第11話
文字数 3,523文字
「ロッティ君。あの二人と一緒で大変だったろうに。君はゆっくり休んでていいからな」
シルヴァンは優しい口調でそう言うが、そんな風に気を遣ってくれるなら初めから大変そうでない人を一緒にして欲しいとロッティはつい思ってしまった。
ルミアとシャルロッテは元気が有り余っているのか、ルミアがぶつぶつと不平不満を口にし、シャルロッテがのらりくらりといなしながらも不満そうにぶつぶつ呟いて、と互いにまだ懲りずに言い争い続けていた。そんな風に口を動かしながらも、器用に野営の準備を着実に進めていった。シルヴァンが二人に憐れむような視線を向けながらロッティに寄ってきた。
「俺に叱られて互いに文句言いながら作業することに慣れてるからなアイツら。ロッティ君は将来、ああはなるなよ」
シルヴァンは呆れたようにそう言ったが、ロッティはその二人がこれまでもそんな風にしていた光景を想像すると、むしろ少し微笑ましくなった。
火を焚き、それを囲うようにして四人で座っていた。これまで『ルミエール』の皆や、ガーネットとの二人で囲ったことがあるが、顔見知り程度の人たちであった『シャイン』のメンバーとも同じようにして火を囲っているのは不思議な感覚がした。
皆が落ち着いたところで、シルヴァンがその後の方針を語った。今日集まったカルトックスの繭を見て、順調に行けば明日にでも帰れそうだという。そのため、拠点は特に変えず、明日も同じようにここから出発して探索すれば良いだろうということだった。シルヴァンが語っている横で、シャルロッテは姑息にも持ってきていた酒を飲んで上機嫌になっていた。
「おいシャルロッテ、今の話ちゃんと聞いてたんだろうな?」
「はいはいオールオッケ~だってば~シルヴァンちゃん~」
陽気に返事しながらシャルロッテは次の酒に手を伸ばしていた。ルミアが諫めてそれを取り上げようとするが、シャルロッテはそれを取られまいとぐいっと自分の胸に引き寄せ、その拍子にシャルロッテの肘がルミアの腹に当たり、苦しそうにその場で崩れて蹲った。シャルロッテはへらへら笑いながらもルミアに声を掛けているが、ルミアが返事する間もなく興味を失ったように身体を背け、酒を浴びるように飲み続けた。ロッティはその光景を懐かしむような気持ちで眺めていた。
「ルミアさん、大丈夫ですかね」
「放っとけ、いつものことだ」
「……どこの団体でもそうなんですね、やっぱり」
ロッティは、酒を飲んでべろべろになったアベルに吹き飛ばされていたクレールを思い出していた。『ルミエール』の皆は今頃何をしているのだろうか。カルラというエルフ族にアルディナの手記を読んでもらって以来会っていない『ルミエール』の面々が、ひどく懐かしかった。
シルヴァンが寝ずの番をすると言って馬の方へ寄っていくと、シャルロッテがロッティの方に詰め寄ってきた。
「よーよーこんなときにしかじっくり話す機会ないんだし、ゆっくりしていこうぜー」
「……お手柔らかに」
もはやリベルハイトとしての威厳も冷酷さもない、ただの女性剣士のシャルロッテに警戒するのも馬鹿らしく感じたロッティは、その後シャルロッテの呂律の回っていない話に律義に付き合った。静かに星々が綺麗に輝いている夜空の下で、シャルロッテはいつまでも騒がしく盛り上がっていた。
シルヴァンの読み通り、カルトックスの繭は二日目にして十分量が集まり、一同は探索を終えて、その日の夕方に帝都に向かい始めた。行きと同じようにシルヴァンが馬を牽き、ロッティたち三人は馬車に乗ってゆったり過ごしていた。探索一日目の晩に騒ぎ過ぎた反動なのか、シャルロッテは不気味なほど静かになり、その騒動を何とか収めようとして見事に沈められていたルミアも疲れた様子で馬車で眠そうにしていた。ロッティはぼんやりと外を眺めながら、何となく、ガーネットたちやハルトたちは今何をしているだろうかと考えていた。
何事もなく無事に探索を終え、帝都に帰還し、馬車は『シャイン』の借家の前に到着した。
「それじゃあ、またね、ロッティ君」
