第23話

文字数 4,824文字

『八月七日
 今日は歴史的記念日である。何故なら、遥か海の向こうの大陸にて、お伽噺でしかその存在を語られることのなかった民族と共に生きていくことが決まった日だからである。私たちはまさに新たな歴史の創世に立ち会っていた。その記念として、彼らとの歴史を今後ここに記録していこうと思う。予知夢にもなかった歴史的出来事に、興奮も冷めやらないでいる。
 きっかけは、先月の六日頃のことであった。ある男が、勇猛果敢にも私たちの大陸に渡航し、言葉も通じぬ私たちに臆することなく、愛する者の命を救う術を探しに来た。私たちミスティカ族とエルド族は、新たな異民族との邂逅に興奮を覚えると同時に、その者の持つ愛の深さに心を打たれ、私たちは彼の者に協力することにし、リュウセイ鳥を渡してあげた。後日、再び彼の者は私たちの前に姿を現し、島が溺れんばかりの涙を流し、自分たちの住む大陸にてお礼のもてなしをしたいという熱意を伝えられた。言葉を持たぬともその者の感情の深さが伝わり、私たちはその者とその民族たちを可愛く思い、快くその申し出を受け入れた。
 お伽噺の舞台となった大陸は、大変広く、穏やかで、何より私たちを取り巻く凶悪な生態系も環境も存在しない、まるで楽園のような大陸であった。彼の者たち民族は今でこそ改善されてきたものの、生活水準は野蛮そのもの、未だに狩猟生活を営み過酷な人生を送っていた。このときの交流を通じて、彼らは私たちの能力を欲し、私たちは彼らの住み心地の善いこの大地を欲し、利害の一致した私たちは連れられるように新大陸に移住することを決断した。私たちミスティカ族やエルド族だけでなく、アインザーム族に幻獣族、そして多くの動物種族がこの新大陸に移り着いた。私たちは新しい歴史の創世の一歩として、このきっかけを作ってくれた彼の者に、ファング・フォレッツという名を与えた。
 夜も更けてきて、睡魔が襲ってきた。こちらに来てから一か月が過ぎ興奮も睡魔に負けるほどには冷め止んできたということなのだろう。

アルディナ・ゲルスター

——中略——

三月十四日
 私たちがこの大陸に来てから三年が経った。ここの大陸の人間の成長には目を見張るものがあり、私たちも感心するばかりであった。人間たちの優れているのは、何と言ってもその吸収力にあった。彼らは当初、言葉も持たず、狩猟することでしか生きられなかった民族であったが、私たちとの交流を経て彼らは驚くべきスピードで変わっていった。エルド族から知恵を授かり言葉と文明を身に着け、私たちミスティカ族から感情の概念を学び、アインザーム族からは力の使い方を教わっていた。そして幻獣族を心を通わせられる動物として認識し、大層可愛がり、幻獣族は何よりも早い、それこそグレンダホースよりもずっと早い彼らの足となった。
 彼らも流石に私たちと同じ域にまで達することはなかったが、それでも人間はあらゆる属性を吸収して使いこなすことが出来た。また、私たちとは比べ物にならないほど数の多かった彼らは、瞬く間に文明の発展を加速させた。私たちは人間と共に世界中に活動範囲を広げていき、様々な場所で定住生活を営みながらたまにふらりと旅に出て違う村を訪れる。そんな生活は、かつて孤独で過酷な島にいた私たちには想像もつかないほど穏やかで、新たな幸せの形を私たちに提供してくれた。

アルディナ・ゲルスター

——中略——

二月十日
 悲しい予知夢を見た。私たちミスティカ族は齢三百歳ほどまでの寿命があるが、この大陸の人間たちも他の種族と同じようにそう長くはないようであった。彼らは私たちのように身体が強くなく、免疫力も弱く、また不完全な部分もあるため、生まれつき病を持って誕生する子供や幼くして病に伏せ命を落とす子供もいるそうであった。エルド族の知恵を以てもすぐには治せぬ病に、子供を取り囲んで泣き崩れる光景が、未来が見えた。
 その子供は、ファング・フォレッツの二人目の子供だった。確かにその子供は、生まれつき怪我もしやすく体力も中々養われなかった。起きてしばらく、涙を収めることが出来なかった。私はすぐにその子供のところへ向かい、まだ元気に外で遊んでいるその子供を抱きしめた。周囲には不審がられていたが、その声も私は聞こえない振りをして、その子供を想いながら二人きりの世界に閉じこもっていたかった。
 他のミスティカ族は未だにその類の予知夢を見ていなかったのか、私の様子を見るや悲しそうな声を上げていた。私は一足早く、この大陸に住む人間の儚さと脆さを知り、込み上げてくる切なさと寂しさをその子供の前で流し続けた。

