特別編、12HR〈3月18日(金)14時〉

文字数 7,940文字







  一

 高崎が教室のドアを開けると、千嘉は机に座って体育座りしていた。椅子の背もたれに足を引っかけて揺らす。窓際。逆光で濃い影。明るい室内だけにその輪郭だけがやけにはっきり浮かび上がる。
「待たせたな」
 ドアを閉めると、高崎は室内に足を踏み入れた。水島や真琴の教室でもある十二HR。
「イイエ」
 反応の冷たさは言葉数から感じ取るものではない。それはある種の解放を意味する。少女は立てた膝を抱いて揺らしたまま続けた。
「感謝は、してる。いい仕事してくれた。都合良く過ごしやすい一年だった。ありがとう」
 言っておきながら「感謝って何だろう『謝りたいと感じる』ナニカかな?」とつぶやく。高崎もまた千嘉に倣った。
「こっちこそ。はけ口になってもらって助かった。ありがとう」
 事実上の別れ話。それにしても共通して低い温度。ただバランスは絶妙だった。
「俺んちに忘れもんないか? もしあれば真琴ちゃんに渡せばいいか」
 姿勢は崩さない。繊細なバランスを保ったまま少女は顔を上げる。
「ねぇ、教えてあげようか。何で聡さんが忘れ物を『別に置きっぱでもいんだけど』って言ったのか」
 細まる目。上がる口角。誰かさんそっくりの表情をして千嘉が言う。高崎は静かにその姿を見つめていた。
「間違って肩噛んじゃった時『いい。かんで』って言ったのも、抱く力が強くなる日も同じ理由。ごまかすの、もうやめない?」
 高崎は千嘉のすぐ側まで来ると見下ろした。何を考えているのか、その顔からは読み取れない。少女は続けた。
「全部全部、鮫島さんの気を引くため。嫉妬して欲しかったんだよね? まっすぐ好きだって言えない分、そうやって愛情を感じようとした」
 机を下りる。少女は男を見上げると、目の奥をのぞき込むようにして聞いた。
「ねぇ、ほんのちょっとでもあたしのこと良いと思わなかった?」
「・・・・・・。・・・・・・ああ」
「傷つく。そっか。そうだよね」
「魅力がないとかそんなんじゃねぇぞ。ただ相手が悪かっただけだ」
「そう、」と言うと、千嘉は高崎とすれ違って振り返る。今度は少女から見た男が逆光。わざと明るい声を出した。


  二

「提案があるの。聞いてくれる?」
「ああ」
「一つ、このまま関係を終わりにする。一つ、このまま関係を続ける」
「何を今さら。今お前自身に興味はねぇっつったばかりじゃねぇか」
「あ、興味すらなかったの? 好き嫌い以前の問題? 救いようないんだけど」
 あはは、と声に出すが、その目は笑っていない。静かなまなざし。
「聡さんはいつかどこかに辿り着けるの? あたしは自分がいつかどこかに辿り着ける気がしない。初恋の人追って同じことくり返してもクソの役にも立たない」
「身代わりごっこを続けるか? 本物以外どれも一緒だからな」
「そう思うでしょ? だったら求めるべきは理解者。向き合うんじゃなくてお互い別の人を見てるけど、せめて手をつなげるような。向く方向は、どうせなら前がいい」
 高崎は何も言わず千嘉を見つめる。賛成とも反対ともとれない、少女と同じ静かなまなざし。
「ねぇ、聡さん。パートナーってそんなに大事? 例えば何かを成し遂げたいと思った時、第一にそれを据えたら、他はどうでもよくない? 例えばあたしには夢がある。第一がそれだから、愛だの恋だの、もっと言えば人間関係、その他無駄なストレスに振り回されるのなんて勘弁。目的地に向かうのに最短の道を通りたい。時間はいくらあっても足りないんだよね」
 男の口が開く。
「お前の夢って何だ?」
 一瞬少女の右頬が引き攣れた。
「興味ないんでしょ?」
 まっすぐ立っているはずの足を踏ん張る。男から何か仕掛けられた訳ではない以上、それは本人が勝手に感じた圧力だった。好きなものを好きと認めること。好きなものを好きと言うこと。好きなものを好きと誇ること。ただそれだけのことを、できる人とできない人がいる。しばらくして千嘉は、重い扉を押し開けるように口を開いた。
「・・・・・・漫画家になること」
 息をのむ気配にすぐさま付け足す。
「いいじゃない。理想の世界はなくても作れる。つくればいい。赦される。あたしが描く中だけでは、紙の上ならどこまでも自由なんだから」
 日にさらされてあらわになった感情。思いが伝染する。戸惑いも、日の当たらない場所も、だから誰にも認知されない事実も。巨体の芯に何かが響いた。
「悔しかった。本当は美術部に入りたかった。本当は体育祭や球技大会のプログラムの表紙も描きたかった。でもそうするとクラス内での立ち位置が変わる。無駄なストレスに悩まないためには押し殺すしかなかった」
 短い前髪、とめたピン。視界は良好。見ていたのはボールじゃない。汗にまみれたのは、手のひらのテーピングは、腱鞘炎の原因は、真っ白な紙に描き続けた物語。
「・・・・・・鮫島さんならきっと聡さんの想いに向き合ってくれると思う。でも、それでも上手くいくとは限らないじゃない。だったら腹くくろうよ。その想いを抱きしめたまま、一緒に眠ろうよ」


