聖３〈６月２３日（水）③〉

　　三

「･･････生徒会のつながりです」
　その人は、今度は声に出して笑った。
「俺、雅ちゃんの何なのって聞いたんだよ？　さっきちゃんとかみ砕いて聞き直したよね？雅ちゃん主体の、お前はどういう存在だって聞いてんの」
　つながりは聞いてねぇ。会長って呼んでる段階でそんなの勝手に分かってるから、とその場に腰を下ろした。何というか、僕自身のふがいなさ以上に、この人のこの余裕にこそ腹が立った。
「･･････後、輩です」
　手のひらに爪が食い込む。くやしい。細かいことを集めたところで、会長と僕はそれだけの関係でしかない。実際に口にしてみて分かったのは、僕は会長と友人と呼べるほど親しくもないし、対等でもないというごく当たり前の現実だった。例えばこの人が呼んで会長が応えることはあっても、僕が呼んで会長が応えることはきっと、ない。目の前の男の喉を食い入るように見つめる。
　しかしだからと言って彼に対して引け目を感じることはないはずだ。何故なら、僕が興味あるのは会長の表面だけで、中身などどうでもいいから。仮に別の男と関係していたとしても、僕はその身を護ればいいだけのこと。僕自身の身の振り方に影響はないのだ。
「でも会長は、男性が嫌いだそうですが」
　それでもなんとなく悔しくて付け足す。少しでも動揺する様を見たかった。ただ、
「あぁ、まぁ、そりゃあ、な」
　その反応は僕が予想していたものと全く違った。急に言葉の歯切れが悪くなる。優位に立つつもりで出した情報があえなく飲み込まれるのが分かった。その後、長いため息が廊下を伝った。唐突に嫌な予感がした。
「･･････そういうの、はったりって言うんだよ。ロクな情報もねぇクセに戦おうとする気が知れねぇ。それは本人に対しても失礼だ。ましてや万が一にも俺にきくと思うなよ、ガキ」
　純度の高かった日の光が、橙を含む。そうっとそうっと照らす対象をかえていく。
「間違ったコトが一人歩きしないように言うが、今後二度とそのこと口にするんじゃねぇ」
「分かったな」と念を押される。僕はその後、相手に求めた反応を自らが体現する事となる。

　一年前の話だそうだ。
　会長にとって中学三年生の冬、当時彼女には付き合っている人がいて、でもそいつは会長を自分の装飾品としてしか見ていなかった。ただ、その男が思っていたよりも彼女は周りにとって「稀少」な存在だった。彼女によって初めてその身に羨望のまなざしが集う。ついぞ縁のなかった圧倒的な優越感、は、けれども同時に男のプライドを刺激し、狂わせた。そうして「貴重な装飾品」として正しい使い道に気づく。転売で利益を得る。つまりは複数の男に彼女を売ったのだ。
「その前を通りかかった時、中から悲鳴が聞こえたんだ。何だと思って入ったら四人の野郎がいて、内三人が一人の女を組み敷いてた。そん時火州が一緒にいたんだけど、あいつが真っ先に突っ込んでったから、俺は残った一人の相手をすることになって、でも相手するっつっても、何もしないうちに金やるから許してくれって言われちゃったんだけど」
　あぐらをかいた膝の上に肘をつく。自嘲気味にその口角が上がった。
「笑っちゃうよ。出したの、たった三万。そんだけだ」
　三人分。一人一万。たった一万で彼女を
「まぁ未遂で済んだからよかったんだけどね。そん時高崎･･････あの前保健室に来たでかい奴な。あいついなかったから、正直でかい奴来たらやだなーって思ったんだけど、真っ先に伸びてたの一番でかい奴だった。ズボン下げたまま、もう別の意味でイッちゃってた」
　笑う。その目は据わったまま。膝を立てる。
「･･････あいつは元々ケンカ慣れしてるけど、一旦キレちまうと完全に自分を見失っちまう。持ち前の筋力にモノ言わす代わりに、正常な判断が出来なくなっちまって、そん時ばかりは結果オーライだったけどな」
　そこまで話すと、ようやく大きく息を吸う。沈む直前、紅の夕日が光沢のない白の壁面を照らしていた。
　この人の仲間がどうこう。そんなことどうでもいい。自分には必要のない情報だ。
　目の奥が焼ける。僕はまだ、まともに息ができない。
　会長は。会長のことだけが僕を占めていた。