聖17〈3月5日(土)〉
文字数 7,557文字
一
なんということだ。
〈バスで一本なんだけど、学校のふもと、西の大通りを走るバスも同じルート通るから、それに乗ってそこからだと三、四つ目で下りるの。高架線くぐって次のバス停ね。そこまで出てくわ〉
了解して一旦分かれると、すぐさまチャリにまたがり地面を蹴った。
立ちこぐ。下り坂? 知るか。こちとらそんな些末なこと気にかける余裕なんてない。
余裕なんてない。
飛び込むようにして自室に入ると同時に、着替え、歯ブラシ、タオルなど必要な物をバッグに詰めていく。鮫島先輩とのやりとりで慣れているため、泊まりで欲しくなる物は一通り分かっていた。そんなことより問題は
タバコのパッケージと目が合う。見つめ合うこと数秒。
分かってる。心のやりとりが大事なのは重々分かってる。でもあれからロクにスキンシップをとっていない僕からすると、もう飢餓状態もいいとこで、だからと言って部室を使うようになった僕が鈴汝さん目当てに生徒会室に顔を出してばかりいたら、それこそ「それ目的」と思われてもおかしくない。嫌われたくないし、嫌がることはしないつもりだけど、それにしたってもうちょっとなんかこうお互いの気持ちを確認できるような、そんなやりとりを欲することは悪いことなのだろうか。
「・・・・・・にしたっていきなりキスして、はないかぁ」
なぁ、お前どう思う?
僕はそれをつかむと、バッグに詰めた。ファスナーを閉める。念のためだ。あくまで念のため。万が一ということもあるから準備しておくに越したことはない。
「どうぞ上がって」
人気のない家の中。通されたのは二階の自室だった。親は仕事の関係で土日は帰ってこないのだという。かき入れ時と言うからにはサービス業なのだろう。コンビニで調達してきた夕食片手にそのまま上がる。
人の家というのはかぎ慣れないニオイが常で、場合によっては抵抗があるケースもあるが、鈴汝さんの家はよく分からないけどいい匂いがした。
「急だったから全然片付いてないけど、その辺好きに座ってね」
六畳ほどの広さの部屋に敷き詰められたぬいぐるみ。桃色が大半を占める室内に、彼女はよくなじんでいた。普段からは想像がつかない部屋着のピンクは、それほどまでに個の色を変えた。
身の置き所が定まらず、ドアの近くに腰を下ろそうとすると「そこ内開きだからこっちにして」と言われた。
「失礼します」
ベッドの頭の方。僕は荷物を置くと、頑張ってそっちを見ないようにした。
二
「食べますか?」
取り出したのはプリン。鈴汝さんは目を丸くすると「ありがとう」と手に取った。
「ついでだったので」
まっすぐな笑顔を見慣れていないため、どぎまぎしてしまう。今までの行動の中で見えたのは、この人は生粋の甘党だということ。ものの十五分足らずで夕食を終えると、うれしそうに頬張る。
「ねぇ、さっきあたしが最初に声かけた人がタカノさんでしょ? 他どんな人がいるの?」
口の端にカラメルソースをつけたまま目を輝かせる。糖分とはこうも力あるものなのか。僕はその口元を指で拭うとなめとった。片手で携帯を操作する。
「これ、夏の強化合宿の時の写真ですけど」
集合写真だとどうしても見づらい。個々のものになるとどうしても主力メンバーに偏ってしまうが、仕方なかった。
「これがキャプテンの円さん。この人は知ってますよね。野上さん。高野さんでしょ。あとこれが杉下さん」
「さっき入口で会ったのは」
「あれは山崎さんと川崎さん」
「追っかけて来たのは」
「山川と上杉さん」
集合写真をアップにする。のぞき込む鈴汝さんは楽しそうだ。
