第7話

文字数 2,055文字

 ロッティは未だに今自分がいる場所がどこなのかも知らないまま、その後ガーネットから、今後の旅で自分たちがするべき内容をあらかた聞きながら療養しているうちに一週間が経った。身体の痛みも引いていき、拳を握ったり開いたりしてみてもいつもの自分に戻ってきていることを体感できた。衰えたであろう体力を戻すためのリハビリがてら、ロッティは浜辺で走っていた。寒い時期がもうすぐそばまで迫っているにもかかわらず、ロッティの額からは汗が滴り落ち、やがてその染みはロッティの足跡と共に波に攫われ消えた。
 あれだけの話を一度にされた後だというのに、ロッティは自分の心が思っていたよりも落ち着いていることに自分でも驚いていた。この島に残る自然の音、風に吹かれて優しく揺れる樹々や、静かに押しては引く波、海からやって来て自身にぶつかりながら樹々をすり抜けていく風、それらすべてが心地良かった。これらの自然も、未踏の大陸の自然が色濃く残っている場所なのかもしれないとロッティはぼんやり予想していた。
 浜辺を長らく走っていると、浜辺に座って海を眺めるガーネットの無防備な姿があった。この島に来てからというもの、ガーネットは随分とリラックスしているようだった。それまで気を張り過ぎていただけで、本来の姿は、どこにいても不思議じゃない、普通の人間と変わらない一人の大人しい女性なのだろうと、ロッティはまた一つガーネットについて知れたような気がした。近づいてくるロッティにガーネットも気がつき、すっかり優しい顔つきで手を振っていた。
 ロッティもガーネットの傍に座った。海は変わらず穏やかな波を立ててロッティたちの足元まで来ては引いていった。
「朝から精が出ているね。もう身体の方は大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫そうだ」
 ガーネットもロッティと同じように、自分の足元にぎりぎり届かない波を見つめていた。海風が激しく、ガーネットの長い髪を攫おうとする。
「それじゃあ……もうすぐ旅を再開できるね。旅は、その……大丈夫かしら」
 言葉足らずなその問いかけも、ロッティは懐かしいと思うと同時に、ガーネットなりに会話を上手くしたいという姿勢が現れているのだと知って、そのつたない話し方も何だか好ましく思えた。
「……正直、規模の大きい話で途方に暮れている、かもしれない。ガーネットを信じていないわけではもちろんないんだが、どうしてもまだ実感が湧いてこないな」
「だろうね……私も予知夢で見ていなければ理解できていなかったと思う。でも現に、リュウセイ鳥の願いを彼らは狙ってきたし、ブルーメルは自分の命を投げうった。その未来は、やっぱりゆっくりとだけど、近づいてきてる」
 ガーネットはすっと立ち上がって、服についた砂を払った。そして、ロッティにすべてを語ってくれたあの日のように海のずっと向こう側をぼんやりと眺めていた。その立ち姿は凛々しく、これまで垣間見せていた迷いやぎこちない態度もすっかり振り切れていた。
「そして、最悪な未来を避けるためにロッティは頑張ってくれている。これからも、頼りにしているよ」
 ふと、海を眺めるガーネットの横顔が、海ではない何かを見据えている気がして、そのままガーネットがどこかへ行ってしまうような錯覚に陥った。ロッティは焦って立ち上がって、思わずガーネットの方に手を伸ばすが、何故か中途半端な位置でその手は止まる。ガーネットがそれに気がつき不思議そうにロッティを見つめてくると、急に現実に戻ってきたように感じられ、ロッティは恥ずかしくなって手を引っ込めた。
「俺も、このまま指を咥えて待っているつもりはない。出来る限りのことはやっていくさ」
 ロッティはごまかすようにそう言ってから、「じゃあもうひとっ走りしていくから」と告げて足早に来た道を引き返した。背中からガーネットの軽く、高い声をしたエールが耳に飛び込んできて、ロッティはくすぐったく思いながらさらに走るスピードを上げていった。
 海風に耳をくすぐられ、ロッティは走りながらなんとなく海を眺め、これからの旅とその先に待ち受けるはずの未来に思いを馳せた。
 もしその未来をどうにかできたとき、自分たちはどうなるのだろうか。自分が望んだような世界で生きることが出来るのだろうか。それとも、この世界の人たちにとって都合のいい世界になるだけなのだろうか。そんな風に、ガーネットの語る未来のさらに先のことを思うと、それこそ規模の違う不安がロッティを襲い、足がもつれそうになる。ロッティは胸に手を当てて、鼓動が早まっているのを確かめた。もしガーネットの語った悲惨な未来を乗り越えたとき、自分はどんなことを思うようになっているのだろうか。きっとそれについて真剣に向き合うことが、ピリスと約束したことに繋がっているとロッティは確信していた。再びロッティは走り始める。不安を振り払うようにロッティが力強くつけた足跡は、相変わらず穏やかな波が攫っていき、ロッティの後ろには手つかずの砂浜が綺麗に広がっていた。
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登場人物紹介