  三

 女子にしてはたくましい肩。肉づきのいい身体は、鍛練にもよるが、基本は生まれもった個性。高崎は少女と付き合うと決めた日のことを思い出していた。
〈契約しませんか? 一年、あたしと付き合って欲しいんです〉
〈知ってますよぉ。それで細い人はムリって公言してるのも。あたし位なら大丈夫ですよね?〉
 例えばそれがある目的のための演技だとしたら。
 明るくて、軽率で、多少口が悪くて、ウワサ好きで、自由に動き回っているかのように見えた少女が、実は暗くて、計算で、多少口が悪くて、物語の破片を集めて自由に動き回る女の子だったとしたら。
〈Sランクのお二人がどうして真琴ちゃんに構うんですか?〉
 その裏に隠れていたものが見えてくる。
 Sランクのお二人がどうして真琴ちゃんに構うんですか? 何の代償もなしに。
 のどが鳴った。目の前にいる少女が突如得体の知れない生き物に変化する。千嘉は笑った。
「あたしはなんだかんだ聡さんの体温に助けられた。無条件なんだよ。理屈じゃない。ただ息をしてる生き物が隣にいる。それだけで乗り越えられる夜もある。それなら肌になじんだ相手がいい。本物以外どれも一緒なのに、また一から始めるの、しんどいよ」
「お前に興味ないっつったろ?」
 男の声はかすれていた。本人も自覚しない何かが共鳴を始めていた。
「あたしも夢が最優先。だからこれは『かしこく生きませんか?』っていう提案」
「いいとこどりってやつか。人類(どうぶつ)もまだ進化すんのかね」
「どうする? 続ける? 続けない? あたしは、したい。これだけ身体張って、ちょっとでも良いと思わないなんて許せない」
「おいおい目的変わってんぞ。付き合うなんてかわいいもんじゃねぇな」
「当然でしょ? 始めから聡さんなんか見てない」
「もう訳が分からん。俺でも分かるように説明してくれ」
 笑いながら千嘉が取り出したのはメガネ。赤いフレーム。かけると何故だろう。高崎自身、一度も見たことのない姿であるにも関わらず、妙にしっくりきた。彼女の本体に初めて出会った気がした。
「その恋は不毛。この恋も不毛。でもない体温よりはある体温。イエスかノーか半分か」
「半分って何だ。イエス」
「契約更新完了。これからもよろしくね」
 ひるがえる。入口に向かうその腕を男は引いて止めた。同時につくため息。
「・・・・・・俺はとんでもないサギに引っかかっちまったんじゃねぇか? やっぱちったぁ勉強しねぇとダメだな。根こそぎ持ってかれる」
 言いながら掴んだ腕を引っ張る。
「ところで『その恋は不毛。この恋も不毛』って、これも恋に含まれるのか?」
 変わらぬ剛力に、軽くない少女は簡単にその懐におさまった。返事は、なかった。「・・・・・・別にいいんだがな」そう言うとその頭をなでる。男にはまだこの後約束があった。
「なぁ、してぇ」


