第12話
文字数 2,104文字
六月五日
やっぱり俺には分からない。未知の世界や人たちにワクワクする気持ちも、女性と関わるのが好きだという気持ちも、偉大な冒険家として名を残したいという気持ちも、どうしても持つことが出来ないみたいだ。
団長が夜、自分の先祖がいかにすごい冒険家だったかを力説してから、自分もそんな存在になりたいと話していた。メンバーも皆、それぞれ思い思いに自分の夢や思っていることを打ち明けていった。そんな風にして話している中、俺はそれでも自分の気持ちを上手く言い表せなかった。ハルトやルイが補足しようとしてくれるも、どうも自分の気持ちはそれとも違うという感じがして、でも素直にそう言うことも出来ずに、曖昧に頷いた。その場はそのまま話が進むも、俺は自分で押し殺した気持ちが胸の中で渦巻いて、ずっともやもやしたまま皆の話を聞いていた。どうして自分は自分の気持ちすらも人に伝えられないのだろうか。これも俺が普通の人とは違うからなのだろうか。そんな風に思ってしまうことすらもこの場では場違いなような気がして、悲しくなった。
俺の心は孤独なんだと思った。俺は他の人にはない能力を持っているから、この能力のせいで苦しんでいる俺の想いもきっと本当の意味では理解出来ないだろうから、誰にもこの想いを説明することが出来ない。それ以上に、自分でも上手く言葉に表せないこの想いに皆を付き合わせるのがひどく申し訳なく感じられた。夢で盛り上がっている皆が遠くに行ってしまうようだった。自分のすぐ傍にいてくれる存在のはずなのに、ずっと遠く離れてしまったように感じた。どうして皆と自分はこんなに違うのだろう。どうして自分は、こんな能力を持って生まれてきてしまったのだろう。もっと早くに『ルミエール』から抜けていれば良かった。ハルトに能力を持つ自分を肯定されて、それで自分もいて良いんだと思ってしまった。こんな思いをするぐらいなら、それも振り切ってさっさと皆の元からいなくなれば良かった。自分が普通に生きていける場所を探しに行けば良かった。
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○月○日
『ルミエール』に入って六年以上が経った今日、俺はついに『ルミエール』から離れた。言ったら止められることが目に見えていたので誰にも言わずに出てきた。止められると思うのも、もしかしたら自惚れだったかもしれないけれど。
『ルミエール』の皆には感謝している。あの時拾ってくれなければ俺は今頃のたれ死にしていただろう。それに、『ルミエール』で過ごした時間がかけがえのないものであることには違いない。自分が小さいときから大きくなるまで時間を共にした皆のことは、ハルトとルイのことは本当に好きだった。
だけど、一緒に過ごせば過ごすほど、違いを意識させられて、誰かといても感じる寂しさがどんどん大きくなっていった。
自分の能力のことを隠していることも苦しかったし、言っても理解してもらえなかったり、ピリスや俺を育ててくれた両親、セリアやブルーノみたいにまたいなくなってしまうんじゃないかと怖くなって、どうしても伝えられなかった。そして、そんな隠し事をしている自分が、自分の気持ちを理解してもらいたいと願うのは、ひどく傲慢なことだと十分に理解していた。
他にもどうにかしようがあったかもしれない。ハルト以外の皆にも打ち明けたら何かが変わったかもしれない。それでも、どうしても一歩踏み出せなかった。せめて俺の能力を知っているハルトを含めた『ルミエール』の皆が無事でいることだけを願うばかりだった。
三月二十日
雑踏が五月蠅くごった返している帝都アルフリーデンは、人の流れが多く、これなら早々『ルミエール』の皆にも会わないだろうとロッティは思っていた。それでも皆と離れるために、一刻もこの帝都から出ようと出口を目指し、その人並みに逆らって進もうとするが、なかなか動けずにいた。今日は城の方である罪人の処刑が行われるようで、直接その光景を見ることは叶わないにしろ、何かしら興味を惹かれた人たちがそちらへ向かっているようである。高い建物に囲まれた道で、閉塞感と息苦しさを感じたロッティはひとまず道の脇に外れた。その路地裏の先に人影が見えた。ロッティは導かれるようにしてその人影の方へ近づいた。細いシルエットで背はそこまで高くはない。顔は影になって見えなかったにもかかわらず、不思議な雰囲気を持っておりロッティは何故かその人影が気になった。
そのときだった。
「あなたが、ロッティ君?」
その人影が、その雰囲気に違わず淡々とした口調でロッティの名を呼んだ。その声に聞き覚えはなく見知らぬ人間であるはずだったが、不思議と心を落ち着かせる綺麗な声だとロッティは感じた。
「ねえ、良かったら……私と一緒に旅をしない? ちょうど貴方、『ルミエール』を抜けてきたばっかりなんでしょ?」
それが、ガーネットとの出会いだった。
ガーネットの放つ雰囲気に、初対面でいきなり自分の素性をズバズバと言い当てる不気味さがあったにもかかわらず、自分と近しいものを嗅ぎ取ったロッティは、その声に誘われるようにして着いていった。