第7話
文字数 3,297文字
皆も似たようなことを考えていたのだろうか。自分やロッティ、ハルトに未来を託していったブルーメルやニコラスは、死をこんな風に考えながら受け止めたのだろうか。大切な人の未来が明るくなることを想いながら逝ったのだろうか。ガーネットは、きっとそうだったに違いないと確信した。そんな確証を勝手に得ると、不思議と恐怖にも打ち克てる気がしてきた。
アベルが一人で魔物の進行を食い止めているのが見えて、ガーネットも援護するように弓矢を放ち続ける。魔物の瞳や腹部、脚に当たり、魔物がよろめく。急に飛んできた弓矢にアベルが驚いたように辺りをきょろきょろと見渡すが、魔物の接近に気づき、すんでのところで身を翻しながら斬りつけた。アベルの身体能力を信頼して、ガーネットも遠慮なく弓矢を放ち続ける。それでも魔物の数の多さに防戦一方だったアベルだったが、次第に帝都直属の騎士団が駆けつけてきて加勢してくれたおかげで優位に立てたようだった。騎士たちはその手前で戦いを繰り広げているブラウたちの戦いに加勢せずにアベルの方に駆け付けたようであった。アリスが死んだことで自身とロッティ、そしてグランが指名手配されたことを知っていたガーネットは、弓矢を放つのもほどほどにして、次の魔物の群れを探した。
孤立している魔物を見つけて急所を狙って弓矢を放っては、次の魔物を探すのを繰り返していると、アベルたちのいるところとは別の場所で、魔物の群れに後退させられる騎士の集団を発見した。てっきり残りの魔物の群れにはシャルロッテかヨハンが着いているものだとガーネットは予想していたので、そのどちらもがいないことに違和感を覚えたが、深くは考えず、ガーネットは騎士たちに見つかる覚悟でその騎士たちを援護することにした。ガーネットの弓の援護によって次第に騎士たちも態勢を立て直し、徐々に魔物の群れを押し返し始め、やがて優勢に立った。優勢になった途端に、それまで気にしていない様子だった弓矢の存在を気にするようになったらしく、何人かの騎士たちが先ほどのアベルのように辺りをきょろきょろし始めたので、ガーネットは一度弓を射るのを止め、場所を移すことにした。
辺りにはすっかり火事の煙や血生臭い匂いが漂っており、地獄を彷彿させる光景にガーネットは目を瞑りながら呼吸する音も立てまいと口元を布で覆い、慎重に屋上から降りた。建物を出て、すっかり赤く染まった景色を眺め、耳を澄ませながら次はどこから援護しようかと考えて歩いていると、背中に鋭い何かを当たる感触がした。それは今にも自身の身体を貫きそうなほど強く当てられ、ガーネットは動けなくなった。
「ちくちくと弓矢を射るのはもうやめたのかい? それとも、今更騎士が怖くなった? まあどちらにせよ、君は今日ここで死ぬんだよ」
聞き慣れた声は、周囲がこんな状況になっているにもかかわらず、相変わらず愉快そうにガーネットの心を見抜こうとする。そんな話し方が耳障りで不愉快で、ガーネットは気に食わなかった。
「さて、両手を挙げな。さもなくば、今ここで死ぬことになるよ」
どすの利いた声に、ガーネットは口元に当てていた手をそっと離し、手を挙げる振りをして素早く懐に手を入れ銃を取り出し、背中に向けて銃弾を放った。背後で「ぐっ」と呻き声が聞こえ、ガーネットも不安定な体勢で撃ったことで、その反動で身体がよろめいたが、結果的に背後の男から離れる形となった。
まだ死ぬわけにはいかないと、ガーネットは気合で身体を素早く起こして、背後の人物、ヨハンに銃を構える。しかし、先ほどの銃弾は当たっていなかったのか、平然とした様子で剣を構えガーネットを睨んでいた。その気迫に、ガーネットは怯みそうになるのを必死に耐えた。そんなガーネットの心の動きを読んだかのように、ヨハンは嘲笑した。
