真琴2〈6月14日(月)②〉
文字数 1,107文字
二
寒い。高校の水泳の授業なんてほとんどお遊びみたいなものだ。ただ、寒い。プールサイドに一列に並んで、両手をつないで背中から水に落っこちるとか、じゃんけん列車とか。おかげさまでほとんど泳げない自分も楽しむことが出来た。が、いかんせん寒い。
合間に自由時間があり、慶子と二人、プールの角る陣取る。
「だから違うって! さっきのは本当に偶然で」
「ウソウソ。『あっ・・・・・・ごめんなさいっ・・・・・・』って」
「そんな言い方してないってば! ちょっと、怒るよ!」
「うひひひ。冗談だってば」
慶子は顔中を口にして笑っている。この距離なら表情もはっきりと分かる。
「水島君、気付いてくれるといいねー」
「ちょっと! 声大きいって!」
「大丈夫だってば」
慶子は私の手をかわしながら、少しだけ離れたプールの段差にもう一度手を掛けた。
高校に入って一ヵ月経った位から、無意識の内にクラスで一人の男の人を目で追うようになる。
水島聖君。クラスの男子生徒の中で、彼はひときわ目を引いた。寡黙でよく本を読んでいる。この間は夏目漱石の「こころ」だった。教科書にも掲載されているが、それは物語のクライマックスのほんの一部だけで、本当に読みたかったらそうして自ら手を伸ばすしかない。それでもそのために時間を割ける人はどれだけいるのだろう。素直にいいなぁと思った。
つい頬がゆるむ。見られないように手の甲で水を拭うふりをする。
実はつい先ほど、更衣室前でぶつかってしまったのは水島君だった。焦って顔も見ず来てしまったが、確かにあの声はそうだった。
筋張った左腕。かすかにその感覚が残っている気がする。
物静かなイメージとは裏腹に、水島君はバスケ部だ。ポジションはガードで、ドリブルが得意。知っていてもその二の腕は思った以上に固かった。相手が水島君と分かっていれば、あるいはもう少しつかんだままでいたかもしれない。
ちなみに身長はたぶん部員の中で一番低くて、そのせいかよく購買で牛乳を買っている。かわいい。そんな訳で、何となく、惹かれているのだ。
「今、水島君の事考えてる?」
振り向くと慶子が笑いながら背面で泳いでいくところだった。それをこんな感じでいいようにネタにされているわけで。
「考えてない!」
「うっそー」
今回反省した事。自分の恋愛事情を話すときは、まずネタにされるのを覚悟すること。
凍えそうなプールの時間は、けれどもいつの間にか終わっていた。いつもより早鐘を打っていた心臓が相対性理論を利用することで免れた苦行。それは見方によっては水島君に守られたと言えなくもなかろうか。