真琴3〈6月19日(土)③〉
文字数 1,336文字
三
教室内にはまだ数名のクラスメイトが残っていた。その人たちは、私と火州先輩のやりとりもれなく無料で鑑賞することができる。時に閉鎖された空間内で、人は何かにつけて目立つ人間を排除したがる。普段目立たない女子が、おおよそ自分たちには縁のなさそうな怖そな上級生と関係している。それが周知の事実となることだけは避けたいのだけれど、
「草進さんっておとなしそうに見えるけど、実はそうでもないんだー」
「ほんと。人って見かけによらないもんだねー」
そんな声が、窓際でごはんを食べている女の子二人組から聞こえてきた。氷川さんと月ノ下さんだ。大声でないでにも関わらず、その声はざわつく教室内をすり抜けてあたしの耳に届く。
心臓が嫌な音を立て始める。背筋がざわざわする。
今日こそ「もう関わらないで欲しい」と伝えよう。あたしは普通の高校一年生。それ以上でもそれ以下でもない。そうと決めたら、とっとと図書室に行って、とっとと伝えて、そんでもってとっとと練習に行こう。
気合を入れて教室を出る。
その後渡り廊下に向かって歩いていくと、壁にもたれるようにして一人の女性が佇んでいた。忘れるにはその美貌は強烈すぎた。この間図書室の近くで見かけた人だ。
「草進、真琴さん?」
「・・・・・・え、あ、はい」
見とれていたため、返事が遅れる。その人は柔らかく微笑むと、右手を差し出した。
「そう。初めまして。二十六(HR)の鈴汝雅よ」
その表情。前見た人とはまるで別人だ。私はあわてて頭を下げると、その手を握る。しっとりとした柔らかな手だった。しかしつかんだ途端スッと引かれる。
心なしか雨脚が強くなる。湿った空気が流れ込む。少しだけ、肌寒さを感じる。二年生の先輩が、一体私に何の用があるというのだろう。
「あなた、飛鳥・・・・・・火州先輩と仲がいいの?」
「・・・・・・え?」
余計なことを考えていたせいで質問に反応するのが遅れたが、全力で否定する。
「ち、違います! あ、えと、あの、火州先輩はよく分からないんですけど関わってくるだけで・・・・・・決して仲がいい訳ではありません」
「そう」
変わらないはずのその笑顔が、少しだけひんやりしたように感じる。
「あの、すいません。今から図書室行かなきゃいけないんで」
そう言ってその脇をすり抜けようとするが、突然手首をつかまれた。信じられないほど強い力だった。
「ごめんなさい、あたし体調悪くて・・・・・・保健室に連れて行ってもらえないかしら。あたし自分で保健室行ったことなくて、どこにあるか分からないのよ」
ウソだ。丸一年いて知らないはずがない。
第六感を通さずとも、関わらない方がいいと判断できた。だから何とかして逃れたかったが、得体の知れない大きな力に抑えつけらて身動きがとれない。
雨音が騒音レベルに達する。観念してうなずくと、鈴汝先輩は目元を和らげて「ありがとう」と言った。そうは言っても、つかんだ手を離すつもりはないらしい。
湿度は飽和水蒸気量を超える。これ以上空気に水は溶けない。だから残りは具現化されて無機物を覆う。ひんやり、なぞれば指の跡がついて、そこにこれから起こること全てが映る。