第13話
文字数 3,344文字
「理解が早いな」
「俺が理解早くないと『ルミエール』はやってけないんでな。んで、結局あんたは何者なんだ。悪いが、そこまで知っているあんたを無警戒に信用するのはハルトだけなんでな」
話に置いてかれかけていたハルトだったが、唐突に馬鹿にされたことに気がつきクレールを睨んだ。クレールはハルトの睨みも無視してニコラスを見据え続けているが、ニコラスはニィと無邪気な笑みを浮かべて、クレールの方に近づいてきたかと思うと、そのまま通り過ぎてハルトに近づいて来て、先程のように肩を組んできた。
「俺はシルヴァンと腐れ縁。ただの協力者だよ。それに言っただろ? 協力しようと思ったのは、まさにこの無警戒に人を信用するハルトが気に入ったからだ」
クレールの質問に答えているのか答えていないのか分からない返答ではあったが、クレールは何かを感じ取ったのか、諦めたようにため息を吐きながらも疑るような目はもうどこにもなかった。クレールの様子に安心したハルトだったが、よくよくニコラスの言葉を思い返してみて、ニコラスにも何だか失礼なことを言われたような気がして肩にかかるニコラスの手を払いのけた。シャルロッテのことが心のどこかに釣り針のように引っかかっていたが、ハルトはそれを一旦気にしないようにすることにした。
その後、ニコラスのことを一応信じることにしたらしいクレールは、ニコラスの情報を基に貴族街の方に向かった。騎士団の仕事は主に城や帝都、特に貴族街の警備と、貴族の人たちの違う街までの護送を行なっていた。帝都の騎士団は騎士学校の人間の主要な進路先であり、青年期からその訓練が行われているため、実力が高く、『ルミエール』のような冒険家団体のメンバーにも騎士学校出身の人間は多かった。アベルもそのうちの一人だった。
貴族街はこれまで帝都の町をぶらついていたときとは明らかに雰囲気が異なっており、騒ぐのも躊躇われるような厳かな雰囲気で、澄んだ空気に満ちていた。冒険の匂いも馴染みそうにないその空気感がハルトは苦手だったが、クレールたちはずかずかとその空間に踏み入っていき、道すがらの人に誘拐事件や騎士団での話の聞き込みを始めていた。初めのうちはそれらしい情報も引き出せず不発が続いたが、貴族街でもさらに城の方に近い方へ進んでいくうちにぽろぽろと情報が出てきた。昨夜から行方不明になっている女性がいるとのこと、それが今朝になっても発見されず騎士団が忙しそうに回っていること、そしてセリアが騎士であったこと、などが分かってきた。
「それなら肝心の騎士サマにも訊いてみようぜ。警備している騎士とか何か知ってるだろ」
というニコラスの指摘によって、巡回している騎士を捕まえて話を聞いてみるが、悉く「詳しいことは言えません」と断られ、対した情報を得ることが出来なかった。貴族街の真ん中でニコラスは憤慨するように地団駄踏んでいた。
「くっそー。頭の固い役人だぜ」
「帝都を守る人間が、何でもかんでも情報公開して捜査するわけがないだろ」
「へっ! でもちょくちょく貴族の奴らは知ってたじゃねえか。隠しきれねーなら今更隠したって意味ねーっての」
「……確かに」
思わずハルトは感心していたが、クレールに呆れられたようにため息を吐かれ、その後「それで、この後どうする」とクレールが誰ともなく尋ねてきた。
「確かに誘拐事件が起きて騎士団が動いていることは分かった。何かあったこと自体は騎士団も認めている。セリアも騎士だったというのなら、恐らくセリアはその事件を急遽追うことになったのだろう。どうせすぐに解決するだろうし、情報の少なさから言っても、これ以上追及する意味がないように思う。どうする、ハルト」
クレールが真剣に意見を求めるようにハルトに向きやった。ニコラスも手を頭の後ろで組んでゆらゆらと身体を揺らしているが、どこかハルトの考えを待っているような雰囲気があった。
「……セリアがその事件を追っているなら、その事件について俺たちも探ってみようぜ。そうすればセリアにもすぐに会えるかもしれない」
