第6話
文字数 3,422文字
それまで静観を決め込んでいたクレールが、そっと切り出した。ロッティは静かに城の方を眺めて考えた。
「多分だけど……城の方にグラン……鯱みたいな生き物をした幻獣族がいると思うから、まずそいつに会って、ノアたちがどこへ行ったのかを訊きに行こうと思う。俺にもノアたち……あの鳥の幻獣族や狼の幻獣族がどういう計画で進めているのか分からないから」
「なるほど……分かった。でも、城の方までって言うとけっこう距離があるぞ。大丈夫なのか?」
「ああ、それなら……」
クレールの疑問に答えるために、ロッティは周辺を見渡して、適当な瓦礫がないか探した。しかし、その視界の端に剣を向けて斬りつけてくる姿が見えた。ロッティは咄嗟に能力を用いてその人物の動きを止めた。
「な、なにっ」
ロッティはそのままその人物を仰向けに転ばせた。ついでに剣もその人物の手の届かない距離に移動させた。
「カインさんっ!」
二人の男女が血相を変えてその人物の元に駆け寄る。カインと呼ばれた人物は、呻きながら呆然とロッティのことを見上げていた。その一連の流れに、見ていた者皆が言葉を失っていた。ハルトだけが複雑そうな視線を向けているのを感じながら、ロッティは引き続き適当な大きさの瓦礫を探し、やがて奇跡的に綺麗に壊されないであったどこかの店の看板を見つけて、それを宙に浮かせた。ロッティがその看板に乗っかり、そのまま看板をスライドさせて、未だに驚いた様子でロッティをぽかんと見つめる『ルミエール』の傍まで寄った。
「俺、アインザーム族っていう種族らしいんだ……知ったのは皆の元を去ってからしばらくのことだったとはいえ、黙っててごめん。でも、今回の騒動が終わったら、また……皆と一緒に旅がしたい、です……それでも、良い、ですか?」
ロッティは、恐る恐る『ルミエール』の皆と離れたアベルの顔を見渡しながら、自身の決意を明かした。心が震える思いで、返事を聞くまでの時間が途方もなく長く感じられたが、勇気づけるようにハルトがロッティの背中に回って看板に乗っかった。ハルトの方を振り向くと、ハルトらしい笑顔が待っていた。
「まったく、戻ってくるのが遅いぞ」
一番最初に口を開いたのは、ブラウだった。ニカっと、きらりと光る歯を見せながら、当たり前とでも言わんばかりに大口を開けて笑って見せた。他の皆も、安心させるような微笑みだったり、ロッティの暗い気持ちを吹き飛ばそうとするような笑顔だったりをロッティに向けていた。
「ロッティが戻ってきてくれるのは助かる。バカばっかりでこっちも大変だったんだ」
「おう、バカで悪かったな。ロッティ、またバカみたいなことやろうぜ」
「僕の中ではロッティはいつまでも頼れる先輩のままだから。戻ってきてくれるのは僕も嬉しいよ」
皆の言葉に、胸が熱くなった。感極まってロッティは頷くと、そのまま顔を上げることが出来なかった。そのまま看板を浮かび上がらせ、なるべく顔を見られないように速度を上げて崩壊した城の方へと向かった。
頬の火照りが冷め、平静になった気持ちで改めて帝都の街並みを見てみるが、ロッティの浮かれた気分とは対照的に帝都は徹底的に破壊されていた。無事な建物はどこにも見当たらず、まるでそういう地面の色のように、一面が建物の色に覆われていた。看板の速度を上げても変わらない景色が繰り返され、これから行うであろう復興作業にかかる時間の長さを思うと気が遠くなりそうだった。やがて地面が盛り上がっていき、貴族街の方に辿り着くと、上空からでも窺えるほどあちこちに暗い赤色が建物の瓦礫の合間から垣間見えた。爆発に近かった場所なだけあって、建物はより細かく砕けており、その景色に空しさを覚えた。
「なあロッティ。これからその幻獣族ってやつと戦うことになると思うんだが……その、大丈夫なのか?」
背中で看板に掴まっていたハルトが、ロッティと同じようにぼんやりと真下に広がる景色を眺めながら出し抜けに尋ねてきた。ハルトの声は真剣で、どこか戸惑いが混じったような声だった。ロッティはアリスと過ごした日々や、少年の死を思い返し、何度もその日々を反芻して、何度もそれらのときに感じたことを呼び起こして味わってみた。まざまざと蘇ってくる感情を何度も確かめ、間違いはないと確信を持ってからゆっくりハルトに答える。