アルディナ・ゲルスター

——中略——

十二月三日
 私たちは人間の弱さを目の当たりにしていた。
 私が初めて子供の死を予知してから数十年が経ち、この大陸の人間はますます豊かになった。というのも、人間の儚さと脆さを予知夢で以て理解した私たちミスティカ族と、それを瞬時に見抜いていたエルド族とが全力を上げ、よりよい世界を築き上げる努力をし続けた。私たちは同じように生き、心を通わせられた友を救うためにエルド族は自身の知恵を以て多くの発明をし、技術を発展させて、私たちは予知夢を駆使して人々の生活を先導していった。しかしそんな私たちの善意と願いは、彼らにとって善からぬ解釈を与えてしまったらしく、彼らの間では畏怖と歓喜とがせめぎ合い、却って混乱を招いていた。私たちにも個体差はもちろんあり、そのため定住生活が定着した現在では地域ごとに私たちの努力の形にはどうしても差が生じてしまっていた。元々過酷な世界に身を置いていた私たちには争い、互いに憎く思う余裕などなく、そう思う前に生き残るために知恵や勇気を共有し合う空気が醸成されていた。しかし、この大陸はおよそ命の脅威となり得る生き物や自然現象はほとんどなく、強いて挙げるとすれば、それは自分たち同士であった人間は、地域ごとの優劣を忌み嫌い、そのまま地域ごとの権力や力の強さに直結すると認識して、ついに私たちがこの大陸にやって来てから百年ほど、当時私たちがこの大陸に来たときに立ち会った友がすべて亡くなった頃に、それは争いの火種となった。
 私は争いたくなかった。しかし、楽園と感じたこの世界を争いの時代へと突入させたのは紛れもなく私たちだった。私たちは間違っていたのだろうか。私たちが善かれと思ったことは、すべてこの運命を導いていたに過ぎなかったのだろうか。私を置いて死んだ友、ファング・フォレッツを偲ばずにはいられない。彼が嬉々として私たちを連れてきて思い描いていた未来は、決してこんなものではなかったと信じたかった。

アルディナ・ゲルスター

十二月四日
 不安が膨らめば膨らむほど私の予知夢はますます鋭さを増していき、そしてついに、昨晩は早く床に就いたにもかかわらず、起きたのはつい先ほど、つまりもう陽も暮れる頃であった。その長い間に夢に見た未来は、残酷なものだった。けれど、誰にも言うことが出来ない。この内容については、時が来るまでどこにも、ここにも記さず触れずに、自分の胸の内に秘めたままにしておくことにした。
 そして、そんな未来を変えるために、私も出来ることをしよう。誰も知らない、しかし誰もが苦しむことになる未来を知っているのは、恐らく私だけなのだから。

アルディナ・ゲルスター

——中略——

四月二十日
 人々の争いは止まらなかった。人の生活が幻獣族を中心にして七つの地域に別れてから、幾度も紛争が繰り返された。理由は様々だったが、私はそのすべてから目を背けて寝ていたかった。誰も戦争をしたくないと願っている。しかし私たちとこの大陸の人間とで決定的に違うのは、私たちは争うことそのものを知らない世界で生活していたためにその理由も概念も知らなかったのに対して、彼らにとっては元々自分たちの住む世界を平和にするための手段であった、ということであった。平和のために争い勝つことが必要であるという、狩猟民族時代から受け継がれ刻まれた彼らの本能を私たちは、リュウセイ鳥やヒトニスの宝珠の力を以てしてもついぞ矯正することが出来なかった。
 予知夢でこの先どうなるか知っている私には、もはやこの記録を残しておく意味すらなかったが、それでもこの記録を付けている間だけは穏やかな気持ちでいられたため、欠かすことが出来なかった。今日も、この平和な世界を変えられることを祈りながらこの記録を付けている。

アルディナ・ゲルスター

——中略——

(日付が書かれていない)
 時は満ちた。私はやれるだけのことをしてきた。そのおかげかどうかは私にも判別つかないが、遠いずっと先までこの大陸の人間の歴史は続いていく。その未来と引き換えに、こちらにやって来たアインザーム族は滅び、エルド族も滅ぶものの、その半分の血を引くエルフ族となって虐げられながらも時代を渡り歩いていき、ミスティカ族は細々と到底この大陸の人間には見つけられない孤島にてひっそり生き続けたり、エルフ族と共に大樹ユグドラシルの下で守られながら生き永らえられるだろう。どうしても救えなかったのが、幻獣族であった。彼らには転生する能力があるばかりに、時代を経て記憶を失わずに生まれ変わるが、ミスティカ族も散り散りになり、エルフ族も大樹ユグドラシルの下でひっそり暮らしている未来となっては、ただこの大陸の人たちに恐れられ続ける存在として、狩られ続ける運命から解き放つ手伝いをしてやれなかった。先の乱にて亡くなった幻獣族、そして幸か不幸か生き延びて転生していくノアたちには、こんな運命に導いてしまい本当にお詫びの言葉をいくら重ねても足りないだろう。
 滅びてしまったアインザーム族と純粋なエルド族、細々と人知れぬ世界で生き延びることになるミスティカ族、エルドの血を半分引き虐げられながら生き続けるか孤立した世界で生きることになるエルフ族、そしてせめてもの救いすら恵んであげられなかった幻獣族すべてに、心から安らかに眠れる日が訪れることを祈る。
 私、アルディナ・ゲルスターはこの書物を、未だに優しき心を失わないフォレッツ家に託すことにする。今から数千年後、再びこの世界に転機が訪れる。私の代から始まったミスティカ族や幻獣族の恨みや、混沌とした世界でそういった種族に争いからの救済やより良い世界をもう一度導いて欲しいと求めた多くの人たちの末裔が、世界に仇なそうと牙を研いで、まさにその牙を向けようとしているはずである。そのときに、この本が少しでも役立つことを祈って、フォレッツ家の者に託す。
 ここから先の文章は、その世界の転機に瀕し、この本に記された内容を必要とする誰かに贈る、私からのささやかな願いと、エールである。