  四

 十二HRは南棟一階の東端。北棟二階の最西端にある職員室から最も離れた場所にあると言って差し支えなかった。
 この男は節操がない、と千嘉は思った。言ったところで「節操」の漢字変換もロクにできないのだろうけど。
「・・・・・・っ!」
 カーテンを引いた。だから何だ。教卓をずらして壁にした。だからなんだ。廊下側の窓は全て閉めた。だからなんだというのだ。
 後ろから抱え込むようにして突き上げる男は、制服の襟元を引くと、首の後ろに噛みついた。ボタンが外れていない。生地が首に食い込むと、一瞬息ができなくなる。ブラのホックも外れていない。カップをずらしただけで、胸を下からつかまれる。雑なのだ。目的さえ達せられれば、多少の動きにくさなど気にも留めない。千嘉は唇を噛んで食いしばると、視界にその太い指が入った。それが少しだけ動いて胸の先端に触れる。
 突き上げられる。奥の奥がえぐられる。だからバックは嫌だ。深すぎて、ただ痛い。
 千嘉は息を止めた。揺れる。胸の先端が触れた。
 何度かくり返した所で、男は少女の身体を反転させて抱え上げた。机じゃ低い。そう思ったのか、少女を壁に押しつけて固定する。男の顔が胸に近づく。少女ののどがヒュッと鳴った。フラッシュバック。痛みそのものというよりか、もはやとてつもない恐怖に耐えるため、奥歯に力を入れて目をつむる。
 ズン。
 突かれる。次の瞬間来るはずの痛み。痛み。
 ズン。
 もれるのは息。ピストン運動の合間、来るはずの痛みが来ない。とうとう恐怖に身体の神経機能がイカレでもしたかと思ったが違った。その瞬間訪れたのは
「ひっ・・・・・・あ」
 鳥肌が立つような快感だった。見る。巨躯。自分を担ぎ上げる男が、おおよそ丁寧に胸の先端をなめていた。思いも寄らぬ行動に千嘉は声を荒げた。
「同情? やめてよ気持ち悪い」
「呼べよ」
「何?」
「いつも呼んでるだろ」
 初恋の人。名を「いにお」と言った。漢字で「一二男」千嘉は数字だけとって「いちに」と呼んでいた。
 のどが鳴った。呼べと言われて呼ぶものではない。
「そっちこそ・・・・・・」
「いいから」
 語気を強められて思わず目を閉じる。触れている手、肩、背中全て、全てをその人のものにする。
「いちに」
 耳を澄ませる。
「いちっ、に」
「聞くぜ」
 その時だった。突如その動きを止める。少女のすさまじい心臓の音だけが置き去りにされる。違う声にひきずり戻される。
「お前、兄ちゃんの名前何っつったっけ」


  五

 肩をつかむ指先に力を入れた。動揺を悟られてはいけないという顔をする。千嘉は押し殺すようにして発声した。
一嘉(いちか)
 少女よりも一回りも二回りも大きな肩が小刻みに揺れた。後ろから突かれるよりも深くない、ずっとラクな「駅弁」は男の側からしたら丸々負担になっているはず。しかしそんなことみじんも感じさせずに、肩を揺らして笑っていた。
「それで『いちに』か。考えたな」
 まっすぐ向き合う。目が、合う。
 高崎は見上げたまま言葉を続けた。
「お前の方こそ、ごまかすのはもうやめた方がいんじゃねぇか?」
「何がっ・・・・・・いいから早く終わらせて。人が来る」
「いや、ここで暴いとかねぇと後が面倒だ。それに俺は忘れっぽい」
「知らないそんなこっ、・・・・・・とっ」
 不意に突かれてつま先までしびれが走る。黙れ、ということなのだろうか。正面に相対する顔がにこやかなままなのが、やけに不気味。
「お前が呼んでたのは『いちに』じゃなくて『イチ兄』そうだよな?」
「やめて」
「違うか?」
「どうでもいいじゃん」
「よかねぇよ。まっすぐ好きって言えない分、そうやって自分をなぐさめてた」
「やめて!」
 静寂。身震いの音が聞こえるようだった。
「認めねぇと前に進めねぇぞ。どうせなら前向きてぇんだろ」
「進まなくていい。あたしはこのままでいい」
「求めるべきは理解者なんだろ? ちゃんと吐き出してもらわねぇと理解できねぇ」
「しなくていい」
「お前ちょいちょい言ってることめちゃくちゃだな」
 壁に押しつけたまま、片手で頭をかく。その手が戻った時には再び動き始めていた。
「っ吐け、千嘉」
「嫌だっ」
 ズンッ、ズンッ、ズンッ、ズンッ。
 胸の先端が当たってこすれる。ただ痛いだけだったはずの動きが、体位を変えただけで多少楽になる。代わりに背筋を這って上がってきたのは
「・・・・・・っ待って!」
 ズンッ、ズンッ、ズンッ、ズンッ。
 こすれる。男は聞く耳を持たない。
「認める! 認めるから! 聡さん!」
 口走っておいて気づく。
〈っ吐け、千嘉〉
〈認める! 認めるから! 聡さん!〉
 今ここで交わっているのは、節操がないのは、
 コレは身代わりなんかじゃない。初めて互いの存在を認めた上で抱き合っているのは
「千嘉っ!」


