高崎聡〈8月15日(日)③〉

文字数 1,511文字



  三

 備え付けの冷蔵庫がブゥン、と鳴る。火州が息を止めるのが分かった。時計の音が室内に響く。合間に波の音が聞こえた。宿に着いてから降った雨はもう止んだようだ。薄く開けた窓からは潮の香りがする。肌に吸い付くような空気。
「あ、あぁ・・・・・・あれは・・・・・・」
 目を覆ったままだが、その動揺を空気が伝えた。続くはずの言葉が続かない。俺はそれを待った。今夜は長くなりそうだ。どれだけの時間が経っただろう。結局待ちきれず再び声をかけようとしたその時だった。コンコン、とドアを叩く音がした。
「飛鳥様、高崎先輩、ご飯だそうです」
 雅ちゃんだ。飯は一階の食堂で食べる。俺は起き上がって「あーありがとう」と声を張ると立ち上がった。火州はまだ一点を見つめたまま動かない。
「飯先食おうぜ」
「あ、あぁ」
「いいぜ、無理に答えんでも。悪かったな」
 いずれ鮫が同じようにこいつを追い詰めるだろう。そう考えた時、俺が今こうして答えを強要するのは無意味な気がした。ドアを開けると隣の部屋にも声をかけた。
 心配したが、あの後それぞれ家に連絡がついたようだ。宿泊については、女の子二人の行方が気がかりだった。
「うちは大丈夫ですわ」
 雅ちゃんはそう言ってにっこり笑った。しかし、問題は「真琴ちゃん」の方で、
「お父さんが・・・・・・迎えに来るって・・・・・・」
 と、消え入るような声で言った。これは大変である。あろうことか、まんま正直に状況を説明してしまったらしい。そりゃ男四人と泊まると言ったら、学校行事で先生がついてない限り好ましいことじゃないだろう。クーラー利きすぎじゃねぇか? 室内の温度が一気に下がる。しかし、だ。「真琴ちゃん」が無事帰れるなら俺たちもここに泊まる必要はない訳で。俺は右隣に座った火州を見る。火州は目をぱっちり開いたまま固まっていた。
 おいおい。
 俺はたまらず声をかける。火州は身体を強張らせて「お、おう」と返事をするものの、その様子はほとんど変わらない。右隣にいる鮫が火州の皿からマグロの刺身をとっても気付かない。それを見ていた水島が鮫の皿からから揚げをとって、それに気付いた鮫が怒り出してもなお、気付かない。

「・・・・・・あたし、ちょっと真琴のお父さんと話してみます」
 とうとう空気を読んだ雅ちゃんが席を立つ。火州は「おう」と言ったっきりだ。その腕を引き上げる。
「火州、出るぞ」
 潮を含んだ風。生暖かいそれは、人肌の温度でまとわりつく。廊下に出て左に折れた所では、雅ちゃんが丁寧な口調で話をしていた。さすが生徒会長。頼りになる。
 その後俺たちは突き当りまで進んでもう一度右に折れた。部屋は三階で食堂は一階。ここからは普段の目線で外の景色が見えた。
「・・・・・・おい火州。お前何か話すことあんじゃねぇのか?」
 俺はつかんでいた手を離すと向き直る。
「なぁ」
 俺は、その言葉を待つ。なぁ、俺たちは「絶対」だろ?
「なぁ」
 俺は火州が口を閉ざして下を向いているにも関わらず、その両肩を掴んで揺さぶった。
 磯。夕立の残り香を強く感じる。俺は一体どんな顔をしていたんだろう。ようやく上げた火州の顔が、さっと強張った。その後続いたのは「悪い」という聞き慣れたセリフだった。俺はその肩から手を下ろすと、一歩後ろへ下がった。
 混乱する。頭が、混乱する。鮫。鮫、ここに来てくれないか。鮫。
 もうムリだと諦めた俺に対して、火州はそれからようやく口を開いた。火州は俺の想定をことごとく裏切る。俺は混乱した頭でそれを耳にする。
「高崎、悪い。俺・・・・・・あいつを帰したくないんだ」


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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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