飛鳥3〈6月19日(土)④〉
文字数 1,474文字
四
声のトーンは変わらない。俺はようやく鮫島と向き合う。
「あぁ、鈴汝・・・・・・」
その瞬間、保健室で見たものがよみがえる。
「何で鈴汝が。何であんなことになったんだ。一体どんな関係があるっていうんだ。おかしいだろう刃物持ち出すってだけでも」
すると、黙って聞いていた鮫島が静かに口を開いた。
「本当に何も分かんないの?」
傷ついたような表情をしている。いや、本当に傷ついていたのかもしれない。
「雅ちゃんが何を思って、何であんなことしたか本当に何も分かんないの?」
明るさを失っていく室内。階段の下から漏れてくる明かりが、うすらぼんやりとその顔半分を照らした。壁に映った大きな影。
「教えてやるよ。雅ちゃんは元々、あの子とは何のつながりもない」
「は? じゃあなんで」
「なんでじゃねぇよ!」
轟音。座ったままなのに、その声は全ての壁を叩くようにして響いた。普段最低限の力でしか動かない鮫島の、だからこれは必要な爆発だ。刺すような視線。
「テメェが」
そこまで言ったところで我に返ると、つんのめるようにして続くセリフを飲み込む。泳ぐ目。その後長いため息ひとつ、
「・・・・・・悪い」
後ろを向くとタバコを取り出し、火をつけた。
「・・・・・・」
呆然とその様子を見つめる。嫌な予感がする。乾いた喉が鳴った。
「まさか俺が」
嫌な予感がする。思い上がりであって欲しい。
「俺があいつらをこんな形でつなげたのか?」
鮫島はこっちに背を向けたまま、ゆっくりと息を吐いた。もうもうとした煙が完全に見えなくなってから口を開く。
「・・・・・・違う、俺だ。俺が言った。俺が雅ちゃんに、お前が最近一回の教室行ってるって言って『黒髪メガネのあの子がいつも会いに行ってる子だ』って教えた」
聞き方によれば独り言にも思えたそのつぶやきは、ギリギリ俺まで届いた。
俺は何も言えない。いつの間にか周りが見えなくなっていた。鮫島も高崎も鈴汝も、当たり前にずっとそこにいるもんだと思っていた。
「・・・・・・悪い」
鮫島は首を横に振った。その丸まった背中。
「雅ちゃんはさ、」
そこから漏れてくる小さな声。
「構って欲しかったんだよ、きっと。ずっと一緒にいた自分を差し置いて、ひょっこり現れた下級生にばっか構ってたら、面白くないと思う」
タバコの煙が充満する。鮫島は自分に言い聞かせるように言った。
「うん。その不満は大好きなお前には向けられない。直接あっちにぶつけちまったんだ」
その背中はいつもと違ってただ細く、頼りない。ようやく後ろ手をついた時には、どこか吹っ切れたようにも見えた。
「なぁ火州」
鮫島が天を仰ぐ。日に焼けたつむじ。そのままの状態で続ける。
「お前、いい加減はっきりしてやれよ」
独り言にしては通る声。それは、ちゃんと俺に向かって言っていた。
「あのままじゃ、かわいそうだ」
突きつけられる。いつかは向かい合わなければいけない。ただ先延ばしにしていただけで。分かっていた。分かってはいた。ただ、
こっちを向いていない事をいいことに、その後ろ姿をじっと見つめる。
必要な爆発。
その一方で、ようやくいつもの状態に戻ってきた頭は、何をきっかけにそれが起こったのか勝手に探し始めていた。鮫島自身のためではなかった。かといって単純に鈴汝を思ってのことだとしたら、その中にはとんでもない熱量が隠れていることになる。
その筋張った背中。ついた指に挟まったタバコ。
少しだけざわつくのを感じた。