高崎聡〈8月15日(日)④〉
文字数 1,007文字
四
今度は俺が黙る番だった。ともすれば遠い波の音にさえかき消されてしまいそうな火州の声は、未だかつて聞いたことのないものだった。はたしてコイツはこんなに小さかっただろうか。その片手を腰に当て、息をつく。もう片方の手でその口元を覆う。
「悪い。違うんだ。その、変な意味じゃなくて、何ていうか」
おいおい。何言ってんだコイツは。
「あれだろ? もしあのまま帰してたら、方向同じだからあいつが真琴を家まで送ってくだろ? それは良くないと思って」
あいつっていうのは水島のことか。それにしても「良くない」ってどういうことだ?
「だったらメガネ返ってきてから帰ったほうがいいだろ? それに」
「・・・・・・ちょっと待て。『メガネ返ってきてから』ってそれはお前、もう持ってかれちまったじゃないか。ここに残ったところで、今更」
火州はこの上なくきまり悪そうに頭をかくと、羽織っていたパーカーのポケットから何かを取り出した。息を呑む。青ぶちのフレーム。それは間違いなく、あの子のメガネだった。少し曲がってはいるようだけれど、充分修復できる域だ。
「なんでお前、それを・・・・・・」
火州は苦笑いすると、再びそれをポケットにしまった。泊まるのを思いついたのは本当にあの時で、それは言ったとおり水島とあの子を一緒に帰らせるのは「良くない」と思ったから。しかしその後、鮫島が親父と交渉しに離れたとき、ついていったら偶然あのメガネが落ちているのを見つけたそうだ。思い返してみれば、その時奴らが去っていったのと同じ方向に向かっていたのだという。確かに、奴らにとってそんなもの持っててもしょうがないが、見つけられたのは完全にラッキーだった。
「でもなぁ、それならそれでもう解決したからいいんじゃねぇの? これであの子も一人で帰れるし、何でわざわざ泊まる必要が」
「だからさっきも言ったが、その、俺は・・・・・・あいつを帰したくないんだ」
かぶせた言葉ににじむイラ立ち。陳腐な口説き文句とも思えるセリフとは裏腹に、火州はいつになく真剣な表情で言う。
「それは水島と帰らせるのが嫌だからで・・・・・・」
そのときだった。俺はかかっていたオブラートが、自ら発した言葉によって取っ払われるのを感じた。その衝撃に口をつぐむ。まさか。いや、まさか。
「火州」
波が、鳴く。
「お前・・・・・・あの子のことが好きなのか?」