  六

 あ、ダメだ。一瞬の浮遊感。まぶたの裏にはじけたのは、出会った日に見た背中。奥の方がしびれる。突き上げたのは
「・・・・・・っっっっっっ!」
 全ての音を失うような快感。声を殺すために目の前の首に歯を立てる。
 分かる。この人が体内で脈打つ輪郭。待って。今下ろされても自分で立ってられない。体内で身じろぎする度に揺り戻しで反応する身体。与えられた刺激に、迎える感覚に何も考えられなくなる。互いの呼吸の音だけが聞こえる。
 たっぷり二十、数えたところで、高崎は教員のデスクを見ると、まっさらな机上に向かって「やべぇ」とつぶやいた。千嘉を抱えたまま机の引き出し側に回る。
「あっ、やっ、ちょっと!」
「ちょっと待ってろよ。・・・・・・神サマっ。あった!」
 丁度椅子を収納する、座った時胸元にあたる薄い引き出し。そこに箱ティッシュを見つけて高崎はホッと胸をなで下ろした。何枚か抜き取る。
「何神サマって。全然後のこと考えてないじゃん。なかったらどうするつもりだったの?」
 散々文句を言いながらも受け取るティッシュ。慎重に触れた所で、ひどい有様だった。
「わーぐちゃぐちゃ」
「うるさい!」
 この状況で見つかるのが、ある意味一番まずいんじゃないかと千嘉は思った。自分のこと以上に、丁寧に拭いてないで早くしまってと思うのは、教卓ごときでは絶対隠れない男に対してだ。一瞬で済むはずの復元が、圧倒的にあたしより遅い。
「『神サマって願ったら紙サマが出てきた』って面白い? 後で鮫に言ってみよ」
 目元も口元も、だからもちろん心も微動だにしない冗談を手土産に、ようやく捕まらない格好になった高崎は、大股に入口を目指す。その背中に千嘉は丸めた紙を投げつけた。

 振り返る。落ちた紙の端に見えた色は青。高崎はかがんで拾うと、それを広げた。その目が丸くなる。
「・・・・・・全っ然面白くない。鮫島さんは何だって笑うんだろうけど、あたしは全然面白いと思わない」
〈お前の方こそ、ごまかすのやめた方がいんじゃねぇか?〉
〈よかねぇよ。まっすぐ好きって言えない分、そうやって自分をなぐさめてた〉
 こじあけたのは、あなただ聡さん。
「聡さんの弱さも、不器用さも、がさつさも、どんなときにうれしくて、どんなときに傷つくかも、聡さんの中をどれだけ鮫島さんのことが占めてるかも分かってる。だから」
 広げたところでくしゃくしゃな紙。そこに描かれていたのは
「聡さんの本当の理解者はあたしだ」
 一枚の静止画。
 千嘉が初めて高崎を見た時の、一枚岩のような背中。その背中から突き出た大きな翼。
 なくても、つくれる。描く中だけなら、紙の上ならどこまでも自由。
「・・・・・・体育祭や球技大会のプログラムの表紙も描きたかったっつってたな。大したもんだ」
「体育祭も球技大会も、バレーは関係ない」
「バレーなのか? これ」
 思わず「は?」と声が出る。気づかなかった。この絵にはボールもなければネットもない。自分が想像していただけで、ただ翼の生えた大男が躍動しているだけだった。だから
「別に運動関係なくても、新入生が最初にもらうような、始業式の案内とかでもよさそうだけどな。この、切り開く感じ」