「ああ、大丈夫だ。俺は『ルミエール』の皆と……あの人と一緒にこれからを生きていきたい。そんな世界にしたい。だから、この世界を壊させるわけにはいかない。戦う覚悟は出来てるさ」
背後で、ハルトが嬉しそうに手を鳴らすのが聞こえたが、その拍子にバランスが崩れてハルトが落ちそうになる。ロッティが慌てて能力を用いてハルトを上手く落とさないようにすると、ハルトと目が合った。ハルトは相変わらず明るく笑っていた。その笑顔を見てようやく、ロッティはハルトも自分と同じような想いを抱き、同じような世界を願っていることを直感した。
「よっしゃ。ロッティ、絶対に止めてみせようぜ。そんでもって、皆が普通に生きられる世界にしようぜ」
ロッティたちを乗せた看板はやがて城の上空に辿り着き、ロッティは看板を器用に操作して、城の周囲を回った。どんな人影も見逃さないように意識を集中させながら滑空する。ハルトの背後で太陽が昇ろうとしていた。空はすっかり暗闇から明けており、青空を取り戻しつつあった。ちょこんと覗かせている陽の光が、崩壊した帝都を照らし、瓦礫が無数の影を作った。崩壊している様がありありと示されているはずなのに、その景色に不思議な美しさを感じて、ロッティには何故か希望を映し出しているようにも見えた。
その景色から視線を城の周囲に戻そうとしたときであった。帝都の敷地の外であろう場所の木陰に、二人の人影がぽつんとあるのが見えた。
「ハルト、しっかり捕まってろよ」
「おう! というか、やっぱりロッティって目が良いんだなあ。俺、全然見えねえよ。ロッティって昔から……」
「舌噛むから黙っててくれって」
「おう!」
ロッティは背後のおっちょこちょいなハルトが振り落とされないかどうか確認しながら看板を急降下し続けた。やがて近づいてその姿かたちが見えるようになった人影は、以前なら高貴な服装であっただろうと想像させる服をぼろぼろに纏った女性と、そして、全身が真っ赤に染まったグランが横たわる姿だと判明していった。ロッティたちの看板が地上にゆっくりと降り立つと、その気配を感知した女性が振り返る。気の強そうな印象を与える顔立ちが悲し気に歪められ、まるでグランを庇うかのように横たわるグランの前に立って、ロッティたちに向かって両手を広げた。
「貴方たち、何者ですか」
「えっと、俺らは……」
見知らぬ女性に予想外にも強い口調と目つきとを向けられたことで、怯んだロッティは言葉に詰まってしまった。そのせいで女性はさらに警戒心を強くさせたらしく、目つきをさらに鋭くさせロッティたちを睨みつけた。後ろにいるハルトが「何やってんだよロッティ~」とからかうような口調で言ってきて、ロッティも少しむっとしたが、女性の背後から弱々しい声が聞こえてきて皆の視線がそちらに集まった。
「おい、そいつは……俺の、知り合いだ、そんな、敵対心、向けるな」
グランに咎められた女性は、勢いよくグランの方を振り返り、グランをも睨みつけた。グランとこの女性はどういう関係なのだろうかと、ロッティは不思議に思って二人の様子を窺っていると、グランがため息を吐いてロッティにこっちに来いと目で訴えかけてきた。ロッティは逡巡するも、グランに用があるのは確かだったので、女性をなるべく刺激しないように無害であることをアピールするように両手を挙げながらそっとグランに近づいた。近くで見るグランは、さらに痛々しく見えた。腹部を真っ赤に染め、息をぜえぜえと切らす顔は明らかに血の気が引いた薄い色をしていた。
「ここに、何しに来たんだ、ロッティ」
「グラン……」
グランの姿に反して、いつものような調子で話すグランに、ロッティは小屋で短いながらもグランと共に過ごした日々を思わず思い出してしまい、言葉を失ってしまった。それを見通したようにグランが鼻で笑い、心配するなとでも言いたげに表情を和らげた。