「先に聞いておけば良かったわ。球技大会、もっと楽しめたかも。このマドカさんって人すごかったわよね。ずっとマーク二人ついててやりづらそうだったけど。あとノガミさん! パスもらってすぐ打つじゃない? 簡単に放ってるみたいなのによく入るわよね。タカノさんも安定感があって、見ていて安心できるって真琴と」
無防備に笑うその表情が、次の瞬間曇る。何を考えているか手に取るように分かった。
「草進さんも一緒に見てたんですよね」
「ええ。あの子なんて泣きそうになってて」
続けて「ごめんなさい」とつぶやく。
「事実でしょう」
その視線が揺れた。
「でもあなたのこと、本当に大事だと思ってるわ」
「分かってますよ」
息をつく。
「分かってますよ。草進さんとのことがあなたにとってどれだけ強く」
それは、完全な不意打ちだった。鈴汝さんは伸び上がると僕の襟元を掴んで唇を重ねた。
息が止まる。脳みそ内蔵ぶちまけるかと思った。
「・・・・・・分かってもらえたかしら」
強めの口調は照れ隠し。何も言えないでいると、いたたまれなくなったのか「何よ。何か言いなさいよ」と揺さぶられた。どこか不安げな表情。ベッドに肩が当たった。強張った身体をそっと抱きしめる。腕を回すようにかかとを太ももに押しつけると、その手のひらが縮まった。
「は、歯磨きがしたいわ」
「さっき自分からキスしたばっかじゃないですか」
どうせプリン味の彼女は何も言えない。羞恥からいくら身を縮めた所で存在が消せる訳ではないのだから、ただただ無防備。立ち上がってその手を引くとベッドに押し倒す。
「明るくて恥ずかしいわ」
電気のコードを二度引く。赤みのある薄暗い電球が残る。
「他は?」
少しの間思案した彼女は、おずおずと僕の身体を抱き寄せた。
「ないわ」
三
一度大きく脈打ったのは感情。肥大しきったそれに飲み込まれる。
身体が動く。経由。目的地に向かって感度が上がる。むき出しになった神経に触れるのはひんやりとした肌。抱きしめる。その頬にキスをする。鼻先を押しつける。額に、まぶたに、耳に。耳をねぶると僕の腕をつかむ手に力が入った。
立てられた爪。走るのは痛みではない。夢中で吸い立てると、微かに声が漏れた。浮かぶ涙。その目元に唇を沿わせる。浅い息をする口元からはやはりプリンのにおいがした。
キスをする。唇を重ねるただそれだけで、にじみ出す思い。滑る。触れたところから溶け出す。意図して口を開けたつもりはなかったが、ぬるりと滑ると自然となるようになった。
「ん」
熱い口の中をなめ取る。戸惑いがちに奥で縮こまっているその舌を引きずり出す。脳天突き抜ける快感に、何もかもが追いつかない。
「水島・・・・・・」
その声を吸い上げる。後ろ髪をつかむ。
さらけ出して、甘えて、堕ちろ。沸騰して立ちこめた湯気。火傷する程の想いは決して生やさしいものじゃない。ひどく獰猛で手のつけられない、血に飢えた獣のような
微かな悲鳴とともにその肩が震えた。気が触れる。その肩に爪を立てる。
僕を植え付ける。腹の底で音を立て続ける意思。あぶくがはじける。
ぐらりと首をもたげて顔を覗かせるのは支配欲。
お前は俺のものだ。分かったな。
その首元に噛みつく。二度と他の男に目を移すことのないよう、刻みつける。着ぐるみを一枚一枚はがしていく。彼女の望むような愛とはほど遠い、それはどす黒い色をした感情。嫌がられても、嫌われても仕方のない暴挙。でも分かっていて止められない。やめるつもりのない身体は、せめてその表情だけ見るように努めた。が、
逆効果だった。
すっかり熱に浮かされた鈴汝さんは、涙を浮かべて僕を呼んだ。不安だと。離れるのが不安だと。お願いだから抱きしめていて。あなたが好きだ、と。
痛い。尖りきる神経。
「聖です」
