第14話
文字数 3,527文字
「お待たせしましたロッティさん。まず本題に入る前にお礼を言わせてください。今までこの子の手伝いをしてくださって……特に先日の鉱山閉鎖の際の護衛は本当に助かりました。ありがとうございます」
「ロッティ様、ありがとうございます」
ブルーメルとフルールがそこで一度大きく頭を下げた。ロッティも慌てて頭を下げ返そうとするが、ブルーメルはすぐに顔を上げたのでロッティの頭は中途半端な位置で止まってしまった。フルールが頭を上げたタイミングでロッティもブルーメルに向き直った。
「さて、今回ロッティさんをお呼びした要件の方ですが、単刀直入に申し上げますと、貴方にしばらく暇を出します。理由は、フルール……この子をしばらくお医者様に診てもらうことになったからです」
「え! フルール、大丈夫なのか」
ロッティは思わずフルールを見る。一見してどこも具合が悪そうには見えないほど綺麗に背筋を伸ばして立っており、顔色も至って健康的である。何より、ロッティに見つめられたフルールが少し不思議そうに首を傾げている。フルールの話をしているのになぜか当の本人が何でもないような反応をしているのが何だか可笑しくて、ロッティは混乱した。
そんなロッティに助け船を出すかのように、ブルーメルが軽く咳払いしてから補足した。
「……あくまで検査入院のようなものです。身体にどこか異常がないか診てもらう、という言い方が正しいでしょうか。とりあえず、急に具合が悪くなった、などの急を要するような問題は起きていませんので安心してください。ここまでで質問はありますか」
ブルーメルの淡々とした説明に、ロッティもようやく納得がいき、頭の中で説明された内容を整理した。簡単に言えば、フルールが検査入院することになったからその間はフルールの手伝いをすることもないロッティは暇になる、ということだった。
「質問……といいますか、急にそんなこと言われても、俺は何をすればいいんでしょうか」
「別に何でも構いません。それはあなたの自由です。その間はこちらも貴方を拘束するつもりはありません」
事務的な口調で冷淡とも受け取れるほど無感情に説明が為され、ロッティも何かを言う気が失せてきた。ブルーメルは「ほかに質問がなければ、お話は以上となります。ご足労ありがとうございました」とだけ言い残して、さっさと書類の山の処理に取り組み始めた。ブルーメルの態度に、ロッティは心が追いつかず路頭に迷ったような気分に戸惑っていると、フルールがそっとロッティの袖を掴んで「行きましょう、ロッティ様」と言ってくれた。その言葉のおかげで、ロッティは何とか落ち着きを取り戻すことが出来た。
フルールはロッティたちの仮住まい家まで見送った後で「私は一人で行きます。しばらくの間お別れですね」と告げると、そのままどこかへ行ってしまった。仮住まいの家の玄関の前でロッティは立ち尽くし、何度も玄関の取っ手を取ろうとしてはその手を引っ込めた。急に何もすることがなくなり、代わりに何かしようにも何も思いつけないロッティは完全に手持ち無沙汰となった。暇を持て余した掌は、妙に寂しそうだった。
家に帰る気分にもなれなかったロッティは、何となくの気持ちで街を散歩することにした。少しずつ落ち着いてくると、どこかで金属同士がぶつかり合う音や、ウィィンとけたたましく鳴る機械音、店内や店先で客と店主が会話している声が聞こえてきた。こんなにも街が忙しなく動いていたことに今更ながら気がついたロッティは、隣に誰かが歩いているだけで見ている景色も変わることをしみじみと痛感していた。そして、ガーネットと旅をしてから今に至るまで、何かをするときは必ず誰かと一緒であったことに気づかされた。
街をぼうっと眺めながら歩いたことで気力が湧いてきたロッティは、何をしようかと考え、フルールのように誰かの手伝いをすることを思いついたが、依頼を受けたわけでもない自分がいきなり赴くのは何か違うだろうと抵抗を感じた。誰かに何かをする、ということから連想して思い浮かんだのは、世話になっているフルールとガーネットへの感謝と労おうかという想いだった。
