第4話
文字数 3,489文字
「悲惨な未来のきっかけは、私たち……最近まで未踏の大陸で生きていた私たちがこっちの大陸にやって来たことだった。流れ着いたのはほとんどが私と同じミスティカ族。彼らは……彼らも、こっちの大陸で生き辛さを感じた。法律も、彼らが表舞台で生きていくことを許さなかった。私や彼らは……この世界の陰でしか生きていけなかった。そんな中、彼らの多くが転生してくる幻獣族と出会い、意気投合し、傷を慰め合った。幻獣族は皆ばらばらに転生していたから一度に集まることはなかったけど、ミスティカ族の予知夢のおかげで集まることが出来たの。そして、予知夢と幻獣族の引き継いできた記憶を頼りに、どんどん人類に反旗を翻す材料を集め始めている。私は、そんな彼らの起こそうとしている未来を阻止するために動いた」
ガーネットは自分の胸を叩いた。その手はとてもちっぽけに見えた。ガーネットの赤い瞳は、それでも気丈に、ロッティのことを力強く捉え続けていた。
「リュウセイ鳥の願い事を悪用させないために代わりに別の者に願いを叶えさせた。莫大なエネルギーを持つ賢者の石の多くを彼らの手に収めさせないように海の底に沈めた……悲惨な未来を見たミスティカ族たちが、命を張ってこの未来に変えたの。私はそれを手伝った」
ガーネットがそう話したことで、今までのガーネットとの旅が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。どの出来事も、何だかとても昔の出来事のように思えるほど、とても遠いところまで来てしまったと感じた。
「貴方を連れていなければ、今頃もっと彼らは……彼らは自分たちをリベルハイトと呼んでいるけど……リベルハイトは力をつけていたの。改めて、貴方に何も言わずに連れていたことを謝らせて。たとえ貴方が私を悪く思っていなかったとしても、これは私の問題なの。ごめんなさい、ロッティ……」
「……俺は、気にしてない……だって、どこでも良かったから」
ガーネットが再び謝罪したことによって、今まで飲み込み続けていた言葉が溢れかえりそうになる自覚がロッティにはあった。それを留めようにも、どうしても溢れてきてしまった。
「だって俺は、どこに行こうがずっと独りだと思った。普通の人と違う能力を持ってしまって、血の繋がりもなくて、冒険を求めるこの世界の人たちや、友達の気持ちすらも分かってやれなかった……俺も、そうだったんだ。俺も、この世界に追い詰められ続けてきた幻獣族やミスティカ族と同じように、この世界でどこにも居場所がないんだと、ずっと思っていたんだ」
一度胸の内に潜ませ続けていた感情を露わにすると、堰を切ったように、これまでため込んでいたものが口からすらすらと流れ出てきた。情けなさで歯痒くなりながらも、口は止まりそうになかった。
「話は終わりか? なら質問させてくれ。どうして俺だったんだ。どうしてガーネットは、その未来を避けるための同伴者に、俺を選んだ。俺はガーネットに背負わせたまま、何もしてやれなかったじゃないか……」
きっと、もっと訊くべき質問は他にもあったのだろう。ガーネットたちが語ってくれた世界のあらましや、世界の行く末、それらを完全に理解することは出来ていないだろう。ロッティは想像以上であった世界の背景に頭を悩ませながらも、ガーネットの謝罪まで聞き終えて心の中に強く残ったのは、ひどい自責の念と、どうして自分が、という戸惑いだった。そんな自分を情けなく思うと同時に、居場所のない自分が、さらにどこか遠い見知らぬ世界へ連れていかれそうな錯覚に陥り、底の見えない恐怖に晒されたように怖気づいてしまった。
ガーネットは顔を顰め、しばらく考え込むような素振りを見せると、やがてきりりっと眉を引き締め、もう一度ロッティを強く見つめてきた。ふわっと、ガーネットを纏う空気が変わるのを、ロッティは確かに肌に感じた。
「私も、貴方と同じような気持ちを味わったことがある……いえ、きっと完全には貴方の気持ちを分かってあげられていないかもしれない。だって、貴方は私とは違う人間だから。でも……でもね、ロッティ。私はね、私の持つ能力も悪いことばかりでないなって、最近になってようやく思え始めたの。それは、貴方と出会ったから」
