鮫島勤①〈7月25日(日)⑥〉
文字数 936文字
六
さっきから長いこと、右頬の辺りに視線を感じる。気づかないフリをして花火を見上げるも、まるで落ち着かない。
何だよ。
振り向くと、彼女はあわてて目を逸らした。その視線を追う。黄色の浴衣に身を包んだ彼女。その全身に散った、優しい色の花。花火が上がるたびにその色を照らす。
生暖かい風が流れる。りんご飴、綿菓子。決してそれだけでなく、甘い香りが漂ってくる。
非日常。
深く、響く、音。
何故そうしたのかと聞かれても、正確な答えは用意できない。そうだな、言葉にしたら「なんとなく」したかったからそうしたとしか言いようがない。
それはしっとり吸い付く。彼女の唇は信じられないほど柔らかくつぶれるのに、離して見るともう元に戻っていた。次の瞬間、思いっきり噛み付いてやりたい衝動に駆られる。
彼女は、目を見開いたまま固まっていた。意外だったのは泣き出さないことだった。たった今自覚したのだが、そうして俺は少なからずそれを期待していた。はたしていつからだろう。話しをする中で思っていたが、どうも俺は、この子が悲しむのが好きらしい。こんな言い方をすると、サディスティックに響くかもしれないが、うん、たぶんコントロールできると感じた相手だからこそ、起こった感情なのだろう。それは彼女が年下だからこそ可能であり、だからそれは他の誰かさんにも通ずる。
普遍の、確か、で、絶対、の安心。
弱さにつけ込み、彼女の中にそれを見出そうというのだから、とんだお笑い種だ。
「護るべき友人」
言葉にすればする程、空っぽの中身が浮き彫りになる。
俺は、手元にある袋からタコのぬいぐるみを渡した。それには目にするたびによみがえらせる記憶のほかに、もう一つの思惑が潜んでいた。
彼女がそれを持って戻ったときの、水島の顔。
俺にとって何か劇的な変化が起こったとするならば、
「あいつ」面白いよ。「あいつ」
目に浮かぶようで、愉快でたまらない。そうして彼女に背を向ける。
「水島君によろしく」
新しいおもちゃを手に入れたとき、俺はこんな風に笑っただろうか。
俺は、なかなか元に戻らない吊った右の頬を手で直しながら、謝らなければならない高崎の元へ向かった。