その頬を両手ではさんで上を向かせる。まっすぐ見上げる目。熱を吹き込む。その唇が音をなぞるのを確認して頬を緩める。雅、と言うと何故だか泣きそうな表情になった。その頭をなでる。抱きしめる。
「・・・・・・いい名前ね。ずっと笑いながら発音できるわ」
母音は全て「イ」そういう本人だって似たようなものだった。
手を伸ばす。ベッドの脇に置いていたバッグからその箱を取り出す。片手で開けると中から一枚抜き取った。残りを投げ捨てる。裏表を確認しようと顔を上げる・・・・・・
「ちょっ! ・・・・・・と待って下さいねー」
が、勢いよくバッグに戻す。驚いた鈴汝さんは身体を強張らせたまま僕を見上げた。
「・・・・・・」
ダメだ。突然の事に頭が真っ白になって何も出てこない。落ち着けと思う程におかしな音を立て始める心臓。この場合まず必要なのは
「・・・・・・この近く、コンビニってありますか?」
代替案。目を丸くしたままの鈴汝さんは「歩いて十五分くらいのところにあるわ。高架線の交差点の南側に」と答えた。
あるいてじゅうごふん。
絶望の呪文に聞こえた。
「大丈夫?」
その頭をなでる。その後僕は、風船のごとく長く息を吐きながら彼女の上から下りた。
四
気づくと日付が変わっていた。
残った薄明かり。鈴汝さんは赤の電球を消すと、カーテンを開けた。青白い光がまぶしい。
「久しぶりにこんな時間まで起きてるわ」
ベッドの上、座り直すとのぞき込むようにして頭上を見上げる。階下から照らす電灯の影響はそこまで大きくない。南西の角にある部屋と表通りの位置関係も手伝って、まぶしいのはむしろ空。満月でも何でもない、むしろ細くなっていく月を愛しそうに見つめる。
テーブルに置かれた飲み物。最低限の布を肩からまとった鈴汝さんは振り返ると「何だか悪いことしてるみたい」と言った。
「スキー行ったときも結構な夜中まで起きてたじゃないですか」
僕はいい匂いのする枕に突っ伏すと、頭の中で鮫島先輩の額に根性焼きを作り続ける。
「あの時はそれどころじゃなかったわ」
鈴汝さんは隣に寝転ぶと肘をついた。歯を磨いて来たのだろう。微かにミントの香りがする。胸元にできる陰影。日にさらされない場所がはじく光は白。その目が僕の手元に落ちる。
「・・・・・・っと、少し前になるけど、球技大会の時、あなたのことちょっとカッコいいと思ってしまったわ」
顔色をうかがうようにして見上げた目。一旦伏せられて
「さっき校舎裏で突然抱き寄せられた時も、驚いたけどちょっとドキッとしてしまったわ」
再び見上げる。
僕はゆっくり息を吐いた。傷心中の身で、普段ならからかって済むような些細なことに、まともに反応してしまう。
「・・・・・・どうしたんですか。その言い方はわざとですか?」
素直になれない「してしまったわ」は「不覚にも」の意。そう思ってしまった自分を認めたくない。その言い回しに苛立ちを覚えて八つ当たりをする。
「素直に『思った』と言えばいいものをわざと絞ったんですね。『思った』なら文脈を読まなければ自発と意思の二通りの取り方ができる。でも『思ってしまった』は自発でしかとれない。正確に伝わります。そうですよね」
一瞬言葉に詰まった鈴汝さんは「え、ええ、そうよ」とあいまいにうなずく。
「では何が言いたいんですか?」
しかしそこは袋小路。一転、追い詰められて戸惑う。
「べ、別に」
自分で自分の指先をさする。長いまつげ。薄暗い中でも分かる、頬に差した赤み。
「いいじゃない。あなたが喜ぶと思ったから言ってみただけ」
「何ですかその言い方。全然うれしくないんですけど」
「だから!」
腹をくくる。素直になる、というのはこの人にとってこんなにも難しいことなのだろうか。
