聖6〈8月15日(日)⑥〉
文字数 1,373文字
六
「飯! 俺かき氷!」
かき氷のどこに飯の要素が入ってるか分からないが、その後鮫島先輩による「先輩特権の行使」により、僕と草進さんが食料調達に駆り出される。しかし、
「あ、れ?」
草進さんはその場に膝をつくと、再び立ち上がれないでいる。慣れない砂浜での運動に、足が悲鳴を上げたのだろう。
「何よもう、だらしないわね」
ちなみにその直接的な原因は、おそらく最初にやっていたスパルタ系の遊びによるものだと推測される。何にせよ結果、自然と二年生の鈴汝さんが一緒に行くことになる。
チャコールグレー。色味のせいで湿度を感じさせる砂浜は、ビーチバレーをしていたような波打ち際を想定して油断すると、途端に牙をむく。極限まで水分を奪われた砂を蹴り上げてしまったが最後、爪の中まで焼かれてしまう。途中、出店はいくつもあった。けれどもどこも同じように長蛇の列をなしていて、待たずに買える所を探した結果、堤防沿いを歩き続けることになった。無機質な何かが反射する。強烈な光に目を細めると、斜め前を見た。鈴汝さんの上半身を丸ごと覆っているタオルにはヨネックスのロゴがプリントされている。青と緑のライン。バスケで言うアシックスみたいなものだろう。
「あの、」
女性にしては信じがたいスピードで進んでいた足が止まる。振り返ったその顔の前には手がかざされている。
「何」
その立ち姿。相も変わらず見事に様になっている。険しい目元だけ差し替えれば、そのまま雑誌の表紙を飾れそうだ。
潮騒。ぎゅっと手のひらを握りしめる。この考え方がいいとこ取り。自分都合の根源に違いない。
「テニス、好きなんですか?」
言った傍から何てまぬけな事を聞いているんだと後悔した。好きだから部活に入っているのだ。思った通り鈴汝さんは眉間にしわを寄せると「当たり前でしょ」と言った。まっすぐな背筋。
「どこが好きなんですか?」
「どこが? 好きなものは好きでしょう。別に理由なんてないわ」
「それでも好きになったきっかけはあったんじゃないですか?」
「きっかけ? きっかけ・・・・・・」
鈴汝さんは顎に手を当てて考え込むと、わずかに顔を傾けた。日の光がその表面を容赦なく焼いていく。驚いた。僕はてっきり「うるさいわよ」とか「関係ないでしょ」とかそんな風に軽く一蹴されると思っていた。
人通りが多い。中途半端な場所で立ち止まってしまうと邪魔になるため、さりげなく歩を進める。僕の半歩後ろをついてくる眉間にはまだしわが寄っている。
「日焼け」
その顔が上がる。それと同時に顔の前に傘をつくる。
「日焼け、ずっと気にしてますよね。それでも足首にくっきり色の境が出来る位、好きなんですね」
「違うわ。元々焼けるのが嫌だった訳じゃない。ただ屋外の部活は夏は特に『黒光りしてる』とかいじられるから気にするようになっただけ。この焼け方だって格好悪いし」
ほんと、嫌んなっちゃうと言いながらタオルを頭からかぶる。その両端を顔の横で持つ姿は、静御前を連想させた。僕は前を向く。
「それでも好きなんですよね」
潮騒。何も変わらない。歩く速度も太陽の角度も人の多い浜辺も。でもわずかに、ほんのわずかに、空気が緩んだ。
「そうね。きっかけなんて忘れたわ。いつの間にか傍にあったもの」