第22話
文字数 2,389文字
朝が終わり、昼も過ぎていき、アリスはやはりと言うべきなのか、訪れることはなかった。一人、また一人と減っていく小屋はとうとうロッティ一人だけになってしまい、静寂に身を預けながらロッティは静かに水を飲んでいた。
ガーネットは夜になっても帰ってこず、ロッティは日付が変わる頃まで寝ずに待っていたが、それでも帰ってくる気配はなく、辛抱強く小屋の外で待って要ると、やがて再び朝陽が昇ってきた。流石に心配になったロッティは、徹夜の疲れも忘れてそのまま街を回って情報を集めることにした。
街は相変わらず人の通りが多く、ガーネットが小屋に戻ってこなかったことなど知らないかのように、すれ違う人たちの顔は平然としていた。しかし、そんな人たちにも、自分の知らない背景があり、自分と同じように何かに苦しんでいる人もいるんだろうなと、ロッティは街行く人をそんな風に思いながら、その景色の中からガーネットの姿を求めていた。
念の為に下町の方も巡ってみるも、誰もガーネットを見かけていないという。誰も使っていなさそうな建物を巡ってみてもガーネットの姿はなく、ロッティは下町を離れて一番の候補である城方面へと向かうことにした。その頃にはもう昼過ぎになっていた。
賑やかな通りに入り、人の行き交いが多くなるも、やはりガーネットの顔は見当たらない。きょろきょろと辺りを見渡しながら、もしかしたら行き違いでもう小屋に戻ってるかもしれないと考え、一度引き返そうとしたときであった。
「あ、ロッティ! この間はよくも無視したなあ!」
背後から自分の名前を暢気に呼ぶ声に、ロッティの胸に衝動的に懐かしさが駆け巡った。その声の方に振り向くと、呆れたような、それでいてどこか旧友との再会を喜ぶような、旧く懐かしい顔があった。三年振りに会うというのに何も変わらないハルトの顔に、自分も『ルミエール』にいた頃に戻ったような錯覚に陥りそうになり、思わずロッティの足は止まっていた。
「この間は、ごめん。ちょっと急いでたんだ」
「いや、それは俺も分かったけどさ……やっぱりロッティって足はえーよなあって思ってた」
ハルトは困ったように笑って、後頭部を掻いた。ハルトの変わらない明るさに急いていた気持ちが不思議と落ち着き、無意識に感じていた種族の溝もふっと乗り越えられそうな予感がした。しかし、そんな風にロッティが落ち着いていると、ハルトが慌てたように手を無意味にあたふたさせた。
「あ、そうじゃねえって。ロッティ、今度はどうしたんだ?」
「え?」
「顔に書いてある。今もめっちゃ急いでるってな。何があったんだよ」
ハルトはさらりと、何でもないように訊いてきた。その人の気持ちを敏感に感じ取って寄り添おうとするところも、ロッティがいなくなってからも相変わらずのようであった。ロッティは一瞬だけ迷ったが、素直にハルトにすべてを話すことにした。一緒に旅していたガーネットと帝都含めた各街にて地下通路を製作していたこと、今はその度も終えて休憩がてらとある場所を拠点にしていたこと、そのガーネットが書き置きをしてから一日経っても帰ってこないこと、そして、ガーネットがミスティカ族であることを小声で、それぞれ話した。
話を聞き終えたハルトは眉間に皺を寄せて頭を抱えていた。そんなハルトに、ロッティはふと思った。自分が本当に相手を受け入れるところから始められる人間だとしたら、それはハルトの影響かもしれないと、ロッティの話を聞いて何の抵抗もなくすんなりと一緒に悩んでくれるハルトを見て、ロッティは感じた。
「えーっと、どうすりゃ良いんだろうな……騎士団の人に頼むって訳にもいかないよな、それ」
「あ、ああ」
ロッティは相槌を打ちながらも、周囲を見渡してガーネットの姿を探し続けていた。しかしやはり、どこにもガーネットの姿は見当たらなかった。落ち着いた心が再び逸りそうになるが、そんなロッティの変化を見逃さず、ハルトはわざとらしくぽんと手を叩いた。
「よし、とりあえず俺も一緒に探してみるよ」
「……ハルトは何かしてたんじゃないのか?」
「ああ、良いんだよ。団長に付き添ってたんだが、酒飲んで横になってるところ置いてきたから」
「……それは大丈夫じゃなくないか?」
「良いんだよ。団長、ここのところずっとだから」
ハルトは呆れたように説明すると、「さ、探してみようぜ」とさっさと切り替えて先を歩いていった。ロッティはブラウの話も気になったが、とりあえずブラウなら大丈夫だろうと思うことにして、ひとまず何も知らずに突っ走ろうとするハルトにガーネットの特徴を教えた。それから、ハルトと一緒に、ハルトは貴族街の方を、ロッティはもう一度普段自分たちの活動範囲内だった場所を手分けして捜索することになった。
しかし、やはりロッティはガーネットの姿を見つけられなかった。最初にハルトとすれ違った場所でハルトが戻ってくるのを待っていると、しばらくしてハルトも申し訳なさそうな表情を浮かべながらやって来た。いよいよ不安になってきたロッティは、一度小屋に戻ることにすると告げた。ハルトもそれに付き合ってくれると言ってくれ、それをありがたく思いながら二人で小屋へと急いで向かった。
二人で小屋に到着すると、思わぬ人物の姿があり、ロッティとハルトの足が急ブレーキするように止まった。警戒するような足取りでじっと近づいていくと、やがてその人物がこちらに気がつき駆け寄ってくる。