第15話
文字数 3,504文字
誰が築き上げたのか、石積みで囲われた泉のある広いところに出た。初めて訪れたときには見なかった物にハルトたち『ルミエール』が面食らっていると、シャルロッテが「ここらへんで休憩にしましょうか」と提案した。
クレールが樹の下で腰を落ち着けさせている一方で、ハルトとブラウは噴水に興味津々で早速泉の中を覗き込んだ。泉の底にはキラキラと光る石が散りばめられており、その綺麗さに思わずハルトは手を泉の中に突っ込んだが、横からシャルロッテに「その泉、精神を潤す泉って言われてるけど、何か記憶に影響する宝石とかもあるみたいで危険だから止めといた方が良いよ」と忠告してきたことで、ハルトはその手を素早く引っ込めた。
しかし、そう忠告してきた肝心のシャルロッテが早々に泉の中に手を突っ込み、思いっきり水を自分の顔に浴びせていた。気持ち良さそうに息を漏らしながら、「精神が潤ってくる感じするねえ」と暢気そうにしみじみと独り言を口にしていた。
「シャルロッテさん……何でそんなにこの樹海について詳しいんですか。随分すんなりとこの泉に辿り着いたような気がしましたけど」
木陰で休んでいたクレールが鋭い目つきでシャルロッテのことを見据えていた。何気ない雑談の振りのようにも思える話し方だったが、ハルトにはすぐにリベルハイトを対峙しているときの詰問するようなテンションであると理解した。シャルロッテもそれを感じ取っているのか、へらへらしながらもクレールの方を振り返った横顔には隙がなく、浮かべた笑みにも何か別の思惑が押し隠されているのではないかと思わせた。
「シルヴァンさんがシクマの光根の在処について把握していないとはそうそう思えない。貴方は『シャイン』のメンバーと離れた一人でいるときにその情報を知った、そうじゃないですか?」
クレールは食えない顔をしたシャルロッテに怯むことなく、強気に問いかける。クレールの思惑を読み取れなかったハルトはブラウと共にそのやり取りを黙って見守った。
「それは僕も不思議に思ってました。まあシャルロッテ様のことですから、どうせいつも一人でどこかふらついて聞き込みしているときにでも聞いた話なんでしょうけどね」
シャルロッテの横にいたルミアが、暢気な口調で代弁していた。いつもならルミアのその言葉に対してシャルロッテがお気楽な調子で乗っかる発言をしていたのだろうが、ハルトの予想通りシャルロッテは何も言わずにじっとクレールを見つめており、ルミアの顔色がみるみるうちに変わっていった。ハルトが気の毒に思うほどの変化だったが、ルミアは気丈に「シャルロッテさん、いつものお気楽な口はどこ行ったんですか」と声音を落とさずに話しかけた。しかし、シャルロッテは問いかけるルミアを制して、クレールに一歩近づいた。
「私はいつも、私の大切なもののために生きてきた。好きなように生きてきた。クレールさんがたとえどんな風に私のことを考えていようとも、私は誰にもこの生き方を邪魔させるつもりはありませんから」
シャルロッテの声は、とてもこれまでのお気楽な様子を見せ続けていた人物と同一人物とは思えないほど、冷たく、力強かった。シャルロッテはそっとルミアを振り返り、妖艶に微笑んだ。
「ルミアも覚えておきなね。自分の生き方だけは、自分の人生の手綱だけは、誰にも握らせてはいけないよ。自分の運命は自分で切り開くんだよ」
ルミアは傷ついた顔でシャルロッテのことを見返すばかりで、言葉を見失っていた。それでも変わらず微笑みかけるシャルロッテの話し方は厳しく、いつもの様子とは考えられないような真剣なものだったが、ハルトはそこにもシャルロッテの本当の想いが込められているような気がしてならなかった。ハルトは無意識に、口を開いた。
「そう言うシャルロッテは、自分の人生に後悔がない……てことなのか?」
