雅5〈7月31日(土)③〉
文字数 1,115文字
三
投げたボールが放物線を描いて落ちる。その軌道を訪れる季節ごとに器用に変える太陽は、いつの間にかその角度を下げ始めていた。時刻は十八時。薄紫に暮れなずむ空は、まだ赤みを残した雲が漂っていた。周りが薄暗いと、足下に伸びる影もまた薄らぼける。輪郭のあいまいなそれは静かについて回って、ともすればあたし本体ととって代わってしまいかねない。
まだ受け入れられない。
重い足取りは、条件反射であるかのように「一人になれる場所」を目指していた。校舎に入る。いい時間だ。じきに先生方が戸締まりを始めるだろう。それまででいい。それまででいいから、少しだけ。突き当たり、生徒会室のドアを引く。
「えっ」
声が漏れた。そこにいたのは水島だった。
「どうしたんですか」
白い二の腕。袖をまくり上げた肩にはナイロンのバッグがかかっている。ただでさえ東の端に位置する部屋だ。ほとんど真っ暗に近い。その目の水分だけが、光を跳ね返した。
「こっちのセリフよ。何してんの」
電気をつけると一瞬その目が細まった。水島も部活帰りだったようだ。長めの短パン。格好がバスケ部そのものだった。
「部活が終わった所です。一年はまだ部室が使えないので、ここを使わせてもらっています」
個人ロッカーの使用は自由だ。「そう」と言うと、室内の突き当たりにあるデスクの引き出しを開ける。水島が荷物をその場に下ろした。
「手伝います」
「結構よ」
取り出した書類一式。それはここにいるための言い訳だった。水島はロッカーを使用するためにここに訪れた。つまりもう用はない。ならばお願いだから早く一人にして欲しい。本当はこんな書類なんて見たくもない。
「いつまでそれを続けるつもりですか」
不服を音にした声。強めのため息は苛立ちの表れ。無遠慮な足音がした。
「貸して下さい」
強引に書類をとって行かれる。変わらない表情。室内の広さに比べて近い距離に圧力を感じる。微かに汗のニオイがした。
「・・・・・・何ですか、これ」
紙面を走っていた目が、何枚目かで止まった。あたしはその訳を知っている。だから「何でもないわよ。返して」とその書類を奪い取った。釘付けになった視線も一緒についてくる。大きな目。責められているように感じた。
『前期会計報告書における用途不明金について』
唇を噛みしめる。当然だが、領収書のない金銭の授受は受理されない。それらは全て用途不明金として計上される。多少なら目をつむってもらえる事もあるが、今期は額が多すぎる。
分かっていても動けない。動きようがない。不足分の領収書なんてどこにもない以上、どうにも処理できないのだ。