雅6〈8月15日(日)②〉
文字数 1,193文字
二
行き交う人皆が皆飛鳥様を見上げる。見上げて、息を潜めて振り返る。うれしそうな女性に対して、どこか不満げな男性。ただそれも全員が全員という訳でもないようで、男性の中にも見とれて足を止める人もいる。
「今日ってどうしてこのメンバーで来ようと思ったんですか?」
やっと追いついて隣に並ぶ。走ったせいで鼻の穴が膨らんでいる気がして、手で口元を覆った。飛鳥様は前を向いたまま答えた。
「いや、特には考えてなかったが、鮫島が・・・・・・」
そこまで言った所で押し黙る。「いや、何でもない」と言った時の視線は揺れていた。
時刻は十四時を回る。人によってはパラソルをたたみ始めている。頭で考える以上に明るい場所では体力を消耗するのだ。それと同時に、にぎやかだった出店もたたみ始めた。自然とまだやっている所を探す形になる。
「鈴汝」
呼ばれて振り返る。浮かない表情。さっきから飛鳥様は考え事をしていた。邪魔してはいけないとあたしも大人しくしていたのだけれども、呼びかけたっきり再び黙り込んでしまう。手を当てた口元がもぞもぞ動いている辺り、言葉を選んでいるのかもしれない。それにしても浮かない表情。何だか不安になってあたしの方から催促してしまう。
「何ですか?」
飛鳥様は「うん」と答えるが尚も言いよどむ。永遠に続くかに思われた沈黙は、突如止められた歩みとともにようやく打ち破られた。
「鈴汝、お前・・・・・・SとМだったらどっちがいい?」
「・・・・・・え?」
一瞬離れた喧噪が戻ってくる位の間が開く。が、待てど暮らせどその後何も付け足される事はない。という事は、今はもうあたしの返事待ちなのだ。あわてて頭をフル回転させる。
え、実はそういった趣味がおありで、これは単純に「俺の趣向に合うかどうか」を知りたいということ? だとしたらこの二択は絶対に外してはいけなくて、飛鳥様は見た感じМっぽくないから、やっぱりSなのかしら? それならあたしはМと答えるべきよね。でももし逆だったら? え、そうよね? そういうことよね?
一転黙り込んでしまうと、飛鳥様は困ったように笑いながら「いや、別に無理に答えなくてもいい」と言った。このままでは終わってしまう。せっかくあたしを知るために聞いて下さったことなのに。そんな不甲斐ないこと、あたしには出来ない。
「え、Мです」
勇気を出して一か八かの可能性に賭けてみる。飛鳥様は目を丸くすると「そうか」と再び歩き出した。
・・・・・・えっ?
波打ち際まで来ると、やけに水の音が響いた。まぶしい光。目をつむっても、今目の前にある光景はシャッターを切ったように広がったままだ。辺り一帯を覆う、磯の香り。
戸惑いが口に出ていたか分からない。再び離れていく背中を、食い入るように見つめる。
飛鳥様、
「水島か」って、何のことですか?