別れ際、シャルロッテが穏やかな口調でそう告げた。ルミアにも同じように別れの言葉を掛けられ、シルヴァンには「出来次第……どこにいるか知らねえからそっちが適当なタイミングで来てくれ」と言われ、ロッティもそれぞれに答えながら『シャイン』の借家を後にした。最後までシャルロッテたちは手を振って見送ってくれた。
一週間ほどしか空けていなかったが、それでも久し振りに小屋に戻ってくると懐かしさと同時に胸の内から熱いものが湧き上がってくるような想いがしてきた。ロッティは浮き立つような思いでその扉を開ける。
「お、ようやく帰ってきたか。待ちくたびれたぜ」
居間でグランが力の抜けた様子でだらんと椅子に座り、テーブルに足を乗せていた。その向かいにはガーネットが静かに本を読んでいたが、やがて顔を上げロッティの顔を見た。
「お帰りなさい、ロッティ」
淡々と落ち着いた声が心地良く、ロッティは無意識に頬を綻ばせた。長い旅から帰ってきたような妙な達成感と優しい安心感に包まれ、じわじわと全身に疲れが現れ始め、緩やかに眠気が襲ってきた。ロッティはゆったりとテーブルの席に着き、そのまま突っ伏した。
「なあなあ、面白い話とか土産話はねえのかよ」
グランが嬉々として訊いてきたが、早速夢の世界に誘われかけていたロッティは、グランに申し訳ないと承知しつつも、そう訊かれて『シャイン』のメンバーとの出来事を思い出すのが億劫になっていた。
「うーん……あったかなあ、分かんないけど」
「なんだよ、よく分かんねえ奴だな。こっちはあるぜ。ついさっきまでな、ガーネットの奴」
グランが面白がるようにそこまで話した途端、テーブルを控えめに叩く音が聞こえた。振動が耳に直接伝わってきてロッティは顔を起こすが、その拍子にグランの頭とぶつけ合ってしまう。グランとロッティが同じように痛みに呻いていると、そのテーブルを叩いた音の方から蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「そ、その話は、やめて」
ロッティがもう一度顔を上げると、ガーネットが頬を赤く染め、潤んだ瞳でグランを睨んでいた。気になってグランの方を見るが、グランは情けない顔をしながらまだ痛みに呻いていた。その間にガーネットが「その話はしないで」と震える声で言葉を重ねてきた。珍しいガーネットの必死な様子に、それだけで何だか頬が熱くなってきて、ロッティはガーネットとグランに顔を見られないように再びテーブルに突っ伏した。眠気も徐々に薄れていったが、しばらくは眠そうな振りを続けた。
しかしそう長くは続かぬうちに、扉が開かれる気配がした。ばっと顔を上げると、それこそ本当に久し振りにアリスとバニラの姿がそこにあった。ロッティが口を開けパクパクさせている間に、脇から「おーっす」というグランの声が聞こえてきて、アリスもロッティの顔を認識するや否や「ロッティ!」とはしゃいだ声を上げた。
アリスはつい先日忙しかった課題試験が終わったらしく、今しばらくは、座学や実習は依然として行われつつも休憩期間ということでむしろこれまでより自由な時間が増えたのだという。それでもアリスは調子に乗って颯爽と城を抜け出してこないように意識して勉学に励んでいるらしいが、課題からの解放感に伸び伸びと暮らせているようであった。
「それなのに久し振りにここに来たらロッティがいなくなってて、私一瞬焦っちゃったよ」
その言葉から始まり、アリスはグランたちにもしたという、課題試験における苦労話を話してくれた。その話を聞いているうちに段々と混乱したり眠かったりしてきた頭がはっきりしてきて、ロッティも『シャイン』での出来事を話した。
「……もう大丈夫なのね、ロッティ」
話している途中、アリスがふいにそんなことを尋ねてきた。
「ああ……多分、だけどな」
ロッティは自信なく答えたが、アリスは下町の人に向けるような優しい笑みを向けてきた。その笑みに釣られて、ロッティの口角も上がった。視界の端でグランが複雑そうな表情で俯いているのが寂し気に映った。