ロッティ

主人公。

孤児院→ある街の夫婦に引き取られる→街を出て冒険家団体『ルミエール』に拾われる→ガーネットと共に旅に出る。目で見たモノを、手も触れずに操る能力を持つ。

ガーネット

初対面であるロッティの名前と『ルミエール』の元メンバーであったことを知っていた不思議な女性。自称だが100歳を超えているという。

ハルト

ロッティとほぼ同じ時期に『ルミエール』に拾われる。ロッティの能力を知る。能天気で明るい性格。

ルイ

ロッティやハルトと同じように『ルミエール』に拾われる。女好きでお調子者な性格だが時折鋭い。

ブラウ・フォレッツ

『ルミエール』の団長。豪快で大胆な性格。

セリア

学び舎でロッティと仲良くしていた女の子。エルフ族であったブルーノと親友であった。

ピリス

ロッティを拾った孤児院の院長。ロッティが再び会いに行こうとしたら既に亡くなっていた。

シャルル

リュウセイ鳥の伝説のある街にて鉱山発掘に赴く記憶喪失の青年。

トム

リュウセイ鳥の伝説のある街にて鉱山発掘に熱心な少年。

フルール

機械都市シリウスのメイド的存在。委員会に所属するブルーメルの付き人。

ブルーメル

機械都市シリウスにおける委員会の一人。ガーネットに委員会に入るよう依頼する。

シャルロッテ

慈善団体『シャイン』の副団長。陽気な性格。

シルヴァン

慈善活動団体『シャイン』の団長。ぶっきらぼうな性格でブラウとは古くからの仲らしい。

クレール

冒険家団体『ルミエール』の頭脳担当にして、ブラウよりも古参のメンバー。

アベル

冒険家団体『ルミエール』の特攻隊。足りない頭脳は腕で補う、とのこと。

ジル

冒険家団体『ルミエール』のロッティよりも新参のメンバー。元々はアランと探偵稼業を行なっていた。

イグナーツ

フラネージュ近くの洞窟で『ルミエール』と出会った大柄な男。

ニコラス

シルヴァンと親しいという、軽い感じの男。ハルトを気に入る。

ヨハン・ジルベール

ロッティ、ガーネットたちと敵対する不思議な雰囲気の男。

アリス・ヴェイユ

帝都の次期皇女候補の第六娘。グランと心を通わせる。

グラン

幻獣族。アリスに与えられた家に住んでいる。

カイン・シャミナード

傭兵団体『シュヴァルツ』の団長。ブラウとシルヴァンとは小さい頃からの知り合い。

レオン

幻獣族。ステファニーと仲が良い。

ステファニー

レオンと仲が良いお淑やかな女性。アリスと仲良くなれて嬉しい。

バニラ

アリス・ヴェイユの付き人。物静かで目立とうとしない。

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