第4話
文字数 3,256文字
「フルールちゃん~ハロ~」
「え、ええと。はい、ハロ~でございます、ルイ様」
転びそうになり蹲っているハルトの頭上で、ハルトを突き飛ばした張本人が上機嫌な声で挨拶を交わすのが聞こえてきて、ハルトは思わず握りしめた拳に力が籠るが、ジルがそっと手を差し伸べてきて、その拳を解いて力を抜いた。先ほどまで落ち込んでいたのはどこへいったのか、ルイは上機嫌に話を続けていた。
「いやね~実は俺たち、委員会の誰かに話を聞きたかったんだけど、やっぱり皆忙しそうでさ~困ってたんすよ~」
「そうだったのですね。私が手伝える範囲でしたら、宜しければお聞きしますけれど、どうなさいますか?」
「ぜひぜひお願いします~どわっ!」
満面の笑みで気味悪くフルールに迫っていたルイをブラウが乱暴に脇にどけた。ルイの不満げな視線も無視してブラウはクレールと目を合わせて、頷きあった。
「そうだな、少し相談があるんだが……」
「なるほど、お話は理解いたしました」
場所を移し、今はもう亡きブルーメルの元部屋だという場所まで連れられたところで、ブラウがブルーメルから『ルミエール』宛てに届いた文書をフルールにも見せた。委員会に話を訊きに行くと聞いてハルトはてっきり回りくどくブルーメルに関して何か不自然なことがなかったのかを尋ねるものだと考えていたため、手紙を一瞬見せても良いものかと疑問に思ったが、脇にいたジルが「『シャイン』とかの団体には見せてはいけない、だからフルールさんなら多分大丈夫だよ」と説明してくれたおかげで疑問も解消した。
ことの顛末を訊き終えてフルールは悩むように顎に手を添えた。子供らしい見た目に反して、その姿は少しだけ大人びて見え、部屋が部屋なだけに、恐ろしいまでに冷静沈着で隙のなかったブルーメルの姿を彷彿させた。
「この件に関して……一つだけ心当たりがあります」
フルールのその発言に、皆が一瞬どよめいた。ブラウが真剣な表情で先を促すと、フルールはまるで暗記した文章を読み上げるみたいに、ブラウたちの頭上を見上げた。
「私宛ての手紙に、こんな文章が書かれていました。『貴方が狙われる心配はもうない。彼らの次の狙いはロッティさんのお友達の持つ書物になると思う。貴方には平和に暮らして欲しいのが私の望みだけれど、協力するかどうかは貴方の心のままに任せるから』……と。ずっとこの部分だけがよく分からなかったのですが、ようやく合点がいきました」
フルールは感謝でもするように頭を下げたが、ハルトとしては頭が混乱する話であった。他のメンバーはどうかと様子を窺ってみると、フルールの言葉を吟味するように一同押し黙ったままであり、話を聞く前後で態度が変わらないのはクレールとブラウぐらいだった。
ハルトはブラウの言葉を待った。ルイも「ほー」だとか「へー」だとかしきりに感心していたが、やがてハルトの顔を確認した後に、同じようにブラウの方を見やった。
「一度宿に戻ってから話し合う方が良いと思うが……判断は団長に任せる」
クレールの文言に、皆の視線が一気にブラウに集まった。ブラウは相変わらず眉間に皺を寄せたままフルールを見つめたままであるが、やがて決心がついたような顔つきでゆっくりと深く頷いた。
「とりあえず、フルールを巻き込まないってことだけは今決めた」
ブラウの宣言に、緊張した空気が緩んだのを肌で感じた。皆がめいめいに「ナイス団長」などと感想を飛ばしている中、唯一フルールだけが、きょとんとした顔で不思議そうに首を傾げてブラウを見つめ返していた。しかし、やがて『ルミエール』の緊張感のない空気感に当てられたようにフルールもふふっと小さく微笑んだ。
その後、今度こそ宿に戻って皆で意見を出し合って話し合った結果、全面的にブルーメルの言葉に従って、ブルーメルを暗殺し、挙句フルールまで狙っていたと思しき連中の正体を探る方向に決まった。
「それと同時に、団長の持つ書物を読める人も探した方が良いと思う。ブルーメルさんの文書とフルールの話を聞く限り、やっぱりこの書物は重要そうだ。だけど、直接団長の書物を持って読めるか訊いて回らないようにして、たとえば、今は使われていない古い文字を読める学者のような人を探すようにしよう」
そう提案したのはクレールだった。その意見には皆も賛同した。皆がそのまま突っ走りそうな雰囲気の中、一歩引いたところから冷静にそんな提案が出来るクレールのことをハルトは信頼していたし、ブラウより長く『ルミエール』に所属している経験の為せることなのだと考えていた。
今でこそブラウが『ルミエール』の団長であるが、ブラウも元々『ルミエール』の前団長に孤児であるところを拾われており、そのときから既にクレールとアベルは所属していたそうである。それにもかかわらず、前団長が亡くなった後にブラウが新しい団長として任されたのは、前団長の遺志を一番受け継いでおり、かつ考えを同じくしているとクレールとアベルに判断されたからとのことである。
それから、アランがフラネージュから帰ってくるまではシリウスにて情報を集めながら街の復興を手伝うことになり、皆と同じようにハルトもぶらぶらと街を巡ることにした。情報を集めるにしても、多くが街の復興や
ある日、古い文字を研究しているような学者を探そうかなとハルトが何となく考えながら散策して、たまたま講堂の前を通りかかったとき、ふいにロッティとフルールがしていたことを思い出した。まるで機械人形のする仕事みたいなことをしていた二人が奉仕していた人たちは、今頃どうしているのだろうと思うと、ハルトの足は早くなっていった。
介護施設に訪れてみると、先回りしていたかのようにフルールが既にやって来ていて、ご飯を運んだり、お手洗いに付き添っていたりしていた。
「フルール、俺も手伝うよ」
ハルトの申し出をフルールは嬉しそうに受け入れた。ハルトはフルールの動きをよく観察して、見よう見真似で介護施設の人を世話していった。
「あらまあ今度は別の兄ちゃんなんだね。ありがとうねえ」
「いえいえ、お気になさらず」
それ以降も、ハルトは主に以前ロッティとフルールがしていたようなことをやるようになっていた。初めは介護施設だけにしか赴いていなかったが、思考は被るものらしく、そういう手伝いが必要な人たちのために出来ることをしたいと考え動いていると、度々フルールに出会い、その度にフルールの動きを見て学ぶことで、自分も手伝える仕事を増やしていくことが出来た。それらをてきぱきと器用にこなしていけるようになると、考える余裕が生まれ、そこでハルトは初めて違和感を覚えた。
思っていたよりも、手伝いが必要な人というのが少なかった。少なくとも、ロッティとフルールがあんなに毎日甲斐甲斐しく色んな所へ赴いていたイメージほど、そういう人——介護や福祉活動が必要な人だったり、貧しくて生活に苦労している人だったり——は多くなかった。もちろん、ロッティたちはそうではない、本当に店の経営を手伝うとかそういう活動もしていたが、それを抜きにしても、生活を補助する必要がある人が、ロッティたちがいた頃よりも減っている気がしていた。