ハルトは当然のつもりでそう言ったが、クレールは渋い顔をしたままだった。クレールの反応が鈍いのも、何となくその気持ちは分かった。これだけ調べて大した情報がない今、自分たちにその誘拐事件を追えるのかは分からなかった。それでもハルトは、何となくセリアに会う努力をしなくてないけない気がしていた。
「……あんたが厳しいこと言えないっていうなら、俺が代わりに訊いてやるよ」
ニコラスが先ほどのような低い声でクレールにそう言うと、ハルトの方に身体を向けた。どこか薄ら笑みを浮かべているその表情の奥には、まっすぐ伸びた信念のようなものが横たわってハルトを見定めていた。
「ハルト。お前さんたちの目的はなんだ? 誘拐事件を解決することか? セリアに会うことか? それとも、部外者の俺には言えないほど重要なことか?」
ニコラスの瞳は鋭く、それに射すくめられて、ハルトは心が揺らぎそうになる。しかし、言葉の端々に、捨てきれない優しさのようなものをハルトは感じ取っていた。そのおかげで、何とか尻込みせずにニコラスと向き合うことが出来た。
「もし俺にも言えないほど重要なことだったとしたら、こんなことに構ってるのは無駄だ。少なくとも、余計なことに首を突っ込んでお前さんが危険な目に遭う必要がどこにもない。お前が待っている奴にも悪いことをするかもしれない。それでもお前さんは、この事件に首を突っ込もうというのか?」
ニコラスの話はもっともだというのは理解できた。しかし、それに素直に首を横に振ることはハルトには出来なかった。ニコラスの言葉で、ロッティの顔を思い浮かべていた。もしここでその通りだと引き下がってしまえば、ロッティに向ける顔がないような気がした。
「俺、よく言われるんだよ。お人好しで、困ってる人を放っておけないバカだって。俺が待っているそいつにも似たようなことを言われてた。でも、それでこそ俺なんだよ。確かに、俺がここで首を突っ込んで下手こいて、もしかしたら死ぬようなこともあるかもしれない。でも、もしそれでそいつが『ルミエール』に戻ってきて俺がそういう経緯で亡くなったって聞いても、そいつは俺らしいって思ってくれると思うんだ。むしろ、ここで俺がセリアを追いかけなかったら、俺らしくないって、俺自身があいつに顔向けできない」
ハルトはぐっと握り拳を作ってそれを掲げてみせた。
「俺は俺らしく、困ってる人を放っておかない。協力してくれるって言ってくれたセリアが何か事件に巻き込まれてるんだ、それを黙って見過ごすなんてフェアじゃないじゃないか。だから俺はセリアを探す。そのために、誘拐事件を調べたい」
ハルトの話を、クレールも、ニコラスも黙って聞いてくれた。クレールはその答えを予測していたのか、呆れたように、それでもどこか満足げに深く息を吐いた。ニコラスは、じっとハルトの瞳を見つめていたが、やがて得心がいったようで、晴れやかな顔持ちになってハルトの肩を豪快に叩いた。
「よく臆せず自分の気持ちを話してくれた。ハルト、お前の意志を全力で汲んでやる。クレールもそれでいいな?」
ニコラスの話し方は、どこか重みがあった。腹の奥の方で、ニコラスの言葉が反響し、身体の芯を揺さぶっていた。魂というものがあるとするならば、今まさに揺さぶられているこれこそがまさにそうであるとハルトは感じていた。そして、そんな魂を揺さぶってきたニコラスのことは、心から信頼できるような気がした。
ニコラスがクレールの方を向くと、クレールも肩を竦めながら「当然だ」と答えていた。早速と言わんばかりにニコラスは飛び出していったが、クレールは冷静にハルトに近づき、「ジルたちの方へ行きたかったか」と尋ねてきた。
「いや、あっちにも俺の気持ちを汲んでくれた奴がいるから大丈夫」
その答えを聞いてクレールは憑き物が落ちたようにすっきりした顔で微笑んだ。
ハルトたちは、引き続きセリアの行方を追うために帝都を奔走した。