飛鳥1〈4月15日(木)④〉
文字数 664文字
四
「飛鳥様」
「だから様付けはやめろって」
まっすぐ向かってくる声。向かってきているのは声だけではない。そんなこと、とっくに分かっている。手持ち無沙汰でポケットに手を突っ込む。小銭と、ここのドアに使う鍵がこすれて音を立てた。
「いいえ、飛鳥様は飛鳥様です」
鈴汝は怯まない。いつだって正面から向き合おうとする。
「雅もここに来たいです。飛鳥様がおられる時でなくとも」
風が出てきても関係ない。まっすぐ届く声。
走る緊張。その手元が落ち着きをなくす。
「だから、その、合鍵、を、つくらせていただけませんか?」
上げた目。その表面に張った膜。俺は予想しなかったことに驚くが、すぐに断った。今度はこっちが視線を外す。
「ここは三人の秘密基地なんだ」
「では雅もその仲間に入れてください」
「それは俺だけが決めていいことじゃない」
ポケットのの小銭が音を立てる。形を変えた、貧乏ゆすり。
「それに基本屋上は立ち入り禁止だ。生徒会の人間がいていい場所じゃない」
鈴汝はまだ何か言いたそうだったが結局うつむいた。
「でもたまに遊びに来る分にはいいですよね?」
うかがう顔色。仕方なしに「あぁ」と答えると、ようやくその頬が緩んだ。
鈴汝はかわいい。
かわいくて、かわいくて、ただ。
「また来ます」
鈴汝はその後、肩までの短い髪を揺らしながら階段を駆け下りていった。
その足音が聞こえなくなると同時に、上から深いため息が降ってくる。
きっと俺の頭上には白い煙が充満しているんだろうな、と思った。