  七

 パァン!
 次の瞬間、放たれた轟音のスパイクを思い出す。
 三つ、演技をしていた。一つ「人間関係に振り回されないための明るい自分」その後ろ盾に高崎を利用していた。一つ「兄に執着してまっすぐ聡さんを好きじゃない自分」そのために高崎を利用していた風を装っていた。一つ「夢が一番で聡さんなんか見てないと言った自分」本当は
 一目惚れだった。その背中に見えた大きな翼。轟音のスパイク。
 あの時打ち抜かれたのは、本当は、ずっとあの時からずっと、息をひそめて見つめていたのはこの男だった。でも男にはすでに想いを寄せる相手がいた。あろうことかその相手もまた男だった。だから最初から正攻法では近づけないのなんて分かっていた。
 だったらまっすぐ向き合える関係じゃなくていい。どんな不都合があってもいい。高崎が鮫島を好きなように、自分も別に想う相手がいる(てい)で「同じ生き物」だとして近づきたかった。どうしても、どんな手を使ってでも手に入れたかった。この男が欲しくてたまらなかった。その想いが、スパイクの音とともにはじける。とめどなく溢れるのは、昏くにごった独占欲。
「・・・・・・聡さんはどうしてバレーを選んだの? ラグビーとかぶつかり合いでも負けなさそうなのに」
「ん? そこにあったから。別に大した意味はない」
 そうか。この男にとって大した意味は必要ないのだ。
「そっか」
 その後「もう行っていいよ。鮫島さん、待ってるんでしょ?」と続ける。高崎は「おう」と応えると、悪びれることもなくドアに向かった。その背中に声をかける。
「ねぇ、もう一つ聞いていい? もし万が一、真琴ちゃんが鮫島さんを好きになっちゃったらどうする?」
 千嘉はSランクの二人が真琴に構うのを見ていた。だからそれは自然とわいた疑問だった。高崎は振り返ると、にこやかな顔のまま応えた。
「どうすっかなぁ。ちょっと痛い目見てもらうしかないかもなぁ」
 その姿は、だから不気味。
「何が『大事な友人が大切にしてる子だから大切』よ。・・・・・・初めてで立ちバックは勘弁したげて。さすがに同情する」
「おう、分かった」
 千嘉は知っていた。この男もまた、真琴のことを良く思っていない。何故ならこの男も大事にしている「絶対」を根こそぎ揺るがす存在だから。火州だけならまだしも、心中決して穏やかじゃなかった。
 高崎が教室を出た後、千嘉は手始めに教卓を元の位置に戻すと、ティッシュを引き出しにしまって、カーテンを開けた。日が傾きつつあった。

〈ん? そこにあったから。別に大した意味はない〉
「そこにあったから、ね」
 思わず声に出して笑ってしまった。あの男は既に完成している。自分の歩む道に寸分の迷いも狂いもない。「与えられた場所で咲きなさい」をまっすぐ体現したような男だった。最後にまとめたティッシュをバッグに詰める。
 きっと探せば合う人はいる。でもそんな労力をかけない。何故ならムダだから。与えられた環境で満足できる人だから。その中で研磨する。研ぎ澄ますことに時間をかける。
「だから、あたしで充分」
 あたしだけが分かっていればいい。千嘉はそう思った。
 余計なものをそぎ落とした精悍な横顔。
〈パートナーと友人で友人が上回ることってあると思う?〉
〈あるんじゃねぇの?〉
 構わない。さっき噛みついた首元。シャツ越しでもきっとくっきり歯形が残ってる。この後きっとボタンを開けて見せびらかすのだ。それとなく。
 続く演技。あの男は知らなくていい。千嘉は廊下側の窓を全て開けて教室を出た。口元に浮かぶ笑みは片側に偏っている。
 獰猛で美しい獣。あなたにはあたしの物語の中で生きてもらう。







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登場人物紹介

草進真琴(そうしんまこと)

高一女子。モットーは「私はただの高校生。それ以上でもそれ以下でもない」

6月10日生まれ、A型。


作画、いく。

火州飛鳥(ひしゅうあすか)

女嫌いの高三。美形。

9月2日生まれ、B型。


作画、いく。

鈴汝雅(すずなみやび)

男嫌いの高二。美人。

3月3日生まれ、O型。


作画、いく。

水島聖(みずしまひじり)

病んだ高一。思い込みが激しい。

6月27日生まれ、A型。


作画、いく。

鮫島勤(さめじまつとむ)

高三。飛鳥の友人。

2月2日生まれ、AB型。


作画、いく。

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