「あなたがうれしそうにするから・・・・・・。今までそんな顔見たことなかったし、クラスとか部活とかではいつもそんな風に笑ってるのかと思って・・・・・・。でもなんかうまく言えなくて。もっとこう、鮫島先輩みたいに」
もう真っ赤だ。触れているところが熱い。
「充分ですよ」
息を吐く。ただの八つ当たりにしては度が過ぎた。その目が上がる。
「充分です。僕はあなたと関わることでいろんな思いを知りました。その全てがいいものとは限りませんが、それでも感情の振れ幅という意味ではあなたに寄るところが本当に大きいんです」
その首元に鼻先を押しつける。ミント。いい匂いに頭の芯がゆるむ。
「・・・・・・もう一度言って下さい。あなたの望むような表情はできないかもしれませんが、とてもいい気持ちです」
頭をなでられる。従来の行動パターンになかったのだろう。たどたどしい手つき。それが無性に愛しい。
五
「あなた、バスケしてる時だけは本当にカッコいいと思ったわ」
「・・・・・・何でそう意地が取り切れないんですかね。素直じゃない」
「うるさいわね。どうせ素直じゃないわよ」
言っておいて困っている。肌を通じて伝わったのは戸惑い。うまく出来ないことに対するもどかしさが言葉の端に散っていた。
抱きしめる。その肩に腕を回すと首元に顔を埋める。ゆっくり息を吸って吐く。ミントの奥の甘い香り。強張っていた身体から徐々に抜けていく力。
抱きしめる。
「・・・・・・さっき突然抱き寄せられた時、本当はすごくドキドキした」
消え入るような声「うまく言えなくてごめんなさい。本当は笑って欲しかっただけなの。あなたの笑顔、かわいいと思って」と付け足す。
小さな小さな声。でもこの距離だからどうしたって聞き逃せない。
〈本当は笑って欲しかっただけなの〉
ついさっき見慣れないまっすぐな笑顔にどぎまぎしたことを思い出す。こんなに近くにいて、こんなに想ってきたというのに、笑顔一つに翻弄される。単にコミュニケーションをとるだけでも笑い合う機会は多いというのに、最も大切な人にだけ不足していた感情表現。
言っておいて「何でもないわ」と付け足す。この人はこの手の沈黙に弱い。素直な気持ちを持て余してすぐにカラにこもろうとする。その手首をつかむ。
思わずゆるんだ頬。けれどきっとそれはこの人が望むような笑顔じゃなくて、もっとずっと意地の悪いもので。
しびれる。言語化が追いつかない。ただ熱い。
「よくできました」
目が合う。その目はやはり戸惑いがちに揺れていた。もっと困らせてやりたくなる。もっともっと追い詰めて、逃げ道をなくして、僕で一杯にしてやり
「っあああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然のことに鈴汝さんは僕を見上げたまま固まった。勢いよく身体を起こす。
「・・・・・・ちょっと出てきます」
「え、真夜中よ。何かあるの?」
「飲み物を買いに」
「何が飲みたいの?」
「ミルクティー」
「あるわよ」
「・・・・・・僕は青のパッケージのものが飲みたいんです」
「あたしも行くわ」
「いえ、危ないので」
「あなたがいるじゃない」
「・・・・・・」
学習能力皆無か。僕自身が危ないと教えたじゃないか。
というかできることなら待っていて欲しい。
「ちょっとあなたがいると買いづらいというか・・・・・・」
「え、もしかしていかがわしい本とか・・・・・・?」
何でわざわざ彼女の前でいかがわしい本読まなきゃいけないんだよ。
「違うならいいじゃない。いいわ。ちょっと離れて待ってるから」