ふと、ロッティの手が温もりに包まれた。ガーネットが再び、そっと優しく手を握ってきていた。
「私は確かに、他人の考えていることや感情を読み取ることが出来る。耳も良い。人よりも老いるのが遅い。それらはこの世界では異常で、自分は異常だという現実を目の当たりにする度に、私は自分の出自を呪った。でも……たとえ考えていることや感情が分かったからと言って、それだけでその人の全てを知ることは出来ないって、貴方と過ごしてきてようやく分かったの。貴方のおかげなの。貴方のおかげで、私は私の生まれと、運命に向き合おうと思えたの」
ガーネットは両手でロッティの手を包むように握ると、それを顔の前まで持ち上げた。まるで祈りを捧げるようなポーズは、まるで今までロッティに告げることのなかった本音や想いを届けようとしているようだった。
怖かった。勇気のいる場面とは、きっとこういうときのことを言うのだろう。ロッティはそう思いながら、それでもガーネットの想いを受け止めたいと、そう強く願った。
「さっきの質問に答えるね。私が貴方を選んだのは……貴方が、私を理解しようとしたから。未踏の大陸出身の誰もが、こっちの人間と接するうちに何かしらの疎外感を感じ、孤独を味わい、自分の居場所を探した。もう私たちの元居た楽園には戻れないからね」
そこで一度、ガーネットは海の先に視線を向けた。その視線の先には彼女の言うロッティたちの故郷があるのだろうか、どこか懐かしむような表情をしていた。
「幻獣族の生き残りも、この大陸に流れ着いた私たちミスティカ族も、その血を引いたことで苦しむ人たちも、誰もが、自分の傷ついた心を癒そうと、自分本位になって生きようとした……だけど、貴方は私を受け入れようとした。素性も分からない私を、自分の心地良い世界のためではなく、ただ純粋に、私のことを想って受け入れようとしてくれた」
ガーネットは赤い瞳のまま、今までろくに合わせなかった目をロッティに向けていた。しかし、今度はロッティがその瞳から逃げるように逸らしてしまった。自分には居場所がないからと流されるままにガーネットについていった自分に、今まで目を逸らし続けていたガーネットがようやく向かい合ってくれているのに自分から目を合わせられないでいる自分に、ガーネットにそう言ってもらえる資格などどこにもないと、自分を責めることしか出来なかった。言い訳しようにも、それも流されるままに吐き出してしまうとガーネットを傷つけてしまいそうで、怖くなった。
しかし、ガーネットはそれを許さなかった。
「言いたいことがあるのなら、きちんと話して。私は、貴方とはまともに会話がしたいの。以前にもそう言ったはずでしょう?」
黙っているロッティの心を、ガーネットが見透かしてくる。旅を始めた最初の日にもその会話があったことはロッティも覚えていた。能力があるにもかかわらず会話がしたいと言うガーネットだが、その真意に今更ながら気づくことが出来た。
そのガーネットの想いに観念して、ロッティは心の中の反発を、なるべく頭でうまく整理しながら吐き出した。
「でも俺は、『ルミエール』から逃げ出した……俺は、そんな大層なやつじゃないんだ。さっきも言っただろ? 俺も独りだったんだ。虚しくなって、ただ、自分の生きる世界がただ欲しかっただけなんだ。お前を受け入れようとか、そんな難しいこと考えられていたわけじゃないんだ……」
自分でも情けない告白に、ロッティは思わず奥歯を噛みしめる。まともにガーネットの顔を見られず、俯いてしまう。自分が作る陰は小さく縮こまっていた。
ピリスの言葉を思い出す。幸せを探す旅へと旅立つことが出来ず、結局あの頃の思い出に閉じこもり続けているだけのような気がした。狭い世界から連れ出された広い世界は自分にはあまりにも広すぎて、未だに自分自身が望み選んだものなど手元には何一つありはしないのだということを痛感させられた。ピリスの言葉を言い訳に、ずっとありもしないものを求めている虚しさを、いまようやく自覚させられたような気がした。