フルールにはこれまで街を案内してくれ、共に行う奉仕活動も嫌な顔一つせず必要なことから分からないことまで何度も教えてもらった。ガーネットには、今度は自分が頑張るという本人の宣言通り、ブルーメルに無理矢理強いられた委員会の仕事を、街の人の間で評判になるほど全うしていた。そんな二人に、お礼をすべきだろう。早速ロッティは街の店を見て回ることにした。
フルールには何が喜ぶだろうかと考えて、鉱山閉鎖のときに爆弾ではしゃいでいた顔が思い浮かんだ。いくら喜ぶと言っても爆弾は無理だなあ、とあれこれ考え始めてみると、意外にフルールについて知らないことが多いことに気がついた。ガーネットに対しても、先日フルールに半ば強制的に相談させられて買った物があったために、別の物が良いだろうと考えるのだが中々良いものが思いつけない。いっそ行動で感謝の気持ちを示すために物を渡す以外に何かした方が良いのかと考えたところで、ふと視界の隅に見覚えのある人を見かけた。細い路地裏の入り口で、この上なく真剣な表情をしたシャルロッテが黒い帽子を被った長身の男と話し込んでいた。
シャルロッテとは、あの酒場のとき以来であった上に、そのときも特にまともに話すこともなかったが、それでも騒がしいまでの明るさと賑やかさは強く印象づいていた。そんなやたらと陽気なシャルロッテの真剣な表情が珍しく一瞬気を引かれそうになったが、それ以上に苦手意識が植え付けられていたロッティは声をかけずにそのまま通り過ぎようとした。しかし、目敏くシャルロッテがすぐそこで通り過ぎようとしているロッティに気がついた。
「あ、ロッティ君じゃない。ハロー」
ロッティの存在を認識すると、シャルロッテは乱暴に長身の男を路地裏へと蹴飛ばしてロッティに手を振った。先程までの真剣な表情は消え失せていて、これまでのイメージに合ったニコニコとした人懐っこい笑みを顔に張り付けていた。
「……今の人は良かったんですか」
「良いのよ。貧乏らしくて困ってそうだったから本とか仕事先とか色々紹介してあげようと思ってたんだけど、振られちゃったんだよね。色々粘ってたんだけど、もうめんどくさくなっちゃった」
仮にも慈善活動に勤める人間、しかもその組織の副団長たる者があんな風に人を邪険に扱っても良いのだろうかとロッティはシャルロッテの行動に理解が追いつかなかった。しかも、活動内容自体は素晴らしいのだが、今のシャルロッテの口振りから察するに、実際はどうやら押し売りみたいなことをしているらしい。シャルロッテは路地裏の奥を忌々しく睨んでぷりぷりしていたが、ロッティがその視線の先を見やってもその男の姿はもう見えなかった。
「んで、君はこんなところで何をしていたの? というか、私を無視しようとしてただろ~?」
「……そんなことないですよ」
仕事上で振られてしまった直後とは思えないほどやたらとご機嫌そうなシャルロッテは「またまた嘘ついちゃって~」と馴れ馴れしく肘でつついてきたが、それを振り払う気にもなれなかった。
結局シャルロッテの乗せ方が上手かったのかそれともロッティが乗せられやすいのか、シャルロッテを突き放すことも出来ないままロッティはまんまと、世話になっている二人に何かしてあげたいと考えていたことを白状させられていた。
照れくさそうに頬をかくロッティをシャルロッテはきょとんとした顔でしばし見つめた後、驚いたことに「私が見繕ってあげようか?」と申し出てきたのである。
「どうせ君、普段からそんなことするタイプじゃなさそうだし、そういうときに何を買ってあげれば良いのか全然分からないんでしょ?」
「ま、まあ……は? いやいや、でもだからってなんでそんな話になるんすか、自分で考えますって」
図星を突かれあたふたするロッティの背中をシャルロッテはニコニコと嬉しそうに微笑みながらグイグイ押していった。しかし、シャルロッテがついていけない陽気さを見せつけてくればくるほど、先程の真剣な表情が脳内でフラッシュバックした。どうにも食えない性格であるとロッティは内心、警戒心を忘れないように心掛けたが、何故だかどうしてもその胡散臭い笑みや背中を押してくる手を突っ撥ねることが出来なかった。