第11話
文字数 3,258文字
「一気に行くぞ!」
誰かが叫ぶ声と共に加勢してきてくれた一同がレオンの方に向かって行く。一連の状況をいち早く把握したクレールが我に返ると、慌てた様子で弓矢が飛んできた、町の方向へ走って行った。
「あの弓矢を射てくれた方へ狼を近づけさせるな! 残りの奴は俺についてこい!」
その声に弾かれるようにして、やっとのことでハルトたちも我に返り、クレールの後に続いた。危機感を感じたのか、レオンがそうはさせまいとクレールたちの方を追いかけようとするが、すぐそこまで迫ってきていたシャルルたちの攻撃が飛んできてレオンはその対応に追われた。弓矢を喰らったからなのか、レオンの動きはわずかにではあるが俊敏さやキレが衰え、シャルルたちも一気に吹き飛ばされずに何とか持ちこたえていた。
ハルトたちが十分にレオンから距離を取り、弓矢との間に挟まるように立って、互いに距離を空けながらレオンの方に構えた。緊張で汗で構えていた剣が滑りそうになり、ハルトはズボンで手の平を拭った。
二回目の弓矢が飛んでくるかと思われたが、その前にレオンがシャルルたちを振り払い、吹き飛ばしながら再びハルトたちの方に駆けてきた。しかし、途中まで走ってくると今度はハルトたちをぐるっと迂回するように、方向を切り替えて走ってきた。単純なことながら、ハルトたちとわざわざ真正面からぶつかっていくよりもそうした方が弓矢も躱しやすくなり、ハルトは反省もままならないまま急いでレオンを追いかけなければならなかった。普通の魔物ですら人間より足の速い魔物はいくらでもおり、それが幻獣族の狼ともなれば到底ハルトには追い付けそうになく、あっという間に近づいた距離が離れていった。ハルトは歯を食いしばりながら追いかけるも、遠ざかり、やがて弓矢が飛んできたと思われる町の方へレオンが向かって行くのを眺めることしかできなかった。
しかし、レオンが右往左往して弓矢の狙いを絞れなくするように動きながら町へ向かっていたが、それにもかかわらず先ほどと同じかそれ以上の本数の弓矢がレオン目掛けて放たれた。レオンは恐ろしい反射速度で、高く跳躍してそれらを躱したが、着地するや否や、弓矢の本数に怯んだのかレオンはいくらか後ずさった。その間にハルトたちもレオンを取り囲む距離にまで近づくことが出来た。
どうしてこんなに準備が良いのだろうか。ハルトもレオンと同じように飛んできた弓矢や、そもそもシャルルたちが待ち構えていたかのように加勢してくれたことも、どこか出来過ぎているような気がしてならなかった。しかし、今はそんな細かいことを気にしている場合ではないと言い聞かせて、ハルトは目の前のレオンに意識を集中させた。レオンの攻撃を躱したり、全力で長い距離を走ってきたりしたことで息が少し上がっていたが、それでも何とかまだ戦えそうだった。剣の柄の感触を噛みしめるように掴み直し、レオンの方に向ける。
いくらか後退していったレオンだったが、やがて再びハルトたちの方へと向かってきた。迂回して町を襲おうとしても弓矢は何の問題もなく飛んでくると判断したのか、レオンは今度はそのままハルトたち目掛けて真っ直ぐに突っ込んできた。ハルトの目の前で何人かが躱しきれずに吹き飛ばされていくのを視界に捉えながら、ハルトは自分からレオンに向かって突っ込んでいく。そして、レオンが目の前に迫ったタイミングで、ハルトはぎりぎりの距離で身体を逸らしながらレオンとすれ違うように前方に飛び込んだ。横向きのまま両腕にありったけの力を込めて、レオンの身体に向けて剣を振った。
「だああ!!」