 これを読んでいる貴方に、お願いがあります。貴方たちの世界がもし私の記した通り、人間が平穏に暮らしている反面、陰で虐げられている者のいる世界になっていたとしても、そしてまさに世界に反旗を翻そうとしている集団が現れたとしても、誰のことも責めないであげてください。なぜなら、私が生きてきたこの世界にも、数千年後の貴方たちの世界にも、悪い人なんていないのですから。ただ、誰もが生きたいと願っただけなのです。
 そして、時代の変わり目に立ち会い、これを読んでいる人たちの中に、私たちのような種族が生きることを良しとしてくれる人がいるならば、どうか私が為しえなかった平和な世界を築いて下さい。
 これを読んでいる者の中にフォレッツの血を引く者がいるならば、遥か遠い先祖のファング・フォレッツが垣間見せた奇跡を起こす力がきっと貴方にも受け継がれているはずです。どうかもう一度、私があの日心から震えた奇跡を起こしてください。貴方にはきっとその力があります。
 貴方たちの平和と、私の友の英霊が報われるのを祈って。

アルディナ・ゲルスター』
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登場人物紹介

ロッティ

主人公。

孤児院→ある街の夫婦に引き取られる→街を出て冒険家団体『ルミエール』に拾われる→ガーネットと共に旅に出る。目で見たモノを、手も触れずに操る能力を持つ。

ガーネット

初対面であるロッティの名前と『ルミエール』の元メンバーであったことを知っていた不思議な女性。自称だが100歳を超えているという。

ハルト

ロッティとほぼ同じ時期に『ルミエール』に拾われる。ロッティの能力を知る。能天気で明るい性格。

ルイ

ロッティやハルトと同じように『ルミエール』に拾われる。女好きでお調子者な性格だが時折鋭い。

ブラウ・フォレッツ

『ルミエール』の団長。豪快で大胆な性格。

セリア

学び舎でロッティと仲良くしていた女の子。エルフ族であったブルーノと親友であった。

ピリス

ロッティを拾った孤児院の院長。ロッティが再び会いに行こうとしたら既に亡くなっていた。

シャルル

リュウセイ鳥の伝説のある街にて鉱山発掘に赴く記憶喪失の青年。

トム

リュウセイ鳥の伝説のある街にて鉱山発掘に熱心な少年。

フルール

機械都市シリウスのメイド的存在。委員会に所属するブルーメルの付き人。

ブルーメル

機械都市シリウスにおける委員会の一人。ガーネットに委員会に入るよう依頼する。

シャルロッテ

慈善団体『シャイン』の副団長。陽気な性格。

シルヴァン

慈善活動団体『シャイン』の団長。ぶっきらぼうな性格でブラウとは古くからの仲らしい。

クレール

冒険家団体『ルミエール』の頭脳担当にして、ブラウよりも古参のメンバー。

アベル

冒険家団体『ルミエール』の特攻隊。足りない頭脳は腕で補う、とのこと。

ジル

冒険家団体『ルミエール』のロッティよりも新参のメンバー。元々はアランと探偵稼業を行なっていた。

イグナーツ

フラネージュ近くの洞窟で『ルミエール』と出会った大柄な男。

ニコラス

シルヴァンと親しいという、軽い感じの男。ハルトを気に入る。

ヨハン・ジルベール

ロッティ、ガーネットたちと敵対する不思議な雰囲気の男。

アリス・ヴェイユ

帝都の次期皇女候補の第六娘。グランと心を通わせる。

グラン

幻獣族。アリスに与えられた家に住んでいる。

カイン・シャミナード

傭兵団体『シュヴァルツ』の団長。ブラウとシルヴァンとは小さい頃からの知り合い。

レオン

幻獣族。ステファニーと仲が良い。

ステファニー

レオンと仲が良いお淑やかな女性。アリスと仲良くなれて嬉しい。

バニラ

アリス・ヴェイユの付き人。物静かで目立とうとしない。

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