第3話
文字数 3,352文字
それなりに人の通りは多く、中には子供も何人か含まれているので、例の行事に参加する子供たちもいるのだろう。父親や母親らしき人と仲睦まじくしている子供もいれば、一人で黙々と歩いている子供もいた。ロッティがそんな人通りを眺めていると、やたらとロッティを睨み付けてくる女の子がいるのに気がついた。
背丈はロッティと同じぐらいであるが、桃色のノースリーブのロングワンピースと長い黒髪があいまってロッティよりも大人びた雰囲気を醸し出していた。そんな雰囲気とは裏腹に、これから美人になるという予感はさせつつもまだ未熟な目鼻立ちは幼さを残しており、無遠慮にロッティを睨み付けている様子がその女の子を子供っぽくさせていた。睨み付けられるのは気分が良いものではなかったが、しかしどこかで見たことのある顔だとロッティは頭の中の記憶の棚を引っ張り出した。そうしてロッティが頭を働かせていると、その女の子はぷいと顔を背け足早に去って行き、前方を歩いていた耳のとがった男の子の元へ駆けつけた。
「どうかしたの? ロッティ」
変な顔でもしていたのだろうか、母親が不思議そうに尋ねる。ロッティは何でもないという風に首を横に振って再び女の子の方を向くと、先程までロッティを睨んでいた表情とは打って変わって子犬を連想させるような人懐っこい表情を耳のとがった男の子に見せていた。
皆で昔の物語を読んでみよう、その行事は茶色いレンガ造りの古めかしい建物で行なわれるようである。円筒状の建物で、蔦が随分と壁にまとわりついており、所々レンガが抜け落ちて無作為に地面に転がっていた。
「じゃあ、終わる頃になったらまた戻ってくるから。楽しんできてね」
母親はロッティの頭を撫でながらそれだけ言い残すと、手にしている布袋をご機嫌に揺らしながら人波の中へと消えていった。ロッティは辺りを見渡したり手をせわしなく動かしていたりして落ち着かなかったが、ぞろぞろと自分と同じぐらいの子供たちがロッティの横を通り過ぎて建物に入っていくのを見て、ロッティもその流れに加わるようにして入っていった。
建物の中は古めかしい外観に反して埃もなく出来たばかりの建物のように綺麗であったが、時計台以外の物は特に置かれておらず殺風景であった。天井の明かりは点いていなかったが、少し大きめの窓から差し込んでくる日差しが中を明るくしていた。開始時刻よりも少し早くに着いたからか、それとも単にこの行事に魅力がなかったからなのか、建物の前で往生していたときに受けた印象ほどやって来ている子供は多くなかった。時間になるまで何をしていようかと無意識に腕を組んで考えていると、後ろから肩をぽんぽんと叩かれた。
振り返ると、先ほど街中でロッティを睨み付けていた女の子がすぐ近くに立っていた。そのときと違って、鋭い目つきではなく、不思議がるような目をしていたが、ロッティが振り返って少しするとその女の子ははっと目を見開いた。
「あー! やっぱり君じゃん! えーと……」
その女の子は大声を上げて、それから難しい顔をしてこめかみに手をあてて考え込んでしまった。不意に耳元で叫ばれて、耳元を押さえながら警戒心を強めたが、間近でその女の子の顔を観察したことによってロッティも思い出した。
「学び舎で一緒の女の子、だよね」
「そうよ。……えっと、失礼。あなたの名前ってなんだったっけ」
女の子はころころと表情を変え、最終的に気さくそうな明るい顔に落ち着いた。
「ロッティ、です」
「そうよ、そんな名前だったわ。あなたちっとも目立たないから名前も思い出せなかったわ」
この街にも学び舎があり、数字の計算や文字の読み書きといった簡単なことをロッティたちは学んでいた。街自体がそこまで大きくないため、歳の近い子供たち十数人と一緒の教室で学んでいる。セリアはロッティと一緒の教室だったが、セリアは確かに目立つ子だったなとロッティも教室内での賑やかな光景を思い出していた。