そのハルトの言葉に、ルミアもシャルロッテもはっと小さく息を呑んでハルトの方を振り向いた。シャルロッテはすぐには肯定も否定もせず、ハルトのことを品定めするようにじっと見つめてきたが、やがて嬉しそうに破顔し、いつものような軽い雰囲気を現した。
「もっちろん。良いところに気がついたね、ハルト君」
ルミアがその言葉に、わずかな変化ではあるが、救われたような気持ちが小さく表情に表していた。ハルトもそれを見てほっとしていると、頭に衝撃が走りくちゃくちゃにされる感覚に振り向く。そこには、誇らしげに鼻を鳴らすブラウの笑顔があった。
泉での休憩を終えてからは、どことなくより空気が一体となったような雰囲気を感じながら探索を進めていると、ルミアが「あ!」と声を張り上げ樹のすぐそばにしゃがみ込んだ。その樹の根元に、優しく樹に寄り添うように静かにシクマが佇んでいた。探索一日目にすんなりと発見できたのは、間違いなくシャルロッテのおかげであるとハルトは感じており、素直に感謝していた。
何事もなく帝都に戻ってきて、シャルロッテたちを送り届けてから『ルミエール』の借家にてグランの訪問を待っていると、その三日後にグランがやって来た。用心深いクレールは建物の中には入れず、扉の前でハルトと一緒にグランにシクマの光根を手渡した。
「これが不老長寿の星草って言われてるシクマの光根だ。あんたの望む効果が得られるかは分からないが、少なくともこいつのせいで十歳以上若返って見える人を知っている」
「おお……マジでこんなもの見つけてくれたんだな」
頼んだのはグランのくせに、妙に感心した声でおずおずと伸ばしてきた手で受け取った。その際にハルトはグランの手をじっと見ていたが、やはり幾度も冒険をし困難を潜り抜けてきたようなごつく力強い手をしていた。
「聞いて良いことなのかは分からないが……そんなものが必要になるってどういうことなんだ」
「ああ? いや、これはちょっと無茶の頼みだって思いつつも軽い気持ちで言ってみただけだ……本当に持ってきてもらって、正直俺も戸惑ってる」
グランはまじまじとシクマの光根を見つめながら独り言のように話した。クレールが怪しがっているのは知っており、その理由も納得できるものではあったが、やはりハルトにはどうしてもグランが残虐な一面のある人物には見えなかった。たとえグランもリベルハイトの一員だったとしても、ユグドラシルの樹海で見せたシャルロッテの姿を思うと、グランはやはり冷徹な人間などではなく心優しい側の人間なのではないかと思った。
「でも、これさえあればきっと毒でも病気でも怪我でもなんでも大丈夫ですよ。頑張ってください」
ハルトがそう言って拳を掲げてみせると、グランが顔を上げ、呆気にとられたようにしばらくハルトの顔をじっと見つめてきた。そして、ゆっくりとグランも拳を作り、ハルトの拳に突き合わせると「本当にありがとうな」と言って、静かにその場を去った。そのままクレールがその背中を見送っているので、ハルトはクレールが質問するタイミングを奪ってしまったような気がして「あ、悪いクレール」と頭を下げる。しかし、クレールはふっと笑ってそのまま『ルミエール』の扉に手を掛けた。
「構わない。むしろ、これできっと良かったんだろうな」
クレールはそう言い残して、扉をそっと開けた。
翌日から、ハルトは何故かブラウと共に行動することになった。それまではクレールと一緒に来たる日に備えるべく調べごとをする担当であったのだが、クレールから「ハルトはもう良い。調べても何もなかったんだろ?」と言われていた。ハルトはまるで戦力外通告を告げられたような気分になって不満があったが、ブラウが優しく肩に手を乗せ、「ほら、グダグダしてねえで行くぞ」と何も納得がいかないまま強引に連れていかれた。