剣がかすかにレオンの身体に食い込む感触がして、ハルトはさらに力を振り絞って剣を振り切ろうとした。そして、レオンが前に進もうとする力も相乗して、ハルトの剣が確かにレオンの身体に侵入し、肉を抉り斬り進んでいった。ハルトは剣を持つ手に力を集中させて何とか離すまいとしながら、自身が前に転がり込もうとする力を利用して剣を前に引っ張ると、見事に剣を振りかぶることが出来、肉を斬った感触と共に横から血飛沫が舞い、ハルトの身体にかかった。ハルトは身体を転がせて受け身を取って体勢を整えると、レオンがスピードを落としてよろめかせているのが見えた。しかし、それでも隙を作るまでには至らず、レオンは再び急発進した。そのレオンに対して、真正面からクレールと他何人かが飛び込んで槍を向けていて、ハルトは冷やりとした。
「クレール!」
躱そうにも急には止まれないほど速度は出ており、レオンはそのままクレールたちに突進して吹き飛ばそうとしていた。しかし、クレールはレオンに弾き飛ばされるよりも先に、そのリーチを活かして槍をレオンの眉間に突き刺した。その後クレールはその槍を両手で掴み、レオンの鼻の上にしがみつくように乗っかった。レオンもそれを振り払おうと、見ていて恐怖を覚え足が竦みそうになるほどめちゃくちゃに身体を暴れさせるが、クレールは何とかしがみついたままだった。
「早く撃て! 俺に構わずに弓を撃て、早くしろ!」
クレールの怒号に、ハルトもクレールの狙いが、レオンの視界を塞いで弓矢を避けられなくすることなのだと理解した。それはレオンも同様のようで、クレールの叫び声にレオンはしっちゃかめっちゃかに移動するが、先ほどまででたらめに暴れていたために方向感覚を失ったのだろう、対して弓矢が届く範囲から逃れられていなかった。射手の間でも躊躇いがあったのかと推測されるような間があった後に、やがて弓矢が飛び込んできてレオンの身体に突き刺さる。そのうちの一本がクレールの肩口に刺さる。「ぐっ」と苦しそうな呻き声をあげるものの、それでもクレールはレオンの眉間に突き刺した槍から手を離すことはなかった。
レオンの動きは明らかに鈍りを見せ始めていた。キレを失い、よろよろと足取りもわずかに不安定になり、時折休憩するように動きを止めるようになった。それを好機とばかりに何人かが飛び掛かっていくが、レオンもその気配を敏感に察知してでたらめに身体を暴れさせて、その乱暴な動きに翻弄されるように飛び掛かった人は皆吹き飛ばされていた。
やがて体力の限界が来たのか、クレールは槍からとうとう手を離してしまい、他の者と同じように地面を転がっていった。視界の明けたレオンは、地面に横たわるクレールのことを一瞥したかと思うと、すぐさま弓矢を避け射程範囲外に逃げるように後退していき、ハルトたちの方に戻ってきていた。
これが最後のチャンスかもしれない。ハルトは切れかかっている集中力を再び奮い立たせて、レオンの方へ意識を向ける。
「アイツだけは……俺は、許すわけにはいかねえ」
いつの間にか、最初の弓矢が放たれた直後に時間を稼いでくれたシャルルたちが、息も絶え絶えにハルトのすぐそばまでやって来ていた。額から血を流しながら、シャルルがハルトの方を一瞥するとニヤッと笑った。
「九十年振りの再会だ。覚悟しろ……」
シャルルがそう呟き、深く息を吐きながら、傍から見ても肌がピりつくほどの凄まじい集中力で、向かってくるレオンを睨みつけていた。ハルトもシャルルの気迫に負けじと精神を研ぎ澄ませた。レオンが威嚇するようにハルトたちに向けて咆哮した。周囲の人が怯む中、ハルトは決してチャンスを見逃すまいと目を見張ってレオンを見据えた。
レオンが猛スピードですぐ目の前まで来て、飛び掛かってくるぎりぎりまで引きつけてから、ハルトは再び横にスライドしながら前のめりにジャンプした。そして、すれ違いざまにレオンの脚に狙いを定めて、水を掬い上げるように力いっぱい剣をスイングした。何かに引っかかる感触がして、ハルトは両腕の力を振り絞って剣を振り抜こうとした。