飛鳥3〈6月19日(土)①〉
文字数 980文字
飛鳥三、六月十九日(土)
一
まばたき一つで別世界に飛ばされた気がした。目を開けて見えたのは灰色の天井。そこが「屋上の屋外に続くドアの前の踊り場」だと分かるまで少し時間がかかった。
めまいがした。起き上がった時、頭の重さを支えきれない。それでも動かずにいれば多少落ち着いた。しかし今度は腹から何かがこみ上げてくる。
ヤバい。吐きそうだ。
はって壁ぎわまでたどり着く。
くそ。鮫島か。
昔ケンカした時に味わっていた。アイツは一発で相手を黙らせる。
大きく息を吸って、突き上げてくるものを何とかやり過ごす。だが落ち着いてきたのもつかの間、足音がして俺は神経を尖らせた。
「お、起きてんじゃん」
しかしそんな必要はなかった。おはようおはようと、この上なく陽気に手を振りながら階段を上がってきたのは高崎だった。
「・・・・・・!」
返事をしようにも、声はでない。生唾ごと飲み込む。まだ突き上げてくる。口の中が苦い。
「あー鮫がやったからな。もうすぐあいつも帰ってくると思うけど」
のんきに目の前で座り込むと、ニンマリ笑って高崎は続けた。
「でもあいつは悪くないぜ? お前が暴走しちまったんだからしょうがなかったんだ」
そうしてあぐらをかいた膝に肘を乗せ、あごをなでる。
「それにしても久しぶりだな。お前がキレんの。え、何? あの草進って子がらみ?」
それどころではなかった。突き上げてくる吐き気と戦っている最中で、だから自然と前かがみになる。高崎はそれを「草進って子がらみ」と捉えたのか、何度かうなずいた。
「話はまたゆっくり聞かせてもらう。だがその前に鮫が話したいらしい」
俺は席外すぜと言うと、鮫島と入れ替わりに階段を下りて行った。
高い位置にある窓から入ってくる光は、相変わらずぼけた灰色をしている。今何時なのかまるで分からない。どしゃぶりだった雨の音も聞こえない。ドアの隙間から入ってくる生ぬるい冷気がべたべたと身体にはりついて来る。
「起きたか」
鮫島は最後の一段を上りきると、タバコのパッケージを外して中身を一本取り出した。フィルムの音が響く程の静けさ。鉄臭さが鼻につく。苦い。五感が研ぎ澄まされる。この感覚、どこかで感じたことがある。
あぁ、そうだ。ケンカをする前に感じる、緊張感。
緊張感、だ。