世界には希少価値の高い鉱石や生態系が存在しているのはもちろん、記憶を共有し合える宝石だとか、誰も立ち入ることの出来ない村といった、人智を超えたようなものまで存在している、不思議と神秘に満ちた世界であり、そういったものにロマンや刺激を求めたり、希少価値の高い物を採取、狩猟しては高額で売ったりしようと冒険に身を乗り出す人が多い世の中である。しかし、そういう類いに興味のなかったり縁の無いような人たちは帝都のような大きな都市や地方の街の役員になったり、薬品や工具などを開発する研究者や技術職に従事している。その道を志す人のための専門のアカデミアも帝都や大きな街には存在している。また、そういった商業をする人と冒険家たちの仲介をするような人たちもいる。
そういった世界についての知識を学ぶ学び舎であったが、ロッティは孤児院のときに一緒だった子供たちとは毛色の違う明るい元気な子供たちに近寄りづらく、教室の皆が一緒になってはしゃいでいる様子をどこか遠い世界のようにいつも眺めていた。
「私の名前はセリア。セリア・ローランよ。覚えておいてね」
「は、はあ」
セリアと名乗ったその女の子は、高い声でハキハキと喋る女の子だった。近くで見ると、育ちの良さが感じられる艶の良い髪に、着ているワンピースと同じ桜色の髪留めをして額を広く見せていた。セリアの勢いに、ロッティは尻込みしてしまい、おどおどと手をあっちへふらふらこっちへふらふらさせた。その困惑を感じ取ったのか、セリアは表情を難しくさせた。
「あなたって……ロッティってイメージ通りの大人しい子なのね」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ることないわ! 私の一番のお友達も騒がしいのは苦手な子だから。あまり大きな声では喋らないようにするね」
セリアはしーっと唇にそっと人差し指を当てて声を潜めた。その仕草がなんだか面白くてロッティは思わず頬が緩んだ。セリアは口を半開きにきょとんとしていたが、つられるようにして笑った。
そんなやり取りをしている間に、建物の中にいる子供の人数は増えていった。その子供たちに混じって、耳のとんがった、袖も丈も長さが左右で揃っていない服を着た男の子にセリアが気がつき、駆け寄っていった。
「ブルーノ!」
セリアが大声で呼ぶとブルーノと呼ばれた男の子もセリアに気がつき破顔した。周りの子供もセリアとブルーノの方を振り向き、注目してくる視線にブルーノは身を縮こまらせていたが、セリアは周囲の視線をまるで気にもせずにそのままブルーノの手を取って、ロッティの方に戻ってこようとしていた。その一連の光景に、ロッティはつい先程街中で同じような光景を見たのを思い出した。セリアはロッティと話していたときとは違い、柔らかい笑みを現していた。
「もう、急にはぐれちゃって。また面白い物を売りつけてる商人さんと話してたんでしょ」
「ご、ごめんね。でも間に合って良かった」
「もう……あ、紹介するね。この子はつい最近私たちの学び舎に来るようになったロッティ君。ロッティ、この子は私の一番のお友達のブルーノ。最近ちょっと調子が悪くて休んでたの」
セリアはブルーノとロッティを交互に見てお互いを紹介した。しかし、ロッティもブルーノも軽く会釈をするだけで目が合うとどちらからともなくすぐに逸らしてしまった。ロッティはそもそもセリアのことすらほぼ初対面に近いので、この状況にどう対応すれば良いのか分からなかった。そんな二人の大人しすぎるやり取りにセリアはため息をついた。
「もう、二人ともそんな調子じゃあ仲良くなれないわよ。ブルーノも、私以外の友達も作ってよ」
セリアの文句に、ブルーノは困ったように笑う。セリアも本気で怒っているわけではなく、半ば呆れたようにしながら優しい笑顔を現わしていた。その二人のやり取りに、ロッティは切なくなると同時に、胸の奥が熱くなった。
ぼーんという時計の鳴る音がした。『皆で昔の物語を読んでみよう』の開演時間になった。