しかし、向こうもロッティの存在に気がつくと、何故か恐れるように顔色を悪くしていき、そそくさとどこかへ行ってしまった。
「……何なんだ、あいつら」
未だに正体が掴めず、ガーネットが警戒するように言うほどの相手だからとロッティも覚悟をしていた分、呆気なく退散していく姿にロッティは拍子抜けしていた。争いごとが好きでもないロッティにとっては幸運であったが、精神的に疲れる作業になりそうだなと予感した。
そのロッティの予想は当たり、その後も不審な輩は鉱山周辺に現れ、そのような睨み合いの日が続いた。てっきり一度対面して懲らしめてやれば済むことだと考えていたロッティは、予想外の持久戦に気を引き締め直した。途中トムやシャルルに何をしてるんだと面白がられるが、そういう他愛もないやり取りはむしろ良い気分転換になった。
そんな風にして、奇妙な攻防戦を繰り返しながら、ガーネットの作戦の中で唯一夜の時間帯に行って欲しいと指定した日がやって来た。そこで不審な輩たちは一気に拠点を作ろうとするはずだから、ロッティの持つ『能力』を使ってでも、資材を海に放るなりして拠点を作れなくして欲しい、ということだった。ロッティはいつもならもうベッドの上で寝ようとしている時間頃に、鉱山の上に登ったところで待機していた。街の明かりも届かず、辺りは暗闇に包まれているため、ロッティは目をよく凝らした。ガーネットも今回は一緒に見張りをするとのことだが、ロッティと一緒に見張るわけではないらしく「私は遠く離れたところで見ている」と言って、どこかへ行ってしまった。ロッティは何とも言えない気持ちで周囲を見渡した。
ゆっくりと時間は流れ、ロッティが欠伸をかみ殺していると、暗闇の中で影が動いた気がした。ロッティはすぐに切り替え、意識をそこに集中させると、やがて何名かの人影が現れ大きくなってきた。ロッティの方へ向かってくる人影に、ロッティは臨戦態勢に入る。ぼんやりと話し声が聞こえ始め、その内容を聞き取ろうと今度は耳に意識を集中させる。
次第に人がくっきり見え始めた頃、彼らの会話が聞き取れるようになった。
「この辺で良いんだろうか」
「良いだろ。よし、さっさと準備するぞ」
「リュウセイ鳥の伝説の日までまだ時間はあるってのに、慎重だよなあの人たちも。流石だ」
ロッティは確信的な情報に思わず飛び出しそうになるが、拠点を作るということから、もっと大勢でやってきているだろうと予想して、ぐっと堪えその人影の周辺に意識を向ける。すると、やはり何人かが今見えている人影たちから離れたところにいるようだった。その存在を確認して、ロッティは一歩引き、挟み撃ちされないように端の人間から対処するために音を忍ばせて回り込んでいった。
何度も新手がいないか周辺を確認し直して、やがて、もう背後に更なる新手がいないだろうというところまで回り込んだところで、目の前の人影たちをもう一度確認する。先日トムを襲った人物と似たような服装をしている五人が大きな角材を全員で協力して運んでいるところであった。
そこまで来て、飛び掛かろうとしたロッティは動きを止めてしまった。じっとその人影たちを眺めてみるも、ロッティには、何か悪事を企んでいる雰囲気は感じられず、せっせと真面目に拠点を作ろうと取り組んでいる姿しか映っていなかった。そんな人たちの邪魔をすることに対して、急に抵抗心が芽生えてきたのだった。覚悟を固められていない自分を責めるべきなのか、それが正常な反応だと思って良いのか判断がつかなかった。
ロッティは相手に気配がばれないように一度深呼吸する。そして、何故自分がここにいるのかを思い返す。
ここにいるのは、ガーネットについて来たからだった。今のところガーネットに不審な点はないが、明らかに隠し事をしており、何故ロッティのことを知っていたのかも未だに教えてくれていない。それでもロッティは、どこでも良かったから、ガーネットについて来た。あまり普通の人に関わりたくなかったロッティとしても、自分と似た雰囲気を感じ取ったガーネットは都合が良かった。もちろん悪人に手を貸すことはしたくなかったが、短い間過ごしてきたこれまでで、ガーネットが悪事に与する人間ではないと何となく分かっていた。
「大丈夫なんだよな、ガーネット……良いんだよな」
ロッティは小さく呟く。自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、ロッティの背中を押してくれた。