第3話
文字数 3,075文字
丘を降りて帝都跡の方へ向かって行くうちに、何かが焦げ切ったような悪臭と、夜風に混じって流れてくる熱気が濃くなってきた。進むにつれて濃くなっていくそれらの気配にロッティが顔を顰めていると、にわかに馬の嘶く声が聞こえてきた。帝都の崩壊による瓦礫は外にも被害が及んでいて、帝都周辺の草原も見るも無残なことになっていたが、ぼろぼろになった橋の前で馬たちが悲しそうに嘶いていた。近づいていくと、『ルミエール』のと思しきのを含め、数十頭の馬が瓦礫に潰された馬の前で右往左往していた。ロッティが能力を用いてその瓦礫を浮かしてみても、すでにこと切れている馬がほとんどであり、ロッティは能力を用いてその亡き馬たちを丘の方へと運んでいった。馬たちも何かを察したように、ロッティに首を垂れるようにしながら静かにロッティの後をついてきた。丘の近くに辿り着き、シャルロッテを埋葬したのと同じ要領で馬たちを埋葬していると、ロッティの背中を馬たちが鼻をぐいぐいと押し付けてくすぐってきた。振り返り、その鼻先を撫でてやると、悲しそうに鳴きながらもロッティの手の平に鼻をぐいぐいと擦りつけて来た。
「お前たちも、あの大陸からやってきたんだよな……」
ロッティがしみじみと呟くと、まるでそれに応えるかのように馬たちは高く鳴いた。
ロッティがもう一度帝都跡に戻る意志を見せると、馬たちも自分たちも連れて行くようにとせがむようにロッティの周囲を取り囲んだ。ロッティもそれを察して、馬たちと一緒に帝都跡を目指した。
帝都跡に辿り着くと、予想外にも多くの人が地上に出ており、ロッティはそのことに驚きつつも足を緩めることなくハルトたちやガーネットを探すことにした。しかし、進んでいくうちに、どうやら住人たちは瓦礫をどかしているのだと気がつき、ロッティはバレない程度に能力を用いて、その人たちの作業を楽にさせた。馬たち自身も、やることを見つけたと言わんばかりにその人たちの元へと駆け寄っていき、ロッティにそのままついて来る馬は『ルミエール』の連れていた馬たちだけになった。そうして進んでいくうちに、セリアたちと、セリアと一緒に地下に連れて行った住人たちに出会った。
「皆してどうしたんだ、これは」
ロッティは状況を確認する意味でもセリアに尋ねてみた。セリアはロッティの姿を認識すると、張り詰めていた表情を綻ばせ、安心したように息を吐いた。その顔には、かつてあの街で幼いロッティの心を支えてくれた、頼もしくも明るい快活な女の子の表情があった。
「さっきすごい爆発があってね。慌てて地上へ出てみるとこんな有様になってたから、寝てる暇じゃないなって、皆して瓦礫に埋もれてる人がいないか探してるの。というか、こっちこそロッティのこと心配してたんだからね」
セリアは、もう何年も見ていなかった怒った顔をしながら詰め寄ってきて、ロッティの胸を指でつついた。ロッティがセリアやハルトたち、それにガーネットを心配するのと同じように、向こうからしてみればロッティの安否も不確かであり、同じように思っていてもおかしくないことにロッティも気づかされた。
「ああ、ごめん。俺もこうして、無事さ……」
ロッティはセリアを安心させようと明るく話したかったのだが、どうしてもそんな気分にはなれず、言葉は尻すぼみになってしまった。そんなロッティの心の機微を敏感に察知したのか、セリアも途端に表情を曇らせた。『ルミエール』の馬がセリアに頭を下げて顔を近づけており、セリアもその馬たちの鼻の頭を撫でていた。
「何か、あったんだね……」
セリアが気の毒そうに言うが、それ以上のことは追及はしてこなかった。そして、悲しむ雰囲気が生じる暇もなく、気を取り直すようにセリアがロッティの手を引いた。
「ほらほら、ロッティの力が必要だよ。一緒に街回って行こ?」
セリアは明るい調子でそう尋ねながらも、強引にロッティの手を引っ張っていった。急に手を引かれ前のめりに転びそうになったロッティは、セリアに置いてかれないように何とか足を動かしてついていった。
その後、セリアに導かれるようにして街を巡りながら、呻き声や何か物音がしたところは片っ端に能力を用いて瓦礫を浮かしてどかした。ほとんどが悲しいことに、瓦礫に潰されて亡くなった人であったが、その人たちのことは後でまとめて埋葬することにした。時折、本当に生きている人を見かけてはセリアがその場で応急措置をし、セリアと一緒に地下に避難していた住人に地下へと連れて行ってもらった。セリアは流石は騎士団に所属しているだけあるのか、てきぱきとロッティや他の住人に指示を与えたり、怪我したり負傷した人の手当を迅速に行なった。やがて、無傷だった住人のほとんどが怪我した住人を連れて帰り、最後に残ったセリアに負傷者を任せることになった。
「ロッティはもうちょっと見て回ってあげて。絶対ロッティの力が必要になるから」
セリアは怪我した人を肩に担ぎ、街の向こうを指差しながらロッティにそう指示した。その姿はすっかり頼もしくなり、セリアらしい前向きな性格に戻っていた。その姿に、どうしても昔の面影を重ねてしまっていた。
「ありがとう、セリア」
ロッティは改めてそう言わなければならないような気がして、頭を下げた。しかし、セリアはわずかに表情を曇らせた。
「私も……ブルーノの復讐、もうやめなきゃなって思ってさ」
寂しそうにそう話すセリアであったが、すぐに無理やり笑顔を作り、明るい口調に戻した。
「ほら、ロッティも無事だったしさ、それだけで、私には十分だって思わないとさ。きっと、ブルーノにも怒られると思う……これからは、もっと私らしく生きなくちゃ」
気丈に、努めて明るく話すセリアの声はそれでも震え、今すぐにでも泣き出しそうであったが、何とかそれを堪え、セリアは恥ずかしがるようにロッティを手であっちに行けと払う。ロッティもセリアの傷が癒えるのを祈りながら手を振ってその場を後にした。
背中から徐々に夜明けの光が差し込み始め、明るくなってきた帝都の跡地の光景を改めてじっくりと観察してみると、丘の上から見たとき以上にその荒れ具合は酷かった。以前まで道だったところに建物の破片や瓦礫が敷き詰められ、まともな道は残されていなかった。一面が建物の色に埋め尽くされ、まともな足の踏み場はなく、それが延々と続く風景に、改めて帝都が崩壊したことを思い知らされた。瓦礫をどかして、何とか馬たちが通れる道を作った。
セリアと別れてしばらくは人の気配もなく寂しい道のりが続いたが、やがて再びがやがやと辺りが賑やかになってきた。まばらに人が見え始めて、別のところの地下への入り口にいた人たちだろうと思い、ロッティはそちらの方へ近づいていった。しかし、近づいていくうちに、何故かその人の集団も不吉を思わせるほど静かになっていった。何事かと思って駆けつけていくと、通夜でもあったかのような浮かない顔がずらっと並んでいた。ロッティは恐る恐るその人たちの間をすり抜けていった。
そして、見知った顔を発見して、ロッティはそちらへ向かった。その人物たちも皆と同じように暗い表情をしていた。
「おいハルト。どうしたんだよ、らしくないじゃないか」
ロッティはわざとからかうような口調でそう呼びかけると、ハルトはぱっとすぐに顔を上げた。初めはロッティのことを認識できていなかったようだったが、みるみるうちに暗かった表情が明るくなっていき、やがて「ロッティ!」と大声を出した。