第3話
文字数 2,928文字
身体を限界ぎりぎりまで伸ばしたロッティの大剣はガーネットの目の前に届いており、シャルロッテの剣を受け止めていた。体勢の悪いままロッティはシャルロッテの方を睨む。シャルロッテは、先ほどまで浮かべていた不敵な笑みは浮かべておらず、ガーネットのことを睨むでもなく無表情に見つめていた。ロッティは次のシャルロッテの動きを見逃すまいと集中させ、体勢悪く全身を捉えられていないこの状態で能力が使えるかどうか悩ませていると、シャルロッテがゆっくりとロッティに視線を移した。
しばし目と目が合った。何故かその瞳には、怒りや憎しみではない感情が込められているような気がした。その真っ直ぐな瞳に、ロッティは思わずその奥底に眠る真意を探ろうとしていた。
「君は……何がしたいの」
「え……」
しかし、シャルロッテのその様子とは裏腹にキツイ言い方に、ロッティは不意を突かれ動揺した。
「その様子だと、この子からおおよそのことは聞いているみたいだけど……君は本当にそれで良いの? 私たちから世界を守るつもり? その後君はどうなるの? 私たちから守ったとなればもう隠れられない。君も、これまでの歴史上の幻獣族たちやミスティカ族のようにこの世界に殺されるかもしれないんだよ」
シャルロッテの詰問は、どこか真に迫るものを感じ、その勢いにロッティは尻込みしそうになった。ガーネットから聞いた話と照らし合わせても、シャルロッテの言っていることに間違いはない。しかし、ただ間違っていないだけではない必死さが確かにそこにはあった。
「ロッティ……」
「君は黙ってな!」
決して非難めいたことを言ったわけでもない、呟いただけのガーネットにシャルロッテが大袈裟なほど怒鳴った。剣は届いていないはずなのに、ガーネットはどこか怪我したように身を縮こまらせた。ロッティがガーネットを心配する間もなくシャルロッテの話が続いた。
「ねえ、自分のことを殺してくるかもしれない世界のために、君は戦えるの? それは君の選んだことなの?」
シャルロッテの質問は、やはり言い方こそきついが、シリウスのときの物腰を思わせる何かが漂っていた。皮肉にもそのおかげでロッティもようやく冷静になれた。そして、あの孤島にて決心したことをゆっくりと振り返っていた。
「俺は……世界のこととか、これまでにあったこととか、正直確かに実感を持てていないかもしれないけど……でも、俺にとってはそんな厳密な話はあまり重要なことじゃないんだ。ただ俺は……変わりたいんだ」
ロッティの話を、シャルロッテは静かに聞いていた。
「あんたたちとの争いは、ただ世界を守るためのものじゃないんだ。俺がこれまで、どこにも居場所なんてないと感じていた世界のどこかで、自分たちが生きられる場所を見つけたいんだ。誰かといても感じるような孤独も、能力があるからって誰かを遠ざけてしまうような寂しさもない、自分たちが普通に生きていける場所のために。だから、その場所があるかもしれないこの世界を、あんたたちに壊させない」
シャルロッテの剣にすでに力はなく、ロッティはそれを避けるように大剣を動かしながら立ち上がって、シャルロッテを真正面から見据える。
「俺もガーネットも、これから変わるんだ。この世界のどこかで、隠れずに堂々と生きていくために、世界だけじゃなく俺たちも変わるんだ。この旅は、そのためのものだ。これが、俺にとってのこの旅の目的だ」
最後まで遮ることなくロッティの話を聞き終えたシャルロッテは、変わらぬ瞳のままロッティのことを見つめていたかと思うと、やがて剣を鞘に納め、ガーネットとロッティの間で視線を往復させた。その姿に、先程までの敵意はどこにもなく、何となくやはり、シリウスで出会ったときの雰囲気を漂わせていた。
「あんたたちにだって……簡単に言って良いことじゃないのは分かってるけど、そんな世界があるはずだって信じてる」
「…………ふうん、分かったよ」
シャルロッテは呆れたように笑うと、ロッティたちに背を向けた。そのまま何も言わず、シャルロッテは手だけを振ってロッティたちの元から姿を消した。雪の向こうへと消えていくまで、ロッティは静かにその姿を見送った。シャルロッテが何を分かったのかはまるで見当もつかなかったが、それでもシリウスで出会ったときに見せた姿が丸っきり嘘でもないのだとロッティには感じられた。
嵐が過ぎ去った後のように疲れ切ったロッティたちは、もうすぐ雪道を抜けられるにもかかわらず、その場で野営の準備をすることにした。いつもは子供たちが率先して作る雪のかまくらを、ロッティが能力を用いて手早く作り上げた。携帯ランプの熱がなるべく届かないように天井を高くし、ドーム状の空間を生み出して、皆でそろそろと入っていく。
ロッティはなるべく何も考えないようにして、じっと携帯ランプの灯りを眺めていた。か弱い光がかまくらの中を仄暗く照らし、秘密めいた雰囲気が漂っていた。
「ごめんなさい、ロッティ」
謝罪の声に振り向くと、ガーネットは緊張の糸が切れてすっかり疲れ切ったような顔で眠る子供たちに支えられるようにしてかまくらの壁にもたれかかっていた。灯りに照らされる顔は憔悴しきっており、焦点の覚束ない瞳でロッティの方を見つめていた。
「俺の方こそ、ガーネットを守り切れずに悪かった。無事で良かったよ」
暗に気にしないで欲しいというつもりでロッティはそう言ったのだが、しかしガーネットの表情は晴れなかった。うつらうつらと頭が揺れ、瞼が重そうに降りようとしていたが、ガーネットの赤い瞳はそれでも申し訳なさと悲しみをくっきりと映していた。
「本当に……ごめん……なさぃ……」
やがてガーネットも他の子どもたちと同じように、ぷつりと意識が途絶え、他の子どもたちと姉妹、姉弟のように寄り添いあいながら静かに寝息を立て始めた。ガーネットの無防備な姿は久しぶりに見るような気がして、ロッティは思い出すようにかまくらの外に目を向けて寝ずの番を務めた。遠く雪の舞う景色を眺めていると、飄々とした様子でシャルロッテが躍り出てくるような気がしたが、ただの一つさえ人影が現れることはなかった。ロッティは未だにシリウスで余計なほどロッティのやることに首を突っ込んできた姿と、魔物を襲わせガーネットに剣を向けた姿のどちらが本当のシャルロッテなのか判断がつかないでいた。