飛鳥5〈8月1日(日)①〉
文字数 1,091文字
飛鳥五、八月一日(日)
一
気温三十五度、猛暑日。セミによる騒音パラダイス。今年は去年に比べて暑いと聞いてはいたが、マジで勘弁してくれと思う。きっとそうだ。だからその影響で、コイツまでどうにかなっちまったんだ。
なぁ、おい。
設定温度を下げても下げても気温の変わらない部屋の中で、俺は机に置いた携帯をペン、とはじいた。その落ち度に気付いたのは、花火の夜から三日後のことだ。
〈あれだ、もしもの時のためだ〉
そう言って真琴の携帯に自分の番号を登録したはいいが、俺が向こうの連絡先を知らなきゃ、まるで意味がない。そうして、鳴らない携帯ほど疎ましいものはない。
何やってんだ、俺。
もう一度ペン、と指先ではじく。次の瞬間、携帯がうなりを上げた。思わず腰が浮く。着信を知らせるバイブだ。相手は鮫島だった。
着替えて階段を下りる。こんな暑さの中出かけるなんてバカらしいが、相手が相手だ。
「おにいちゃん、どっかいくの?」
玄関に向かう途中で、背中からそんな声がした。振り返ると、礼奈が角の壁から顔だけ出してこっちを見ている。手招きすると、勢いよく走って来て俺の足に抱きついた。その柔らかい髪をなでる。
「きょう・・・・・・にちようび・・・・・・」
礼奈は太ももにしがみついたままつぶやいた。首が落っこちそうなうつむき方だ。
「あぁ、そうだったな。ごめんな」
休みに入ったから明日もいるから、と言うと、俺はその手を外してしゃがみ込む。礼奈はまだうつむいたままだ。
弱ったな、と思う。
その時「礼奈、わがまま言っちゃいけないんだぞ」という声が聞こえた。いつの間にか、さっき礼奈がいたところに楓が立っている。
「だって・・・・・・」
振り返った礼奈は、今にも泣き出しそうだ。
「そんなこと言ってたら、遊んでもらえなくなっちゃうぞ」
楓は片手に分厚い図鑑を持ったままだ。あれを見ている途中で泣き出されたくなかった
のだろう。
「それはやだぁ」
その小さな顔がゆがむ。俺は、小学生の楓と、保育園の礼奈のやりとりを黙って見つめた。この中では自分が一番無力に思えて仕方ない。もう一度ごめんなと言うと、その頭をなでた。
楓の方を向いてうつむいていた礼奈は、振り返って俺の首にその短い腕を回す。一瞬鮫島にまた今度にしてもらおうかと考える。しかしそうして離れると、楓の元へと駆けていった。
それを望んでいたはずなのに、なんだかやるせない気持ちが残る。
その後靴を履いて振り返ると、楓と礼奈が一緒になって手を振っていた。俺は笑って手を振り返すと、日の下に出た。