ものの数分前の素直でかわいらしかった彼女はどこへやら。すっかり元の調子に戻った鈴汝さんはさっさと上着を羽織ると「行くわよ」と言った。夜中と言う割に浮き足立っている。彼女は彼女で「お泊まり会」を存分に楽しんでいた。
六
「随分あたたかくなったわね」
それでも口元から上がる息は白い。輪郭を縁取る光。コンビニを出て、車一台通らない道路に向かうと、別世界に迷い込んでしまったような気になる。先導する鈴汝さんは、相も変わらず軽い足取り。
「早いわね。もう三回生は卒業よ。信じられない」
横顔。長いまつげに引っかかるのは憧憬。
「寂しいですか? 飛鳥サマがいなくなるのは」
「・・・・・・そうね。寂しくないといえばウソになるわ。まさか本当に遠くに行ってしまうなんて」
春から奈良。希望した学校に受かった結果だった。ここから公共機関で片道三時間。学校や下宿先までたどり着くにはそれにプラスアルファの労力が必要になる。
「勝手な人だ」
彼女がいるくせに他の人を欲しがったり、そのくせ自分のやりたいことは曲げる気がない。振り回される側の立場を何も分かっていない。
鈴汝さんは目を細めると「そうね」と言った。
「鮫島先輩はどうするのかしら」
「知りませんよあの人。何も考えてないと思います」
高野さんを思い出す。沙羅を思い出す。草進さんを
「ほんと、世話の焼ける人だ」
言いながら前を向く。春。生徒総会が近づいていた。
「多須さんも準備してくれてるんでしょ? もう総会で話す内容はまとまってるの?」
「ええ」
先生や上級生の中で発言をする。新しいことを始めようとする時、時にそれが既存のものへの不遜ととられることもある。伝え方を誤ってはいけない。これは僕だけの問題ではない。実現は必須だった。
「その割に準備してる様子が見られないわ。必要とあらば手伝うことも」
「大丈夫ですよ」
冷たい空気。取り込めばすぐ体温に変わる。変える。目的のために。
「何で生徒会室に来なくなったか、でしたか。遠慮して部室のロッカーを使わなかったら叱られたためです。以前少しお話しましたが、基本一年は部室を使えません。しかしレギュラーとなると話は別です。生徒会室にあるものより一回り大きいロッカーが一人一台割り当てられます」
信号が青に変わる。人気のない夜道は、豊かな緑まで含めて皆寝静まっている。足元に落ちた影。
「それでも先輩のいる中でそこを使うのははばかられました。なのでなるべく使わず済むように生徒会室を使用していたんですが、それでは何のためにそうしたのか分からない、と。それにこれは僕だけの問題じゃない。後続も倣うし、それなら始めから分ける意味がないと。だから今は部室のロッカーを使っています。生徒会室に行く機会が減ったのはそのためです」
「そう」と言うとその目が伏せられる。明確な線引きは目的を違わぬため。前を歩いていたその歩調がゆるんだ。
「精神的に大人なのね。分かっててもできることじゃない」
「いやぁ」
「あんたんとこの先輩のことよ」
言いながら隣に並ぶ。そのひんやりとした手が触れた。
手をつなぐ。寒空。風が雲を払って星がよく見える。鋭利な月の先端。迷いのない一太刀で切り取った輪郭は鮮やか。まぶしくて目を細める。
「それでも」
振り向く。赤い鼻先。光を宿したまつ毛がまばたく。
「たまには顔を出して。あなたがいないと寂しいわ」
相も変わらず小さな小さな声。音はつないだ指先から内側を伝って流れ込んだ。
ほころぶ。春が、くる。
「早く戻りましょう」
突き上げる愛しさ。この人は生徒会室に行かなくなったもう一つの理由を知らない。少しずつ少しずつ開き始めた心。今はそれを一杯に満たしたくてたまらない。
急に引いた手に驚いた彼女は、眉を下げて笑った。
信じられない程月の綺麗な夜だった。