第7話
文字数 2,055文字
あれだけの話を一度にされた後だというのに、ロッティは自分の心が思っていたよりも落ち着いていることに自分でも驚いていた。この島に残る自然の音、風に吹かれて優しく揺れる樹々や、静かに押しては引く波、海からやって来て自身にぶつかりながら樹々をすり抜けていく風、それらすべてが心地良かった。これらの自然も、未踏の大陸の自然が色濃く残っている場所なのかもしれないとロッティはぼんやり予想していた。
浜辺を長らく走っていると、浜辺に座って海を眺めるガーネットの無防備な姿があった。この島に来てからというもの、ガーネットは随分とリラックスしているようだった。それまで気を張り過ぎていただけで、本来の姿は、どこにいても不思議じゃない、普通の人間と変わらない一人の大人しい女性なのだろうと、ロッティはまた一つガーネットについて知れたような気がした。近づいてくるロッティにガーネットも気がつき、すっかり優しい顔つきで手を振っていた。
ロッティもガーネットの傍に座った。海は変わらず穏やかな波を立ててロッティたちの足元まで来ては引いていった。
「朝から精が出ているね。もう身体の方は大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫そうだ」
ガーネットもロッティと同じように、自分の足元にぎりぎり届かない波を見つめていた。海風が激しく、ガーネットの長い髪を攫おうとする。
「それじゃあ……もうすぐ旅を再開できるね。旅は、その……大丈夫かしら」
言葉足らずなその問いかけも、ロッティは懐かしいと思うと同時に、ガーネットなりに会話を上手くしたいという姿勢が現れているのだと知って、そのつたない話し方も何だか好ましく思えた。
「……正直、規模の大きい話で途方に暮れている、かもしれない。ガーネットを信じていないわけではもちろんないんだが、どうしてもまだ実感が湧いてこないな」
「だろうね……私も予知夢で見ていなければ理解できていなかったと思う。でも現に、リュウセイ鳥の願いを彼らは狙ってきたし、ブルーメルは自分の命を投げうった。その未来は、やっぱりゆっくりとだけど、近づいてきてる」
ガーネットはすっと立ち上がって、服についた砂を払った。そして、ロッティにすべてを語ってくれたあの日のように海のずっと向こう側をぼんやりと眺めていた。その立ち姿は凛々しく、これまで垣間見せていた迷いやぎこちない態度もすっかり振り切れていた。
「そして、最悪な未来を避けるためにロッティは頑張ってくれている。これからも、頼りにしているよ」
ふと、海を眺めるガーネットの横顔が、海ではない何かを見据えている気がして、そのままガーネットがどこかへ行ってしまうような錯覚に陥った。ロッティは焦って立ち上がって、思わずガーネットの方に手を伸ばすが、何故か中途半端な位置でその手は止まる。ガーネットがそれに気がつき不思議そうにロッティを見つめてくると、急に現実に戻ってきたように感じられ、ロッティは恥ずかしくなって手を引っ込めた。
「俺も、このまま指を咥えて待っているつもりはない。出来る限りのことはやっていくさ」
ロッティはごまかすようにそう言ってから、「じゃあもうひとっ走りしていくから」と告げて足早に来た道を引き返した。背中からガーネットの軽く、高い声をしたエールが耳に飛び込んできて、ロッティはくすぐったく思いながらさらに走るスピードを上げていった。
海風に耳をくすぐられ、ロッティは走りながらなんとなく海を眺め、これからの旅とその先に待ち受けるはずの未来に思いを馳せた。
もしその未来をどうにかできたとき、自分たちはどうなるのだろうか。自分が望んだような世界で生きることが出来るのだろうか。それとも、この世界の人たちにとって都合のいい世界になるだけなのだろうか。そんな風に、ガーネットの語る未来のさらに先のことを思うと、それこそ規模の違う不安がロッティを襲い、足がもつれそうになる。ロッティは胸に手を当てて、鼓動が早まっているのを確かめた。もしガーネットの語った悲惨な未来を乗り越えたとき、自分はどんなことを思うようになっているのだろうか。きっとそれについて真剣に向き合うことが、ピリスと約束したことに繋がっているとロッティは確信していた。再びロッティは走り始める。不安を振り払うようにロッティが力強くつけた足跡は、相変わらず穏やかな波が攫っていき、ロッティの後ろには手つかずの砂浜が綺麗に広がっていた。