「矢を何本も射続けて、挙句大分無理をして銃を撃った今の君の腕で、僕を止められると思っているのかい」
「構わない。たとえこの腕が壊れようとも、貴方をここで少しでも長く食い止めてみせる」
ガーネットはひたすらにロッティのことを想った。見通しの良い屋上から見渡してもロッティの姿は確認できなかったが、それでも住人を必死に地下へ避難させ、リベルハイトとの争いを全力で止めようとしてくれているだろうと信じられた。皆の想いを託され、それに応えようとするロッティの力に少しでもなりたい想いで、ガーネットは恐怖を跳ね除けようとした。
ヨハンはそんなガーネットの心中を読み取ってなのか否か、余裕たっぷりに微笑んでじりじりと近づいてきた。その様子に、ヨハンの覚悟も決まっていることをガーネットは悟った。
「貴方は結局、そちら側に着くというのね。貴方も決してこんなことを望んでいるわけではないはずなのに」
「ふふっ……まだそんなバカげたことを言っているのかい。相変わらず、僕を殺す覚悟も出来ていないみたいだ。さてと……」
ヨハンはガーネットを睨みつけながら、剣をガーネットに向けた。少しでもその剣を振りかざせば、ガーネットの身体を斬ることの出来る距離だった。
「僕を地下に案内しな。それがこの舞台で君に与えられた最後の役目だ」
ヨハンの言う通り、ガーネットにも起こりうる未来の一つとしてその最期は予知夢で見えていた。ガーネットは無言で頷き、銃を懐に戻し手を挙げて、ヨハンに向かって歩き始めた。そのまますれ違うまでヨハンと目が合い続けたが、冷たい感情しか伝わってこず、不気味にきらりと光る剣の横を通り過ぎ、そのまま『シャイン』の借家の方角へと向かう。背後でいくらも離れていない距離を保ちながらヨハンがついて来ているのが聞こえた。
ガーネットはなるべく気づかれないようにゆっくりと歩き続けた。そして、ガーネットの狙い通り、向かいの方から騎士たちにやって来る足音が聞こえてきた。それはヨハンにも同じように聞こえているはずで、背後で小さく舌打ちするのが聞こえた。
「往生際が悪いね、君は!」
ガーネットは再び銃をさっと構え背後に向かって銃弾を放った。今度も背後からは浅い呻き声しか聞こえなかったが、ガーネットは反動で身体をよろめかせながらも、そのまま逃げるように崩壊しかかっている建物と建物の間に滑り込んだ。その直後に騎士たちが駆けつけ「貴様、何者だ!」という怒鳴り声と共にヨハンに向かっていくのを確かに聞いた。ガーネットはその隙に細い道を奥に進んでいく。
ヨハン相手には何人の騎士が挑もうが返り討ちに遭うだろう。利用してしまった騎士たちに心の中で詫びながらも、ガーネットはヨハンの動向が耳で窺える程度の距離を確保しながら、ひたすらに地下へと通じる入口から遠ざかるように進んだ。たとえここで死ぬ運命にあったとしても、ロッティの力になれることならヨハンを道連れすることも厭わない覚悟でいた。
☆
下町の人たちをあらかた地下へ避難させたロッティは、徐々に赤く染まり、地獄を想起させるような火の上がる方へと向かって行った。途中、城の方でグランが何本もの槍を喰らい、その槍が飛んできたところに向けてノアの背中から小さな何かが落とされ、その周囲を爆風で消し飛ばす光景が目に入り、ロッティはその足を速めた。進めば進むほど、いつの間にか侵入してきていた魔物がちらほら見え始めてきて、それらを一瞬で首をねじ切って絶命させていると、まるであの日、ロッティを引き取ってくれた街で起きた惨劇の日に再び迷い込んだような錯覚に陥りそうになった。それでもあの日と今とでは、自分の中での覚悟が違うとロッティは確信していた。あの日は両親を探しながらだったためふらふらと頼りない足取りであったが、今ではしっかりと意志を以て街の人のために動けているとロッティは信じていた。